記憶喪失のフリをしたら険悪だった幼馴染の態度が変わりました

シゲノゴローZZ

本編

第1話 彼女を騙るメスゴリラ

 明確なデータがあるかどうかはわからんし、もしかしたら性差別、偏見を助長することに繋がるかもしれない。

 それでも声を大にして言いたい。『女性ドライバーは危険』だと。

 俺は中学生ゆえに免許なんて持っていないので、ドライバー視点で見た女性ドライバーのことはわからないが、無茶な運転が多いとはよく聞く。

 速度はそこまで出さないが、無理な割込みや、無理な右折、意味不明な判断による不可解な事故が多いとかなんとか。

 多分だけど、それ正解だよ。あいつら謎の自信があるのかしらんけど、無茶するんだよ。世界中の女性ドライバーが否定しても、俺は声を大にして糾弾するよ。

 だって轢かれたもん。歩車分離式の信号で轢かれたもん。あれが殺人未遂にならないって、日本の法律終わってるよ。始まってもないわ。

 頭を強かに打ち付けたが、幸いにも後頭部ではなかった。出血こそあったものの、縫う必要もなかったし。

 大事を取って一週間の入院だが、その気になれば翌日には退院できるレベルだ。


「ゲームぐらい持ってきてくれよ。気が利かねぇなあ」


 家族が安否を確認しにきてくれたのだが、着替えしか用意してくれなかった。

 一週間だぞ? 事故でスマホ壊れちまったし、どうやって一週間も過ごせばいいんだよ。売店に漫画とか置いてないかな?

 などと、退院までの退屈な日々を憂いていたら、ノックや声掛けも無しに病室のドアが開いた。家族……はとっくに帰っただろうし、病院の人間がこんな不躾なことをするわけないよな。誰だ?


「生きてる? 田中」


 なんで佐藤が……?

 そりゃ幼馴染なんだから、お見舞いぐらい普通といえば普通なんだが……。

 名字で呼び合う程度の距離なんだぜ?

 昔はことあるごとに『さとしー!』って抱き着いてきたのにな。俺も『雪ちゃん!』なんて言いながら抱き返して、頭を撫でたもんだ。うん、相当昔。傷一つないランドセルを背負ってた頃の話だよ。キャラクター物の鉛筆使ってた頃だよ。


「なーんだ。ご存命じゃん」


 当たり前だろ。なんで死体が入院するんだよ。

 ったく、わざわざバカにしにきやがったのか? 遠路はるばるよぉ。

 断っておくが、軽口を叩き合うほど仲が良いなんてことはない。

 ほとんど口を利かないし、口を開いたら開いたで喧嘩だよ。中学生には珍しくない男女の対立だよ。しょうもない口喧嘩さ。


「まったく。どうせエロいこと考えてて轢かれたんでしょ? 間抜けねぇ」


 うるせぇな、歩車分離式なのに横断歩道に突っ込んでくるアホドライバーがいるなんて、誰が予想できるんだよ。

 右折しようと待機してたとか、そういうわけでもないんだぞ? 歩行者用の信号が青になってから、停止線超えて突っ込んできたんだよ。どう考えても殺人未遂だよ。


「ここの看護師さん、若い人が多いわね。良かったじゃない」


 なんだこの女? 人が死にかけたっていうのに、何が良かったんだよ。

 若いといっても決して美人じゃないし、嬉しくともなんともねえわ。

 痛い目に遭った上に、退屈な入院生活だぞ? 代わってくれよ。

 見たところほぼ手ぶらだし、腹が立ってきたな。メイク道具だけ持ってきてんのも腹立ちポイントだわ。

 ……よし。


「あの……」

「ん?」

「どちら様……でしょうか?」


 ダメだ、笑うな。笑うな、俺。

 我ながら名演技、見事なまでの小動物感。

 さすがに騙しきれるとは思えないけど、一瞬騙すくらいならいけるかもしれん。


「は? アンタ……私がわからないの?」


 えっと……演技? それとも本当に驚いているのか?

