【KAC20248】要求は何だ!

下東 良雄

要求は何だ!

 某地方都市の治安を守る桜咲署おうざきしょ

 ある日、かかってきた一本の電話。


桜咲おうざき国際空港に爆弾を仕掛けた』


 その内容に署内は騒然となった。


『爆破されたくなければ、こちらの要求を呑め』


 逆探知が出来ない特殊な電話からの通話。

 元の声が復元できない特殊なボイスチェンジャーも使っている。

 犯人の正体が全く分からない中、桜咲署おうざきしょの面々は空港へ急行し、爆弾捜索を始めた。

 同時に、犯人との交渉役として若き刑事があてがわれた。


 刑事・宮本である。


「おい、要求は何だ! 早く言え!」

『それでは、指定の公園へ行ってもらおう』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 春の昼下がり、ぽかぽかした陽気の中、子どもたちが元気に遊んでいる。お母さん方は、ベンチで井戸端会議を開催中だ。


 キキィーッ!


 公園の前に車が止まり、刑事・宮本が降り立った。


 ぶーん ぶーん ぶーん ぶーん


 刑事・宮本のスマホが振動する。


「もしもし! 指定の公園に着いたぞ!」

『ベンチの下を見てみろ』


 刑事・宮本はベンチへ急いだ。

 警察バッヂをお母さん方に見せる刑事・宮本。


「すみません、緊急事態です! ベンチの下を調べさせてください!」

「警察権力を振りかざしてるわ! いやぁねぇ〜」


 刑事・宮本に嫌な視線を浴びせながら、渋々立上がるお母さん方。

 ベンチの下を調べると、座面の裏側に小さなケースがくっついていた。


「もしもし! 小さなケースがあったぞ!」

『開けてみろ』


 中には、ごく普通の銀縁めがねが入っていた。


「めがねが入っていたぞ!」

『それを、かけろ』

「えっ?」

『早くかけろ! 空港を爆破するぞ!』

「わ、わかった! 落ち着け、今かける!」


 めがねをかけた刑事・宮本。

 度は入っていないようだ。


「かけたぞ!」

『おぉ、よく似合ってるじゃないか。クククッ』

「どこから見ている!」

『さぁて、どこかな?」


 イラッとする刑事・宮本。


「要求は呑んだぞ!」

『まだまだ、これからだ』

「次の要求は何だ! 早く言え!」

『次は、弓場町ゆみばちょうの喫茶店に向かえ』

「弓場町だと!? くそっ!」


 刑事・宮本は弓場町へ急いだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 キキィーッ!


 弓場町の喫茶店の前に車が止まり、刑事・宮本が降り立った。


 からんころんからーん


「いらっしゃい」


 シルバーグレーの渋いおじさまが店主の喫茶店だ。

 店内に客はいない。

 店主を無視してスマホを取り出す刑事・宮本。


「もしもし! 着いたぞ!」

『窓際の席のテーブルの裏を見てみろ』


 刑事・宮本は、指定のテーブルの裏を探った。

 またケースがくっついていた。


『開けてみろ』

「これをかければいいのか! 要求は何だ!」

『クククッ、慌てるな。次の要求は――』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 桜大寺おうだいじ――


 創龍宗そうりゅうしゅうの総本山である。こじんまりとした寺院ではあるが、桜咲市おうざきし内のパワースポットとしても有名で、霊験あらたかな寺院である。

 今日は隣の市の元市長が亡くなり、その葬儀が執り行われている。清廉潔白かつ実直な人物で、参列者も深い悲しみを胸に抱えている様子がうかがえる。ハンカチを目に当てている参列者さえいた。

 本堂から漏れ聞こえるお経と線香の香りが、その悲しみをより深いものにしているようだ。


 キキィーッ!


 寺の前に車が止まった。

 そして――


 車から大音量で流れるスティー◯ー・ワ◯ダーの「H◯ppy Bi◯thd◯y」とともに、刑事・宮本が降り立った。

 その顔には「HAPPY BIRTHDAY」の文字が彩られ、電飾がピカピカと光っているパーティグッズのめがねがかけられていた。


 呆然とする参列者たち。


 刑事・宮本は、ステップを踏みながら本堂へ向かっていく。

 何事かと様子を見に来た住職は、華麗なターンを決めながら、焼香を軽やかに撒き散らす刑事・宮本を見た。

 人間、本気で驚くと何もできないものである。


 刑事・宮本はそのまま車に戻り、走り去っていった。

 ス◯ィービー・◯ンダーの「Ha◯py Bir◯h◯ay」を流しながら……


「もしもし! 要求は呑んだぞ!」

『クックックック』

「おい、もういいだろう!」

『アンタ、中々やるな。さぁ、次の要求だ』

「まだ何かあるのか!? 要求は何だ! 早く言え!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ラーメン・八郎潟――


 秋田・八郎潟の塩を使った野菜たっぷりのタンメンが美味しい桜咲市おおざきし内のラーメンの名店である。今時流行りの濃い味系・背脂ニンニクてんこ盛りのラーメンとは一線を画し、淡白でありながらも旨味たっぷりのタンメンは、多くの食通やラーメンマニアたちを唸らせてきた。


「自分、不器用ッスから」


 そんな言葉が口癖の謙虚な店長も人気だ。しかし、不器用なのとオーダーを間違えるのは別問題。覚えられないなら券売機を導入しろ。


 キキィーッ!


