「何か、今日アヤたち変だったな。どうしたんだろ?」
学校から帰宅したマイは、アヤやユイの様子が変だったので、ちょっと変な気分を味わっていた。皆よそよそしくて、自分を怖がって避けているような気がしたからだ。
「まあいいや」
そう言うとマイは早速スマホを手にする。
***
――まただ。また来ちゃった。どうして?
マイは途方に暮れる。もうここに来たくないから、スマホを見ないようにしようと思っても、向こう側の私にはこちら側の記憶がない。
――どうしたらいいのよ。
その時マイの背後から、物凄い圧力が迫って来る。
振り向いたマイは、逃げる間もなくその圧力に飲み込まれてしまった。
<差別用語>マジ殺す。
何で<差別用語>日本に住んでやがるんだ。くそが。
その一つ一つがマイに突き刺さる。
――止めて。痛い。痛い。痛い。
<差別用語>今から殺しに来ます。
おい、<差別用語>待ってろよ。ガソリン持って焼きに行くからな。
みんなで<差別用語>殺しましょう。
――痛いよ。止めて。痛い。
<差別用語>ぶち殺してえ。まじで。
<差別用語>日本から出て行けよ。
お前ら<差別用語>皆殺しだ。
<差別用語>焼き討ちするか。
――痛い。痛い。痛い。痛い。
<差別用語>の奴ら、ここに住んでるぞ。みんなで殺しに行こうぜ。
<差別用語>こいつら、マジ殺してえ。
日本に<差別用語>要らねえよな。
<差別用語>今から殺しに行きます。
――痛い。痛いよう。助けて。助けて。誰か助けて。
***
気がつくとマイは全身傷だらけだった。
Tシャツに血が滲んでいる。
「お母さん」
マイは叫んだ。
その声に驚いた母は駆け上がってくると、その無残な姿に絶句して立ち竦む。
「マイちゃん。どうしたの?何でこんなに傷だらけなの?」
「分かんない。お母さん、痛いよ」
その後マイは近医に連れて行かれた。
1つ1つの傷は軽傷だったが、全身に行き渡っていたため、医師も困惑していた。
マイは次の日学校を休み、家で静養することになった。
1日家にいても暇なので、マイはまたスマホを手にする。
***
――何でまた来るの?もういいんですけど。
――マジいい加減にして欲しいわ。
――誰がこんなことしてんの?
――私、何か悪いことした?
――もう、誰か助けてよ。
前回ここに来た時に、マイはこの場所の本当の怖さを知った。この世界の中には、中学生のマイなどが想像もつかないような悪意で満ち溢れていたのだ。しかし今更気づいても、もう手遅れだった。
またどす黒い塊が近づいて来る。
離れていても、その瘴気に毒されそうな、そんな悪意の塊だった。
マイはそれから必死に逃れようとしたが、無駄だった。
それは逃げるマイに追いつくと、首に絡みついて来た。そしてマイの耳元で悪魔のように囁いた。
「甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ」
「いえ、僕、こんなバイトだと思ってなかったんで」
「お前さあ。お前みたいに何のとりえもない奴に、1日10万も払ってくれるような、そんな甘い話が世の中にあると思ってんのか?」
「いや。そうなのかも知れませんけど、こんなバイトだと思わなかったんで」
「今更遅いんだよ。こっちはお前の住所も戸籍も押さえてんだ。逃げられると思うなよ」
「ちょっと待って下さいよ。僕、警察に行きますよ」
「前にもそんな巫山戯たこと抜かしてた奴がいたなあ。そいつどうなったと思う?」
「・・・」
「東南アジアでよ、解体されて、全部売っぱらわれたぜ。骨も肉も家畜の餌にされてよ。お前もそうなりてえか?」
「・・・」
「漸く状況が理解できたようだな。それじゃあ、指示通り明日午後3時に、※※の駅に行け。そこでお前と同じバイト3人と車が待ってるから。お前は指示に従ってりゃいい。いいか。相手はジジイ1人だ。抵抗したら殺しちまえ。躊躇するんじゃねえぞ」
「・・・」
マイは悪魔の囁きを聞きながら、硬直していた。
悪魔が吐き出す毒が全身に満遍なく行き渡っていく。
どす黒い悪意と強欲が、マイの体を包んでいった。
マイは助けを求める言葉すら失っていた。
しかし、今いる世界は、マイを許してはくれなかった。
次の塊がマイに近づいて来て、全身を包み込む。
それが過ぎ去ると、また次の塊が。
***
「先生、この娘はどうなってしまったんですか?」
マイは母に連れられて、病院に来ていた。
マイを診断した医師は言う。
「お母さん。娘さんは、MPSS (Mobile Phone Synchronize Syndrome)、携帯電話同期症候群という病気の症状が顕著に表れています」
「MPSSですか?」
「はい。この病気は携帯電話の普及とともに年々増えていまして、治療困難な難病なのですよ」
「えっ?じゃあ、娘はどうなるんでしょうか?」
「娘さんは、携帯電話との同期がかなり進行していますので、治療は中々困難なんですが、取り敢えず入院して出来る限りの治療をしましょう」
「先生、よろしくお願いします」
マイの母はすがるように言う。
その会話を、マイはスマホの中に僅かに残った意識の片隅で聞いていた。
「とりあえずは、娘さんの携帯の電源を切りましょう」
「はい」
――止めて。私まだこの中にいるの。電源を切らないで。
マイは残り少ない意識の中で願ったが、それは叶わなかった。
スライドで電源オフ。
スライド。
了
スマホになった話 六散人 @ROKUSANJIN
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