第3話 メスゴリラの怒りを買った者の末路
入院生活三日目。ついに念願のゲームが手元にやってきた。
非常に喜ばしいことです。ええ、退屈な入院生活ですから、暇つぶしに最適なアイテムが手に入ったことは、僥倖といえるでしょう。
でも、なんで届け人がお前なんだ? なんで家族じゃなくてお前が、これを持って来たんだよ? いや、どうして持って来れたんだ?
「どうしたのよ? 嬉しくないの?」
厚意が無下にされたと思ったのか、ジト目で俺を見つめる。
いや、嬉しいんだけどね? ほら、アレだよ。お小遣い貰うってのはラッキーイベントだけど、知らんおじさんに渡されたらバッドイベントじゃん? 犯罪の香りがするじゃん? そんな感じ。
「いや、嬉しいよ。嬉しいんだけど、なんで雪が?」
「なんでって、アンタの家まで取りに行ってあげたからに決まってるでしょ」
だから、それについて聞いてんだよ。なんでわざわざ俺の家まで行ったんだよ。
そして、家族に何を話したんだよ。まさかとは思うが、彼女アピールしてないだろうな? うん、してるんだろうなぁ。絶対にしてる。
「さあさあ、遠慮なく遊びなさいよ」
「いや、今はいいよ。せっかくお見舞いに来てくれてるんだし」
「気を遣ってくれてんの?」
そりゃ遣うよ。気しか遣わんよ。
さすがに来客放置してゲームはできんて。それ以前に、あんまり人前でゲームをしたくないってのもあるけどね。一緒にやる分には構わんけど、ソロプレイは誰もいないところでやりたい派なんだよ。
「雪が帰ったら楽しませてもらうよ」
度重なる奇行に恐怖を感じているものの、これでも一応感謝してるんだぜ?
薄情な家族や友人達と違って律儀に毎日お見舞いに来てくれてるし、俺に好意を寄せてくれてるってのも嬉しい。なんやかんや可愛いしな。
今までこいつにされてきたことに関しては、本当に恋人になったら帳消しにしてもかまわんと思ってる。暴力を振るわれたといっても、所詮は子供のじゃれあいだし。
「昔みたいに一緒にゲームすれば、何か思い出すかもしれないじゃない」
一緒にゲーム……? したっけか?
いや、考えるだけ無駄か。このメスゴリラ、驚くほどナチュラルに架空の思い出を生み出すもん。
逆らうのも怖いし、適当なシミュレーションゲームでもやるか。これなら二人で意見出しあいながらできるし。
「街作りゲーム? 面白そうじゃん」
「ああ、こういうのは経営が安定しだすと飽きてくるけど、時間を置けばまたやりたくなる中毒性があるんだよ」
「へぇ? 私のことは忘れてるけど、ゲームのことは覚えてるんだ」
め、めんどくせぇ……。
なんだ? 俺は全てにおいて記憶喪失のフリをしなきゃいけないのか? 春休みが明けるの怖くなってきたんだけど。
とりあえずゲームだ! 無理矢理にでも盛り上げて、うやむやにするぞ!
と、かつてないほどにまで意気込んでゲームを起動した。もっと気楽に楽しみたいのに……。
今更すぎるが、ゲームの力は凄い。ゲームに制限かける条例とか意味不明なのもあった気がするけど、アレは万死に値する。あの悪法を考案したヤツは死ぬべきだろう。アレに関して思うところは多々あるが、とりあえず置いておこう。
雪に対する恐怖なんて忘れて、普通に楽しんだよ。
いやぁ、幼少期に戻った感じがするね。険悪になってしまった明確な理由が思い出せないけど、あのまま仲良くしてれば休日お互いの家まで行って、一緒にゲームしたりしてたんかね。
皮肉なことに……という表現が正しいのかわからんけど、記憶喪失詐欺のおかげで本来の世界線に戻ってきた気がする。
考えてみれば、腐れ縁って形で恋人になってた可能性もじゅうぶんあるよな。っていうか、その可能性が一番高いまである。今までと特に関係の変わらない恋人的な?