 ラーメン屋の前に車が止まり、刑事・宮本が降り立った。

 今度は普通の黒縁めがねをかけているようだ。


「もしもし! 指定のラーメン屋に着いたぞ! 要求は何だ!」

『めがねのレンズを曇らすことなく、名物のタンメンを食い切れ』

「なっ! そ、そんなことは不可能だ! ラーメンを食う時にめがねが曇るのは自然の摂理だ! AIに聞いても『不可能』の答えしか返ってこない!」

『いいからやれ! 空港を爆破してもいいのか!』

「ま、待て! 激昂するな! や、やってみるから!」


 がらがらがら


「らっしゃい!」

「タンメンひとつ……」

「あいよ、タンメン一丁!」


 元気いっぱいの店主に気圧けおされる刑事・宮本。

 めがねを曇らさずに、タンメンを食べ切るなんて不可能なのだ。

 焦る刑事・宮本。

 鼻歌交じりでタンメンを作っている店主。

 何だかムカついて、撃ち殺してやろうかと拳銃に手をかける刑事・宮本。


「へい、お待ち!」


 ゴトリ


 刑事・宮本の前に出来立てホヤホヤのタンメンが置かれた。

 モウモウと湯気が立っている。

 覚悟を決める刑事・宮本。


「えぇい、ままよ!」


 マンガでしか見掛けないそんなセリフを恥ずかしげもなく口にする刑事・宮本。


 ずるるるるるる。


「!」


 刑事・宮本は驚いた。

 めがねが曇らないのだ。


「もしもし! このめがね、全然曇らないぞ!」

『クックックック、そいつは曇り止め加工レンズだ』

「何!? そんなものが!」

『本当に曇らないのか、アンタで実験したのさ。それに……』

「それに何だ!」

『アンタもそろそろ腹が減ってると思ってな』

「犯人……お前ってヤツは……」


 ラーメン屋の中にラブコメの映像処理エフェクトがかかった。


「ありあとやしたぁー」


 がらがらがら ぴしゃん


「もしもし、もうお腹いっぱいだ……」

『クックックック。じゃあ、次の要求だ』

「くそっ、まだあるのか…… 要求は何だ! 早く言え!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 某国大使館の秘密会議室――


 我々は、いつもア◯リカにイジメられていた。

 ちょっと隣国にミサイル打ち込んだだけなのに、経済制裁を課してきやがった。少しぐらい爆発させたっていいじゃねぇか!

 世界一の経済大国による経済制裁は、ボディブローのようにじわじわと我が国にダメージを与え続けている。なんて忌々しい国だ!

 我々は、表面上アメ◯カと仲良くしようとする姿勢を見せておきながら、こうして仮想敵国としてアイツらをどうにかできないか、話し合いを続けているのだ。


 キキィーッ!


 某国大使館の前に車が止まった。


 ふたたび某国大使館の秘密会議室――


「◯メリカをぎゃふんと言わせるにはどうすれば良いか! 全員ひとり百個ずつ言え!」

 大使が叫んだ。大使の地位を利用したパワハラである。

 大使館だと労基も動けない。職員さんたちは、粛清されないように頭を捻りまくった。


 そんな時、秘密会議室にも漏れ聞こえてくる音楽。

 ジェイ◯ス・ブ◯ウンの「Li◯ing in A◯eri◯a」だ。


 急遽、会議室のモニターに大使館前の映像が映し出された。


 そこには、車から大音量でジェ◯ムス・◯ラウ◯の「Liv◯ng in Ame◯ic◯」を流しながら、レンズ全面が星条旗でカラーリングされためがねをかけた刑事・宮本が、ラメラメの衣装に身を包み、激しく踊っていた。


『Livi◯g in ◯meri◯a! Fuuuuuuuuuu!!』


 大使館前に響く◯ェイム◯・ブラ◯ンの甲高いシャウト。

 いや、星条旗めがねをかけた刑事・宮本も叫んでいた。

 恍惚とした表情を浮かべている刑事・宮本。


 その様子を額に青筋を浮かべながら見ている某国大使。


「………………殺せ」


 その言葉に数人の男が部屋を出ていく。

 秘密会議室のモニターには、慌てて車に乗り込む刑事・宮本の姿が映し出されていた。

 それを追う二台の黒塗りの車。

 映画ばりの逃走劇が始まる。

 そして、「Li◯ing in A◯eri◯a」が遠ざかっていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もしもし! 今はスピーカー通話だ!」

『フフフッ、運転中のスマホ操作はアウトだからな』

「気遣いサンキュー!」

『さぁ、次の要求だ』

「最後まで付き合ってやるぜ! 要求は何だ! 早く言え!」

『クククッ、いい心意気だ。次の要求は――』


 湾岸線を疾走する茶色の旧型セドリック。

 そして、それを追う二台の黒い旧型BMW。

 刑事・宮本は走り続ける。

 犯人の要求が続く限り――


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 どんなに捜索しても、桜咲おうざき国際空港から爆弾は見つからなかった。

 刑事・宮本からも特に連絡がないため、桜咲署おうざきしょ署長は電話をイタズラと断定。捜査は打ち切りとなり、桜咲署おうざきしょの面々は平和を噛み締めながら、あくびをしていた。


 彼らはまだ知らない。


 この後、ジェイ◯ス・ブ◯ウンの「Li◯ing in A◯eri◯a」を大音量で垂れ流して車を走らせる刑事・宮本と、大使館ナンバーをつけた二台の黒い車とのカーチェイスが全国に生中継で放送され、現政権をも揺るがす国際問題に発展していくことを。



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