2-1 エラ
木造の平屋が並び、石畳も幾何学模様から格子状に変わっていく。屋根を繋ぐように紐が伸び、幾つも提灯が提げられている。夜になっても大通りは明るいのだろう。行き交う者も通りに面した店の商人たちも、褐色の毛並みに細い目をした者が多い。商業が盛んなようではあるが、商人たちは何処か余所者を見下した雰囲気がある。
「拍子抜け。平和で賑やかな商店街じゃねぇか」
戦時中の緊迫感は一切感じられない。規制に嘆く商人も貧困にあえぐ市民も見当たらない。街に入ってから兵士の姿も見ていない。
「戦の気配が全くないな」
「そりゃそうさ。うちには巫様がいらっしゃる!」
大通りに向けて並べられた商品の向こうから商人が声を掛けてきた。
「『巫様』…件の呪術士か」
ウーシラは足を止め店内を覗き込む。話を聞く態勢に入ったウーシラに、商人は細い目を更に眇てコロコロと嗤った。
「チャラの輩など巫様のお力でこの国に侵入する事すら儘ならぬ。お陰で我々はこうして何も変わらず普段通りよ」
「その巫に会うにはどうすればいい」
問えば、ケーンと甲高く笑い声を上げた。
「無理無理!巫様はお忙しい!一介の旅者と面会している時間などない!」
尾を振り回し一頻り笑い転げた後、いそいそと居住いを正し耳と尾を下げた。
「…失礼。少々興奮してしまいましたな」
「いやいや。情報をありがとう」
落ち着いたらしい商人は改めてウーシラたちに目を移す。
「しかし旦那様、変わった生き物をお連れですなぁ」
明らかに自分に向けられた視線に、エノシュはそっぽを向く。
「ああ。コイツは護衛獣でな。そこそこ優秀だ」
そこそこという評価は面白くない。エノシュは顔を背けたまま反論した。
「オレは相当優秀ですよぉ?旦那のムチャなオーダーもこなしてんだろ」
とは言え腕を奮う機会もそうそうない。何に命を狙われているわけでもなし、ウーシラのような巨漢を襲おうという野盗も滅多にいない。
「おや言葉も話される。しかし何と言いますか…珍妙な。頭部にしか毛がないというのは。痛々しい感じがしますなぁ」
聞き飽きた感想に笑いが漏れる。
「ったく。これだから世界の狭い獣は嫌なんだよ。同じ事しか言わねぇ」
「毛者!なるほどなるほど。それでは貴方は差し詰め肌者といったところでしょうかな」
ふたりの間に火花が散って見えた処で、ウーシラは溜め息ひとつ背を向けた。
「ふたりとも程々にな」
オールとエラも主に続いた。
「門前払いだったな」
全く言葉通りである。巫の御座すという御殿に赴いた処、門番に追い返されてしまった。予約を取っても一年以上先の話になるらしい。多忙だという商人の話は本当のようだ。
「まぁしゃあないかね。狐どもの様子からして、獅子の国とはミコサマひとりが戦ってるっぽいもんなぁ」
戦争とは呼べないかも知れない。嫌なカンジだ、とエノシュは息を吐いた。
「兎も角予約を取るしかない」
年待ちだろうが何だろうが、会えなくては始まらない。
「──あの!」
掛けられた声に首を巡らすと、御殿の脇から小さな影が走り寄って来ていた。
ウーシラたちの側まで近付くと暫し切れかけた息を調える。ウーシラの腰まであるかないかの小柄な体躯に、その割には大きな耳と尾。その青年はウーシラを見上げ、不敵な笑みでこう持ち掛けた。
「巫様に会いたいですか?わたし、伝手があるので叶えてあげられます」
「…話を聞こう」
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