「いやー、時間忘れちゃうねえ」
「ああ、楽しかったよ。まさかここまで住民から嫌われるなんてな」
「智のせいだね。人徳がないんだよ」
「違うよ、お前が税金五十パーセントまであげたからだよ」
リアルだったら間違いなく一揆起きるぞ。市長宅打ち壊しだわ。
まあでも、シミュレーションゲームってそういうもんだよな。堅実にやってたら、絶対に飽きるし。
「じゃあそろそろ帰るわ」
「おっ、今日は早いな」
せっかく帰ってくれるのに、余計な一言を言える程度には良好な関係を築くことができた。なんなら、帰っちゃうの寂しいとまで思う。
完全に幼馴染としての関係性を取り戻したよ。やっぱりゲームは凄い。多分、ジジイになってもゲームやってるわ。まあ、今の時代ならわりと普通かもしれんが。
「今夜は優香がウチに泊まりに来る約束なんだ」
「へぇ。じゃあ、田辺にもよろしく言っといてな」
まあ別に言わなくてもいいけどな。向こうからすれば『え? ああ、そう』って感じだろうし。
「うん、もちろん」
俺の適当な社交辞令にサムズアップで応える。
はは、律儀だなぁ。
「で? なんで優香のことは覚えてるの?」
……余計な一言を言える仲になったのがアダになったらしいな。
やべぇ、変な汗をかいてきた。今年の春は暑いなぁ、ハハハ。
「まさか私のことだけ忘れたんじゃないでしょうね?」
「いやぁ、ハハハ」
「何笑ってんの?」
どないしましょ……。
くっそぉ……田辺のフルネームを覚えてたせいでこんなことに……。おのれ田辺。
「俺だって別に、雪のことを忘れたくて忘れたわけじゃ……」
「目、見たら?」
怖いんだけど! 詰め方が怖いんだけど! 探偵に追い詰められる犯人の心境がよくわかるよ!
「あ、ああ。悪い悪い、綺麗な目だから眩しくて……」
「ふーん……まあいいわ、じゃあね」
よ、よかった……追及を免れた。
知らぬ間に獣が近くにいたけど、満腹だから見逃してもらえたって感じだな。今の心境を例えるのであれば。
こ、これもゲームの力かな? ははは。
「ああ、そうそう」
「ぴゃっ!?」
「ふふ、変な声あげちゃって」
奇声の一つや二つぐらい出るわ! 戻ってくんなよ! 油断させといて!
ああ、心臓が痛い。絶対にバウンドしたよ、今。
「明日は優香も来ると思うけど、いいわね?」
え? 普通に困るんだけど? なんで連れてくんの? 俺の病室って、別に公共の施設じゃないからね?
とりあえず許可しておくか。断ったら何をされるかわからんし。
「まあ……男友達は誰もお見舞いに来てくれないし……いいよ」
俺って人望ないのかなぁ。友達だと思ってたのは俺だけってパターン?
人間不信だわぁ。全員、車に轢かれたらいいのに。まとめて轢かれたらいいのに。
「誰も知らないんじゃない? アンタが轢かれたこと」
「あっ、それもそうか」
そっか、そうだよな。春休みなんだから、知らなくて当たり前か。
……なんでお前は知ってんだ? どこでその情報を手に入れた? なんで入院先を知っている? 病院はここだけじゃないだろ?
まさか盗聴? ストーキング? いや、まさかな。
多分、近所で噂になってんだろう。自宅の近所で轢かれたわけだし、近隣住民なら知っててもおかしくないよな。たまたま耳にしただけ。うん、そうであってほしい。
「とりあえず、うん。いいよ、田辺も連れてきてよ」
「嬉しそうね? 私が入室したときは『げっ! また来やがった!』って顔してたくせにさ」
「……してないよ?」
マジ? 顔に出てた? しくじったなぁ。こいつが鋭いってことは、肝に銘じておいたほうがいいかもしれん。
でもさ、嬉しそうってのは完全に誤解、言いがかりだぜ? だって、来てほしくないもん。田辺と喋ったことあんまりないし、気まずいだけじゃん。
一体なんのために……。
「じゃあ本当に帰るけど……一言だけ言っておくわ」
「なんでしょう……」
「優香のことを変な目で見たら……こうなるわよ」
指の力だけでスチール缶を握り潰し、己の力を誇示する。
ひょえぇ……その辺の野球選手より、指の力あんじゃねえか? 人間技じゃねえ。
俺は二度と逆らえないのか? もうネタバラシすることはできないのか? できないんだろうなぁ。怒りを買ったものの末路を見せつけられちまった以上は。
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