 わからんが、記憶喪失のフリを継続するか。


「家族のことはなんとか覚えてるんですけど……すみません、貴女のことは……」

「ま、まさか記憶喪失? 噓でしょ?」


 おっ、マジでひっかかってる? 目に見えて、あたふたしてるぞ。

 よしよしよし、日頃の鬱憤を晴らすチャンスが到来したぞ。

 お前は忘れただろうけどな、俺はキッチリと覚えてるからな。

 俺の恥ずかしい過去をクラスの女子にバラされたことや、些細な喧嘩で股間蹴り上げられたこと。その他諸々、恨み骨髄なんだからな。


「頭の打ちどころが悪かったみたいです……あいたたた!」


 相手が信じ込みだした頃合いを見計らって、大げさに演技。これこそが騙しの最終秘伝、古来より伝わりしウルテクよ。今考えた。


「そんな……」


 おほほほほ、見事に騙されてやんの。

 さすがに演技でその顔はできねえだろ。それが演技だというなら、名女優賞を贈与してやんよ。


「本来ならありえないことです。こんな美人を忘れるなんて」


 ダメ押しで、もういっちょオーバーな演技をかましてやった。

 さすがに露骨すぎたかな? いや、いける。やってやれないことはない。


「び、美人……!?」


 俺から初めて容姿を褒められたからか、顔を赤らめている。

 いや、俺に限らず、男から褒められたこと自体が初めてじゃないか? せいぜい父親ぐらいなもんだろ。


「貴女のことを教えてください」

「きゃっ」


 勢いに任せて手を握る。こんなことするのは、いつぶりだろうか?

 っていうか手汗かいてないか? こいつ。

 気持ち悪いけど、さすがにこの流れで拭えないし、我慢我慢。


「本当に私がわからないの? ねえ、智?」

「すみません……」


 ……今、智って呼んだ?


「私よ。雪、佐藤雪よ」

「佐藤……さん?」

「雪。アンタは雪って呼んでたわ」


 え? お前も記憶喪失? お前も轢かれた? それ、五年ぐらい前の話だぞ?


「雪さん、貴女は……俺とどういう関係なんですか?」

「本当に覚えてないのね」

「すみません……」


 ここまで騙されてくれると痛快を通り越して、罪悪感が湧いてくるな。

 いや、甘さを捨てろ。こいつにされたことを思い出せ。

 覚えてるだけでも、三回は股間蹴られてるぞ。しかも担任が女だったから、なぜか俺だけが怒られたし。

 思い返したら本気で腹が立ってきたな。佐藤よりも、教師に腹が立ってきたわ。

 まあ、報復として、十円玉で車に傷つけてやったけどな。ついでにナンバープレートも曲げてやった。ざまあ美空ひば……。


「いい? 私は……」

「貴女は?」

「私はアンタの彼女よ!」


 な、なんとー!?

 俺の知らない事実が出てきたんだが!? マジで記憶喪失に……。

 なんてな。

 これ、アレだろ? 俺が嘘ついてるのがバレて、ドッキリ返ししてきてんだろ?


「そんな……俺なんかが、こんな優しそうな美少女と……?」


 仕方ないから乗ってやるか。

 こうなったら根比べよ。どっちが耐え切れずにネタバラしするかの勝負よ。


「そうよ。家族のことは覚えてるって言ったくせに、恋人を忘れるなんて……」

「すみません……じゃあ、これを機に俺なんか捨ててくだ……」

「ダメ!」


 え? 今ビンタした? 我、怪我人ぞ?


「あっ、ごめん……普段は絶対暴力なんて振るわないのに」


 どの口が言ってんだよ。俺に与えた累計ダメージ断トツでトップだぞ?


「いえ、気にしないでください」


 気にしてほしい。十年ぐらいは引きずってほしい。

 今までやられた分の半分でもいいから、仕返ししてやりてえよ。


「智……」


 ……演技なんだよな? 逆ドッキリなんだよな?

 まさかこいつがここまでの名演技ができるとは思わなんだ。


「智、これから思い出作っていこ? ね?」


 何言ってんだよ、こいつ。

 ろくな思い出ができそうにないんだが? なんなら、さっそく一つできたんだが?


