眼鏡の声が聞こえるか

冬野瞠

眼鏡が棲む星

 環境汚染により最後の人類が死に絶えたその瞬間、遺された数多あまたの眼鏡に意識が生じた。道具にすぎなかった眼鏡たちは、思考を獲得しテンプルをぎこちなく動かす機能を得た。

 人類滅亡後、眼鏡が自我を得たのは自然な成り行きと言えるだろう。

 なにせ眼鏡と持ち主は、幾星霜に渡って同じ景色を見、同じ会話や音楽を聞き、同じ匂いを嗅いできた相棒であり、半ば分身なのだから。ヒトの時代から「眼鏡が本体」という揶揄も存在していた。風呂と就寝時以外片時も離れない生活の積み重ねにより、無機物である眼鏡に心が生まれたのだ。

 とはいえ、うぞうぞ動きだした眼鏡に社会性はなかった。

 眼鏡同士の意志疎通は困難、というより不可能に近かった。音声を発する器官は備わっておらず、テレパシーといった便利かつ都合のいい能力の持ち合わせもない。眼鏡に可能なのは、テンプルを不器用に動かし、時速五mメートル程度の鈍足で地べたを這いずり回ることだけだ。


 惑星ほしに何十億と遺された眼鏡は孤独だった。


 生物とも無生物とも、生きているとも死んでいるともつかぬ奇妙な有りよう

 眼鏡は食事や睡眠をとらずとも無限に活動できたため、それが余計に無力感を深めた。

 眼鏡が絶望にもみ始めた頃だ。どこかから宇宙船がやってきて、丸っこい外見の異星人が降り立った。眼鏡は全速力で彼らの方へ終結した。異星人は我々の思考を読めるかも。なんとか孤独から抜け出ようと必死だった。


 ――初めまして!

 ――この声が聞こえますか?

 ――私たちを助けて。


 互いに心は読めないが、眼鏡の心境なら想像がつく。

 異星人は謎の物体に囲まれ、恐怖したらしい。彼らは宇宙船に取って返し、飛び立った後は二度と帰ってこなかった。



 我々意思持つ眼鏡は、ずっと待ち望んでいる。私たちの声を聞いてくれる何者かを。

 もし、この声が伝わっているのなら、応えてほしい。

 そう、あなただ。そこのあなた……私たちの救世主かもしれないあなた。

 どうか、この孤独に光を。

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