4 オール

稀代の巫。並ぶ者なき無双の呪術士。それが今のオトムの肩書きである。重々にその自負がある。

元から好奇心溢れる才女であった。数年前までは、しかしただの優秀な呪術士に過ぎなかった。

オトムは召喚術も習得している。その際、持ち前の好奇心からその仕組みを探った。覚識データベースから記録を引き出すには特別な力が要る。呪術にも必要な力だ。術の発現、維持にはその力をどれだけ与え続けられるかが重要だ。では、膨大な記録を保持し続ける覚識とは。如何程の力を有しているのだろうか。

魔力無限の如く。凡そ不可能なし。

覚識から力を盗み出せるようになったオトムは比類なき呪術士となった。ただし力は借り物だ。故にオトムは自らを巫と名乗った。

そんな折、獅子たちが戦を仕掛けてきた。オトムは覚識の無限の如き力を惜しみ無く投入しこれに当たった。兵など用いずとも国境を越えさせたりしない。大群を、獅子の国を相手にたったひとりで戦える。戦えている。

ある日、妙な気配がした。宮殿からこっそり覗くと、門番に旅者が追い返されている。下男の身体を借りて、慌てて後を追った。好奇心が刺激されてしまった。召喚士であることは一目で判った。けったいな召喚獣を連れている。見れば見る程にあり得ない。もしもオトムが呪術士ではなく召喚士だったのなら、このように在ったのかも知れない。つまり彼の召喚獣たちは、覚識から直接力を与えられているように見えた。

そんな召喚獣のひとりに「嬢ちゃん」と呼ばれた時は芯が冷えた。解るのか、と。召喚主は彼には性別の判断が出来ないのだなどと言っていたが、覚識に繋がる召喚獣だ。そんな言は信じられない。

そして、呪い。

こちらもとても信じ難いものだった。自分の身体で直接会っていれば、もっと早くに気付けただろう。下男の身体を通してでは違和感でしかなかったその正体。呪いを掛けた者。長く共に居たのに何故気付けなかったのか。──あの炎獣の正体に。

自らの瞳で覗き込んで漸く解った。無双の筈の呪術士に並ぶ──いや、勝る呪いを掛けた者。そして自らと近い力の使い方をする召喚士。このふたつは同一なのだ。常軌を逸したあの召喚術はウーシラの力量ではない。彼の妻に呪いを掛けたのも、彼の召喚術に手を加えたのも同じ者。オールと呼ばれていたあの炎獣。あれは──覚識の守護者だったのだ。

覚識から力を奪う盗人を懲らしめに来たのだろうか。慌ててエラとの接続を断とうとしたが遅かった。盗み取った力は回収され、覚識へのアクセスは拒絶された。

「もう悪い事はしちゃダメよ?」

呪いの解けたエラはそう言って指を立てた。解呪に成功したのではない。掛けた本人が解いたのだ。罠だった。この女もグルだった。とんだ自作自演だ。笑えない。完全な敗北。手に負えない損失。

「……か、返してください!お願いします…!国が、国が守れなくなる。これでは、国が…!」

エラの表情は読めなかった。耳もない。尾も動かない。ただ気の毒そうな声色で。

「仕方がないわよね。だって、あなたの責任だもの」

「ぁああ、あぁぁあぁ……!」


オトムが独りで守ってきた国は、戦う力など持ってはいなかった。軍の練度は低く、経験も浅い。巫の守りが無くなったと解った途端、彼らはチャラの国に領土の一部と巫を差し出し和平を打った。オトムはヤサカの国の歴史に「大悪巫」として名を遺す事となった。



炎竜は嘆息する。の呪術士は覚識の力を使い過ぎた。

無尽の如く。なれど無限ではなく。凡そ不可能なし。然れど出来ない事もある。

暫く覚識は省エネ運行だ。力の弱い召喚士は不能と化すだろう。例えば、ウーシラのような平々凡々の召喚士は。

しかし彼に心配はない。彼にはもう必要のないものだ。楽園からの使者、覚識の巫とあの村で末長く幸せに暮らすのだろうから。

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コルカノ 炯斗 @mothkate

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