1-2
夜。
宿屋のベッドに仰向けに寝転んでいたウーシラは、エラの名を呼んだ。
エラは「ピィ」と一声、ウーシラの豊満な胸毛の上にダイブする。それを愛し気に撫で、ウーシラは…開きかけた口を噤んだ。目を瞑り、深く一呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「…おやすみ、エラ」
エラは暫しウーシラを見つめ、
その鼻先に、優しく身体を擦り付けた。
「すまないが、私ではお役に立てそうにない」
この街の呪術士は、そう言って老いてボソボソになった尾を丸め耳を下げた。
いつも通り。今まで会ってきた呪術士と同じように。
「この街を出て暫く行けば私の故郷…ヤサカの国に入る。
国境に近いだけあって、この街には異国からの流れ者も多い。褐色の毛並みに糸目を持つこの線の細い老呪術士も、ウーシラから見れば異種族だ。
いよいよムーシュマを出る時が来た。
ウーシラは覚悟を新たにして、国境へと出立した。
国境を越えて二日。ヤサカの国は南北で其々に異なった雰囲気の文化を持つ。北方の街並みはムーシュマとそんなに変わらない。石や煉瓦で作られた建物や舗装道路。ただ雰囲気としては武骨なムーシュマよりも幾らか上品さを感じさせる。
「そろそろ北部の中心だな」
「へぇ。狐の国は賑わってんなぁ」
ムーシュマの民より小型で細身の体躯。ムーシュマ最後の街で出会った呪術士のような褐色の毛並みはここらではまだそう多く見ない。白っぽい厚手の被毛がスタンダードだ。
街は人通りも多く賑わっている。特別な様子はない。これが通常なのだろう。
「気を付けろよ、エラ」
旅の身には慣れない人混みだ。エノシュは小さなエラに注意を促す。それに元気よく返事をした刹那、エラの持つ杖は擦れ違った男の肩にぶつかり大きく体勢を崩した。
「おっと」
肩を反らして立ち止まる男。エラを庇い牙を剥くウーシラ。呆れ返るエノシュ。
「旦那、流石に今のはエラが悪いぜ」
「おや。このイキモノは……」
ぶつかった男は気を悪くした風もなく、細い目を更に細めてエラを見詰める。ウーシラはより警戒を露にその図体で男の視線を遮った。
男は顔を上げウーシラに視線を移し、感心の声を上げた。
「大きい旦那。あんた召喚士か。こんな召喚の仕方は初めて見る。大層な腕前だ。ヤサカの国にもここまでの召喚士は居るまいよ」
対してウーシラは鼻に皺を寄せたまま低く唸るように返した。
「ヤサカの術士に詳しいか。ならば腕の良い呪術士を紹介してくれ」
「呪術士ならば」
男は考える素振りもなく言葉を返す。
「南方に、凄まじい力を持った巫がいる」
魔力無限の如く。凡そ不可能なし。そういう触れ込みらしい。
「会えた事はないがね」
ウーシラもその巫の噂は聞いた事があった。実在するというのなら会いに行かなくてはならない。
「南方か」
「ああ。だが行くのなら気を付けるといい。南部は現在チャラの国と戦争中だ」
チャラの国は大陸南端にあり、ヤサカの国に隣接している。南方の海から流れ着いた異種族たちが築いた国で、大陸内の他の国々とは使用言語も異なっている。チャラの民の耳は丸く、鼻は低くて太い。ムーシュマと同じく王政で、王は頭部から胸元にかけての毛量が多く貫禄のある姿をしているらしい。
色々と情報をくれた男と別れ、歩みを再開する。
「犬猫戦争開催中、ねぇ」
端的に纏め、エノシュはウーシラに目を向けた。
「行くんだろ?」
「勿論行く」
一縷の迷いもない即断。エノシュは口の端を吊り上げた。
「こっちは元々戦闘用の召喚獣だ。流れ弾くらいは弾いてみせますよ」
漸く舞以外の活躍が出来るかと、僅かな期待が首を擡げた。
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