3-1 ウーシラ
「此処で待っていて下さい」
巫の屋敷に裏口から通され、共に旅をした仲間と別れる。そう間をおかずお呼びが掛かり、4名は謁見の間に案内された。
御簾の向こうには小さなシルエット。小柄な体躯に大きな耳。現れたのは、額と目元に化粧を施した女性だった。
「我が名はオトム。何用ですか、旅の者」
「いや嬢ちゃんじゃねぇか!」
エノシュには種族は見分けられても同種個体の識別は難しい。色や模様が大きく異ならない限り同じに見える。性別なんてなおの事だ。
「!? 失敬な…!」
突然の暴言に気分を害したのであろう。オトムが手にしていた大きな杖を振り上げる。それが振り下ろされる前に、ウーシラの鞭がしなった。パシンと乾いた音を立てると、エノシュは発言の自由を奪われた。
「失礼した」
腐るエノシュを下がらせ、エラを前に出す。
「彼女に掛けられた呪いを解いて欲しい」
「……少し見せてください」
一度大きく尾を振ったものの、興味を引かれたらしくオトムはエラの前にしゃがみこんだ。エラは「ピ!」とリボンに飾られた胸を張って対峙する。
オトムはゆっくりとエラの瞳を覗き込む。瞳孔の動かない見慣れぬ瞳はよく見ると少し恐ろしいが、それは単なる種族特性だ。更に奥を覗き込む。何か、得体の知れない、強大で恐ろしい者の気配が……
「───ッは」
息が詰まっていた。唐突に再開された呼吸で心拍が乱れる。信じられない。
「何ですかこれは…こんなもの、誰が───」
信じられない信じられない。
「不明だ」
──並ぶものなき無双の呪術士たる自分以外に、こんな呪いを掛けられる者が存在するなどとても信じられたものではない!
知らず、オトムは笑っていた。
こんな大層な呪い。誰が、どうやって。何故は問わない。そこはオトムには関係がない。確かな事は、これを解ける者がいるとするならそれはふたりだけ。それを掛けた本人か、自分だけだ。それは『誰か』からオトムに向けた挑戦状のように思われた。
「良いでしょう。わたしが必ず解いてみせます。その為にも」
揺れる尾を意識して抑えこむ。依頼人たちに卓を勧め、茶を準備させた。
「先ずは話を聞かせて貰えますか」
彼女は南の楽園から来たという。
噂、伝説、お伽噺。そんなものでしか聞かない場所。楽園。信じる者も信じない者も居た。だが事実、彼女は誰も見た事のない姿をしていた。
彼女が村に住み始めた時、ウーシラはまだ少年だった。彼女はとても賢く博識で、ウーシラは様々な事を教わった。召喚術もそのひとつだ。
ある程度の召喚術を習得すると、彼女は自分が使っていた術具をウーシラに譲った。ランプの提げられた大振りの杖。記念にふたりで召喚をした。その時召喚されたのがオールだ。以来、ランプには消えない火が灯っている。
その内にウーシラはエラの家で過ごす事が多くなった。身寄りの無いエラを村人も心配していたから、師弟が共に暮らす事は賛成された。ただふたりが本当はどんな関係であるかを知る者は居なかった。
慎ましやかに幸せに暮らしていた。そんなある日、何の前触れもなく突然エラは姿を変えた。
姿は変わっても愛しい妻に違いはない。けれど。
村では彼女は失踪扱いになった。オールを召喚したウーシラの側に珍妙な生き物がひとり増えても、例えそれがエラによく似た特徴を持っていても、誰もエラだとは認めない。漸く居場所を手に入れた筈の元漂流者にそれは酷だろう。
だからウーシラは旅に出る事にした。これは呪いだ、と。解呪出来る者を探せ、と。頭の中…いや、胸の奥で声がしたのだ。
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