2-3
「さて…待ってる間どうしますかね」
中断された議論を再開する。
「まあ適当に見て回るか」
コシキの国も商人の国だ。ヤサカの南部に似ているのは街並みだけではない。ただし、商人たちは人懐っこく呼び込みが巧い。何処か高慢なヤサカの商人たちとは趣が異なっていた。
「よぅにーちゃんたち!観光かい?お土産買ってく?おみやげ!」
呼び込みに足を止めてしまったら最後。商人の口は止まらない。
「ムーシュマへはこれが人気!ヤサカにはないよ!女の子相手ならこっちだ」
「あ、ああ…」
続々と拡げられる商品の数々にウーシラもたじろいでしまう。
「すげーなタヌキ。グイグイ来るじゃん。スカしたキツネどもとは違ぇわ」
「たりめーよ!」
気を良くした商人は狙いをエラに定めた。
「おっかわいこちゃん!これなんかどうだい?コシキ織のリボン!可愛さを引き立てるよ!」
言いながらエラの首にリボンを添えて見せる。大きな石飾りがエラの胸元を煌びやかに飾り立てる。ウーシラは崩れ落ちた。
「貰おう」
「まいどありっ!」
「流石商人。突き処が巧いねぇ」
完全にダメになった主を引き摺って、一同は店を後にした。
夕刻も近くなり、ウーシラたちは約束の茶屋で先に休んでおくことにした。
「嬢ちゃん遅ぇな」
「ん?ああそうだな」
ウーシラはおめかしエラを愛でるのに忙しい。全く以てそれどころではない。完全にエラに夢中な主にエノシュはほとほと呆れ返った。
「メロメロタイム長ぇよ旦那ぁ」
ウーシラはエラを溺愛している。それはもう周りがドン引く程愛している。今に始まった事ではない。昔からだ。
「嫁さん大事にすんのは良いけどよぉ」
「そうだったんですね。納得がいきました」
気付けば待ち合わせ相手が同卓を囲っていた。
「…何が?」
それに驚きはしない。しかしいったい今の何処に納得する要素があったのか、エノシュにはサッパリ解らない。
「奥さんなのでしょう?」
あっさりと返され暫し言葉を失くす。
「……フツー、軽口だと思うだろ」
「エラさんにはずっと違和感があったので」
確かに彼は道中よくエラを見ている事があった。カヌイに於いては珍しい造形故、それを特に誰も気にしなかった。
「召喚術とは瞬間的な──」
違和感を説明しようと口を開くが、自分に集まった視線に一度口を噤む。苦々しい
「
巨大な爪で引っ掻くという技を再現するために一時的に巨大な爪を持つ体を構成する。剣技を再現するために剣技を極めた者を召喚する。
「ですのでどうしても『情報元』との接続が発生します」
それぞれの技の記録は覚識と呼ばれるデータベースに納められている。そこから必要な時に必要な情報だけをダウンロードする。この世界ではそれが召喚術の常識だ。覚識と常時接続状態にある非常識極まりない召喚獣が目の前に居るが、今は半眼で見遣るに留める。常時だろうとダウンロードの際だろうと、つまりは召喚術である以上覚識との接続は必ず発生する。エラにはその痕跡が見られない。それはつまり、エラは召喚獣ではないという事になる。
「エラは──妻は、ある日突然この姿になった」
何の予兆もなかった。突然である。
「呪いの類いと踏んで解呪出来る者を探しているが、今まで訪ねた呪術士たちは皆無理だった」
ウーシラにとって彼女の魅力は何一つ損なわれてはいない。とは言え、彼女のためにもこのままにはしておけない。
「なるほど。それでこんな奇怪な姿に……」
「旦那に〆られんぞ」
沈痛な
「つっても縮んだ程度だぜ。エラは鳥だよ、鳥。南の楽園からの漂流者」
この小さな砂漠狐は博識だと道中で察している。案の定、今の言葉を理解した彼は尾を垂らし顔を歪めた。
「……異種族婚、ですか。不毛ですね」
この世界に於いて異種族婚は同性婚とほぼ同じ扱いを受ける。多くの場合、子が遺せないからだ。世代の交代が早い彼らにとって子を成す事は重要視されている。
「ウーシラさんとエラさんの性的嗜好は兎も角。そういう事でしたら、はい。巫様がお役に立てるでしょう」
「本当か!!?」
「はい」
食い殺さんばかりの勢いで口を開き身を乗り出したウーシラに欠片も怯むことなく彼は肯いた。
ウーシラは額を抑え天を仰いだ。
「~~~~…!」
「目的達成は間近か。やったな旦那」
言葉にならない様子に、エノシュも棒読みの祝辞を贈った。
帰路。ウーシラは気持ちが抑えきれないようで、幾らか早足になっている。
「旦那ぁ、重要なパイプ役が逸れちまうぜ」
注意すると暫くはゆっくりになるが、やがてまた早足に戻ってしまう。それを繰り返すふたりに構うことなく、パイプ役は今度はじっとオールを見ていた。オレンジ色の炎の竜。竜、という名にヒットはあっても、こんな生物ではなかった筈だ。そもそも、空を
「 ッ、」
オールから同じ熱量で見返され、彼は思わず視線を逸らせた。逸らされたオールは勝ち誇るでもなく、ごくごく平然と踵を返しウーシラの後を追っていく。
意思があるのかも読み取れないその瞳を覗いてしまった彼の心臓は、暫く早鐘を打ち続けた。
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