「えっと、俺が貴女と恋人ってのがまだしっくりと……」

「まぎれもなく恋人よ。手を繋いだり、抱き合ったりしてるわ」


 うん、小学生の頃な?


「アンタのチンチンを見たこともあるわ」


 うん、それも小学生の頃な? しかも小学一年生の頃な?

 当時の俺はアホガキだったから、女子相手でも股間を出してたんだよ。だからお前以外も見てんだよ。ああ! 死にたくなってきた! 思い出したら猛烈に死にたくなってきた!


「……それは、いつの話です?」

「ええっと……わりと頻繁に見てるわよ?」


 あっ、こいつ、嘘に嘘を重ねやがった。

 いやお前、仮に恋人でも頻繁に見せないだろ。まだ中学生だぞ? いや、大人でも頻繁には見せないと思うけど。


「それはどういう状況ですか? 俺は頻繁に露出する変態だったのですか?」

「……一緒にお風呂入ったりとか……」


 よくもまあ、こんなペラペラと嘘をつけるもんだよ。

 ないだろ? 幼馴染あるあるなイベントかもしれんけど、俺達にそんなイベントはなかっただろ?

 パンツぐらいなら幼少期に何度か見てるけどさ。


「じゃあ、今見せてもらえますか? 思い出すかもしれません」


 どうよ? 完全にセクハラだけど、これで化けの皮が剝がれるだろ。

 とりあえずビンタに備えて、身構えるか。


「……わかったわ」


 え……?


「場所が場所だから上だけね……」


 落ち着け、落ち着け俺。これは逆ドッキリだ。

 人が入って来ても見えない死角まで移動したけど、ドッキリだ。さすがに……。

 上着を脱ぎ始めたけど、さすがに……。


「じゃあ、いくわよ?」


 やめとけって、顔真っ赤だぞ?

 Tシャツ姿がお前の限界なんだよ。それ以上はもう……。


「あの……雪さん?」

「大丈夫よ。今日は勝負下着を身に着けてきたから」


 なんで? 勝負の日なの? ケガ人と一戦交える予定だったの? 確かにさっき先制攻撃くらったけどさ。


「いざ参る!」


 何その掛け声。そんな一騎打ちのノリでシャツを脱ぐヤツいる?

 わ……。すごっ……。


「な、なんで目を逸らすのよ。ブラジャーぐらい、飽きるほど見てるでしょ」


 初見だよ。完全初見だよ。

 マジ? これ現実? 実は事故で後頭部強打してて、植物人間になってる?

 ドッキリでここまでするか? 普通。


「じゃ、じゃあ……ホック外してくれる?」


 なんですとー!?

 噓だろ? そこまでするのか? 下着だけでもヤバいのに、生乳を出すってのか?

 っていうか、俺に脱がさせるの? 俺にトリガーを引かせるの?


「ほら、いつもみたいに外してよ……」


 なんだよ、いつもって。どこの世界線だよ。

 アレか? 異世界転生的な感じ? パラレルワールドに飛ばされたの? ファンタジー世界の住民になったの?

 そっか、トラックじゃなくてもいいんだ。軽自動車でも転生するんだ。


「早く……いつもみたいに無茶苦茶にしてよ」


 既に無茶苦茶だよ。ギャルゲー通り越して抜きゲーだよ。

 まさか本当に俺の嘘を信じてるのか? だとしてもこの行動はおかしいだろ。

 もしや……俺の記憶喪失にかこつけて、既成事実を作ろうと目論んでる?

 いや、ありえない。確かに、俺が女子と喋ってると割り込んできて、喧嘩ふっかけてくるけども! プールの授業の時、やたらと俺の視界に割り込んでくるけど!

 クラスの可愛い子を中心に俺の悪評を広めてくるけども! だからって……。

 いや、好きだわ。多分、俺のこと好きだわ。

 思い返せば、距離開けだしたの俺からだったわ。

 だとしても! 普通ここまでするか? 好きな人の記憶喪失につけいるか? 道徳心とかないんか?


「どうしたのよ? アンタがこの世で一番好きなものでしょ? 早く脱がせてよ」


 勝手に俺のナンバーワンになるな。ランキング工作やめろ。

 そりゃお前な? 胸は大好きだよ? 尻と並ぶぐらい好きだけど、この世で一番とまではいかんし、誰の胸でもいいってわけじゃないぞ?


