3-2

彼女が南の楽園からの漂流者であること。呪いに予兆はなかったこと。施術者に心当たりはないこと。

それらを改めて提示する。オトムは頷いてエラを別室に案内した。

「では解呪致しましょう。長らく掛かるかも知れません。ご静粛に」

「頼む」

隣接した小部屋はオトムの『仕事部屋』だ。エラの正面に立ち杖を握る。今度はしっかりと覚悟を決めて、オトムはエラの瞳を覗き込んだ。

やはり、エラの瞳の奥に恐ろしく強大な存在を感じる。負けん気を出してそれを捉える。

──ああ、これは。

その正体を感じとる。引き返すには、遅すぎた。

「もう、悪い事はしちゃダメよ?」

手足から大量の汗を流して身体を震わせるオトムを残し、彼女はゆっくりと小部屋を出ていった。



それは長かったのか短かったのか。ウーシラにとって、永遠のようにも一瞬のようにも思える時が過ぎた。

「ウーシラ!」

掛けられた声。その姿に、ウーシラは勢いよく立ち上がったまま硬直した。

言葉がでない。喉の奥が熱い。だが目と耳はしっかりと彼女の方を向いている。

「ウーシラ」

細い指で頬を撫でられ、ウーシラは吠えた。そして、抱き締める。

「…エラ!エラ!!」

オールとエノシュは黙って主たちの抱擁を見守った。

しかし、ウーシラが多少落ち着きを取り戻す頃になってもオトムが出てこない。

「嬢ちゃんは?」

「ああ。礼を。礼をしなくては」

手持ちでは足りないかも知れない、いや足りない、と財布を漁るウーシラの手を取り、エラは首を振った。

「お礼はしたわ。もういいそうよ。帰りましょう」

「いや、せめて一言…」

「とっても疲れているようだから、ここから伝えましょう。聞こえる距離よ」

「そ、そうか……」

重々に礼の言葉を重ね、ウーシラたちはその場を後にした。



「ヤサカ…遠い処まで来たのね。ありがとう、ウーシラ」

ウーシラは尾を振りながらも首を振った。

仲睦まじい様子の夫婦を数歩離れて見守りつつ、エノシュは首を捻った。

隙を見てウーシラに声を掛ける。

「なあ旦那、エラはあんな感じだったのか?」

鳥の頃の…いや今でも鳥は鳥だが…兎に角エノシュが馴染んだ彼女とは印象が違う。

「ああ。聡明で穏やかで…少し厳しい処もあるが、優しい女性だ」

「あーうん、それはミミタコなんだけどさ」

オールは気にした様子もなくいつも通りエラの側に浮いている。

「…まあ。旦那がそうだって言うんならいいか」



そうして、ウーシラとエラはふたりの家に帰り着いた。

「…ただいま。ふふ。お掃除から始めなきゃね」

「そうだな」

「んーじゃこれでお役御免かね」

敷地の前で立ち止まったエノシュをウーシラは振り返る。

「……そうか」

旅の護衛の召喚獣だ。側に居る事がすっかり馴染んでしまったが、旅を終えた今、もう必要がない。

「……もう少し…」

「これからふたりで過ごすんだろ?お邪魔虫にはなりたくないね。それに掃除手伝わされんのもやだし」

エラが「あらあら」と残念そうに笑っている。

「…わかった。ありがとう、エノシュ」

「おー。そこそこ楽しかったぜ!結局舞うくらいしか仕事なかったけどな!」

笑って、エノシュはサラリと消えた。

消えてしまえば、再度喚んだとしてもあちら側は初めましてだ。あの軽口がなくなると寂しくなるな、とウーシラは尾を垂らした。

キョロキョロと辺りを見回していたエラだったが、ウーシラの横に立ち、その杖を指した。

「どうやら、オールも還ってしまったみたい」

ウーシラが杖に目を遣る。ランプの火が揺らいで、消えた。

「………」

少しだけ寂しいが、仕方がない。

エラの手を取って自宅の扉を潜る。

「ただいま」

「ええ。ただいま」


ヤサカの国の敗戦の報せがムーシュマの田舎村へ届いたのは、それから暫くの事だった。

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