2-2
巫への取継の条件は、『道中の護衛』というものだった。青年はコシキの国に用があるらしい。ヤサカの東側の隣国である。
「
既に主が承諾した取引だ。文句を言っているわけではない。
「構わん。ただ待っても数ヶ月以上掛かるんだ。口添えが得られるならこっちの方が良い」
その口添え役はしゃがみ込んでエラを見ている。それを中空からオールが見ていた。
「ウーシラさん、召喚士なのですね」
「ん?ああ」
漸くエラから視線を外した彼は、今度はウーシラに向かって胸を張った。
「わたしも少し心得があります。こういうの」
彼が立てた指をクイと折り曲げると、巨大な『獣』の爪が振り下ろされる。指が立てられた時点で動き出していたエノシュは鞘に収められたままの剣でそれをいなした。
「危ねぇ!!人に向けんな!」
簡単に振るわれ簡単に弾かれたが、今のが正当で強力な召喚術だという事は皆が解った。『心得がある』と青年は言った。召喚士でもなくこれ程の召喚術を使うのならば彼は何者であるのか。そこまで考えた者は、ひとりかふたりだったかも知れない。
ぶすっと膨れた
「納得がいきません。一体どんなズルをしているのですか」
そう問えば、ウーシラたちはキョトンと彼を振り向くのみだった。
「その召喚獣たちです!もう何日召喚しっぱなしですか!」
通常、召喚術とは彼がやってみせたように一時的な技の再現である。使い魔のように使役する場合も保って一日。二日も保たせられれば大召喚士だ。記憶を継続させたまま三日以上の存在保持などあり得ない。そう憤懣やる方ない様子で訴えている。それをエノシュは笑い飛ばした。
「あっはっは!そうそう。旦那は規格外なんだよ。オレたちもう
「な……っ」
ポカンとした様子でエノシュを見上げる。エノシュは肩にオールを抱き寄せ、「なー」と頷き合っている。
「信じません!!もし本当ならそんな術士が巫様に何用です!?」
「おまえこそ、タヌキの国に何の用なんだよ」
牙を見せて唸る青年の鼻先にエノシュは人差し指を近付けた。噛まれそうになったら引っ込める遊びのつもりだろう。激昂した青年はエノシュに召喚術を叩き込む。
「誤魔化すなサル!!」
「おっ!?サル知ってんのか!」
ガキィン!と派手な音こそしたもののやはり軽くいなされてしまう。ふたりの様子に静かに息を吐いて、ウーシラはエラとオールに先を促した。
そんなこんなで道中も賑やかに。漸く5名はコシキの国に到着した。
木造の平屋が並ぶ、ヤサカの国の南部によく似た雰囲気の街並み。住民たちは短毛ながらもふくよかに見えやすい毛並みを持っている。目の回りは黒く彩られ、顔付きを穏やかに感じさせる。
「それではわたしは用を済ませてきますので」
夕刻頃そこの茶屋で、と暫しの別れを告げられる。
「おー。嬢ちゃんひとりで大丈夫か?キツネとタヌキはあんま仲良くないんだろ」
エノシュが尋ねても、青年はフフンと胸を張る。
「ご心配なく。わたし、タヌキ程度に負けはしません」
テトテトと歩きだした青年を見送り、「その間どうする?」と話し始めた時。
「待ってください」
引き返してきた青年が、警戒の色も露にエノシュに問うた。
「今、なんと?」
「は?」
何を問われているのか解らない。暫し逡巡の後、ウーシラは「あぁ」と思い至った。
「すまんな。コイツは性別の区別がつかないらしくてな」
悪気はない筈だと自らの召喚獣をフォローする。
そんなことで態々戻ってきたのかとエノシュは目を瞬かせた。
「こんなんどう見たって嬢ちゃんだろ」
「何処がですか!」
小さくて声も高くて喋り方も丁寧な処だが、残念ながらエノシュの価値観は此処では微塵も伝わらない。エラとオールが見守る中、主人は丸く収めるため怒り散らす青年と視線を合わせるべく腰を下ろした。
「異種族の感性を気にするな。君はどう見ても成人男性だ」
「そうでしょうとも!」
プリプリしながら去っていく背を呆気に取られながら見送る。
「あんなキレる事か?」
「トラウマでもあるんじゃないか?」
実際、ウーシラには何処からどう見ても女性には見えない。彼は召喚の術も心得ているし、異種族の認識には理解があっても良さそうだが…とは思うが、どうしても看過できない事もあるかも知れない。心とは難しい。
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