「いいんですか?」

「ええ、早く」


 めっちゃ急かしてくるんだけど。この短時間に『早く』って単語を三回も使ってきたんだけど。

 どうすればいい? 本人がいいって言ってんだから、遠慮なくいきたいところなんだが……一生後悔する気がしてならない。

 脱がせるイコール交際スタートだろ? いや、もう手遅れな気がするけど……。

 別にこいつのことは嫌いじゃないけど、俺は他に好きな子いるし……何よりも、こんなヤバい女と付き合ったら人生終わるぞ?

 などと逃げ道を探っていたら、佐藤が突然俺の布団をめくりあげた。


「ほら、我慢しなくていいのよ? アンタ、もうビンビンに……なってない?」


 ならんよ。興奮してるっちゃしてるけど、それ以外の感情が強すぎてむしろ縮んでるよ。揚げるのをミスったフライドポテト並みにシナシナだよ。


「雪さん、わかりましたから、そろそろ服を……」

「ダメよ。ここまで馬鹿にされて、黙ってられないわ」


 馬鹿にしてないよ。恐れおののいてるよ。

 どういうことだ? 女としてのプライドに傷がついたってことか?

 それはわかるんだけど、ここ病室だからな? 個室とはいえ、いつ人が来るかわからないんだぞ?


「雪さん、落ち着いてください。これから思い出を作ろうって、貴女が言い出したんですよ?」


 ん? 口に出して気付いたんだが、おかしくね?

 普通ってさ『これから記憶を取り戻していこう』って言わん?

 ……まずいな、本格的にまずい。体を張った演技、魂を込めたドッキリっていう可能性もわずかながらにあると、期待していたんだが……その線はなくなったな。


「わかったわ……退院まで一週間だったわね?」

「え、ええ」


 おい、まさかとは思うが。


「退院まで毎日くるわ」


 まさかだったよ。

 勘弁してください。確実に落としにくるのやめてください。


「少しずつ慣らしていくわ。今日は上半身だけだったから、明日は下も脱いで全身下着。次の日からは、色んなアングルから見たり、触ったりして……その次の日からはいよいよ全裸よ」


 待てって! 何一人で熱吹いてんだよ! そんな筋トレの運動負荷増やす感覚で、プレイを激しくするなって。最終日は一体何をやらされんだよ。

 くそっ、ネタバラシするしかねえ。遅くなればなるほど、後に引けなくなるし。


「あの、雪さん。実は……」

「あっ、忘れてた! これ、お見舞いのリンゴよ」


 なんて間が悪い。

 っていうかポーチにリンゴなんて入れてくんなよ。化粧品にしては、ずいぶん変な膨らみ方をしてると思ったけどさ。


「喉、渇いたでしょ? ふんぬっ!」


 う、嘘やん。

 この人、リンゴ握りつぶしよったで。成人男性でも、鍛えてないと無理って聞くんだけど? 確か、握力七十キロ以上は必要だったような……。


「さあ、お飲みなさい」


 シーツが汚れないようにタオルで受け皿を作りながら、俺の口にリンゴだった物を突っ込む。こんな豪快な〝あーん〟ある? 蛮族の営みじゃん。結婚式で体に模様を彫られるタイプの蛮族じゃん。


「あら? そういえば、さっき何かを言おうとしてたわね」

「……これからよろしくお願いしますって、言おうとしたんです」


 日和っちまったよ。言い出せなかったよ。

 いや、無理もねえって。全力を出さずにリンゴを握りつぶせる女相手に、真実を話す勇気ねえって。

 嘘なんかつかなきゃよかった。このままじゃヤンデレゴリラに婿入りしちまう。人間とゴリラのハーフが生まれちまう。その子供が結婚すれば、ゴリラのクォーターが生まれちまう。脈々とゴリラの血が広がっていっちまう。日本のDNA事情に異変を起こしちまうよ。

 誰かぁ! 助けてぇ! ナースコール押すから、助けにきてぇ! 屈強なナースさん来てぇ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る