第2話

「おい、帰ろう。」

俺は嫌な予感がして、二人に言う。

「帰るったってこの雨だぞ?」

健人が言うが、ここに居てはいけない気がしたのだ。

「俺も、なんか悪い予感がする。帰ろう」

田宮も言うので、健人も渋々従った。


 車へと走っていた時だった。

「あっ!」

 急に音楽が聞こえなくなって、変な声がしたので振り向くと、田宮が立ち止まっている。

「どうしたー?」

こちらから叫ぶ。

「ちょっと待ってくれ! 転んだ!」

もう! 何やってるんだ、こいつ! と思いながら引き返していると、

「うわぁあああ!!」

という、健人の声。

「そっちはどうしたー?!」

健人の方へ向かう。どうしても自分の仲の良い方が先になってしまった。



「こ、こ、これ!!」

健人が指差す足元を見ると、

「足? ……足首?!」

人間の足首が落ちていた。

 辺りを見回すと、手や、どこのだかわからない骨も落ちている。

「逃げよう! 早く!!」

本当に熊かもしれない。田宮にも声をかけた。


 田宮に近付いて驚いた。

「スマホも、眼鏡も……眼鏡もないんだ! 落としたかも!!」

「諦めろ!! 帰ってこい!! 熊かもしれないぞ!!」

そう叫んだ時だった。


「お前の落とした眼鏡はこれか〜?」


 地を這うような声が響いたかと思うと、田宮の前に巨大な影が現れた。

「なんだ?! どうした田宮?!」

健人が田宮に向かって走った。健人も同じく目が悪く眼鏡をかけている。さっきの声は雨の音で聞こえなかったらしい。

「やめろ、健人!! 行くな!!」


 田宮は、その化け物に襲われ、食われてしまった。口に入り切らない手首や足首が、そのへんにボトッボトッと落ち、血が吹き出す。

 健人は、その光景を間近で見てしまった。どうしようもなくフリーズしている。俺は、走って行って、健人の腕を掴んだ。

 健人の腕を掴んだまま、車へと走る。


 グチャッ、グチャッ、バキッ、バキッ


 後方で咀嚼しているような音がする。健人の足がガクガクと震えて、うまく走れていない。

「あっ!!」

健人が木の根に足を取られ、転んだ。俺は奴の体を支え、走ろうとする。

「ま、待ってくれ。眼鏡を落とした」

「そんなもん探してる場合か!!」

俺は怒鳴った。

 健人を支えながら車に向かって走っていると、後ろから、


 ズルッ、ズルッ、ズルッ、ズルッ……


 音がしてきた。


「お前の落とした眼鏡はこれか〜?」

あの声だ。

「早く!!」

健人がまた転ぶ。

「うわぁあああ!!」

見ると、健人の足首がない。

「痛い!! 痛い!! 痛い!!」

置いていくか? という気持ちが一瞬起きた。

「ダメだ!! 頑張って一緒に逃げるんだ!!」

自分に言い聞かせるように、健人を支えて走る。


 グチャッ、グチャッ、グチャッ


 足を食っているのか。もう怖いとか言ってられない。早く、車へ!!


 車に着いて、後部座席に健人を放り込み、エンジンをかける。

 黒いやつは、リアウィンドウに貼り付こうとしていた。

 思いっきりアクセルをふかすと、そいつは、ひるんだように車から離れた。


「今だ!!」


 俺は猛スピードで、その場から去った。



 近くの村の小さい診療所に健人を運び、理由わけを話した。


「お前さんたち、あの森に入ったのか?」

医者は驚く。

「あそこは祠が壊されてから、立入禁止になっているはずだが……」

「何も……何も書いてありませんでした!」

「ロープが張ってあっただろう?」

「いいえ!!」

そう否定して、思った。

「まさか、裕二が……」


「警察に、警察に通報して下さい!!」

俺の言葉に、医者は首を横に振った。

「祠を直すのが先だ。あいつを鎮めなければ……」

「あいつ?」

「そう、あいつだよ」



 それから祠は建て直され、お祓いをしたあと、警察が入ったらしい。

 詳しいことはわからない。



 ただ、連れて帰ってきた健人は、今、精神科に入院中で、面会謝絶だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落としたのは…… 緋雪 @hiyuki0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説