コルカノ

炯斗

カヌイの記録

1-1 エノシュ

昼下がりの街の一角。民の憩いの場たる噴水広場には、賑やかな人集りが出来ていた。

その中心には大柄の男。どうやら旅人が路銀を稼ぐ為に芸を披露しているらしい。

観客たちの耳は忙しなくあちらこちらへ向けられている。ピシリとしなる鞭の音、観客たちの話し声、または歓声。拾う気があろうがなかろうが、耳は自然と方々へ向いてしまう。

「あれは何かしら」

「見た事もない生き物ばかりねぇ」

杖を抱えて玉乗りをしているのは、薄黄色でふわふわした小さな生き物。身体を被うのは毛とは違うもののようだ。目も左右各々頭の側面についており、口元は硬そうな上に鋭利に尖っている。細っこい足は一対しかなく、口元と同じく硬質で木枝によく似ている。手に該当しそうな部位は布のように薄っぺらで幅広で、布そのもののように折り畳まれてしまう。そして時折甲高く「ピィ!」と鳴く。

空中で火を吹くのは濃いオレンジ色のぷっくり且つツルツルした生き物。尻尾の先には炎が灯り、常に空中に浮いている。四つ足であるがその四肢は極端に短く、それでいて立派な爪が生えている。

「特にあの子」

「なんだか痛々しいわ」

「本当。特別珍妙ねぇ」

控えていたその生き物の頭頂に耳は無く、鼻は極端に低く、口も立体的ではない。体つきこそ自分たちに似ているものの、だからこその違和感が目立つ。被毛が極端に少ない。頬や手は肌が剥き出しとなっており、前述の黄色い生き物のように異質でない分、とても痛々しい印象を与えた。

「コイツは海の向こう…東の世界の生き物さ」

彼らの主たる旅人が言う。

その特に珍妙な生き物は、腰に佩いた剣に手を掛けた。

「剣の舞をご覧あれ!」

主の合図で舞が始まる。それは軽やかな剣舞だった。


カチリ、と剣の鞘に納まる細やかな音が、その場の全ての者の耳に届いた。

沈黙を破ったのはこどもたちの歓声だった。

「すごい!!」

「かっこいいね!!」

途端、一斉に歓声が上がり出す。お捻りが空を舞う。芸をしていた生き物たちも、今はお捻りを拾い集めている。

こどもたちは無邪気に感想を言い合っている。

「かっこよかった、ハゲなのに!」

「ね!ハゲなのにすごい!!」

「ハゲハゲ言うな、ハゲてはないッ!!」

「「!?喋ったぁ~ッ!!!!」」

こどもたちは珍妙な生き物が自分たちと同じ言語で発声した事に驚いて散っていく。

剥げてはいない。元々、頭部にしか毛のない生き物なのだ。



「ったく。失礼な仔犬どもめ」

「腐るなエノシュ。お陰で今夜も宿に泊まれる」

主たる大男、ウーシラはコインの詰まった袋を掲げて見せた。エノシュは主の言に溜め息で応えた。

「エラ。オールも。お疲れ様」

其々を労い、今夜の宿へ向かう。

エノシュの知識を借りて説明すると。灰色の大狼がウーシラ。旅の召喚士だ。狼だらけのこの国でも、かなり大きい体躯の持ち主である。腰には太い鞭を備えている。

黄色い鳥がエラ。ウーシラから、消えないランプの提げられた杖を預けられている。

オレンジ色の竜がオール。ウーシラから、旅鞄の管理を任されている。

そして、ピンク色の髪のヒトがエノシュ。ウーシラの護衛として剣を振るう…という契約だが、舞わされる事の方が多い。言語を用いた意志疎通が可能なのはエノシュだけだ。

「しっかし旦那ぁ。金稼ぎもいいが目的があるんだろ?」

「目的はあるがアテはない」

旅を始めて早数ヶ月。漸く自国ムーシュマの南端に至った。

「明日、街で腕の良い呪術士が居ないか聞いてみよう」

「へいへい。んでダメならまた次の街、ね」

いつも通りの行程だ。

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