【KAC20248】遠めがね

武江成緒

遠めがね




 その長いものに目をあてて。

 おそるおそる、のぞきこみました。




 望遠鏡。

 黒く、両側にレンズのついた、黒くてながいそのつつは、そう呼んでもいいはずなのに。

 レンズのほかは木でできていて、おじいさんのおうちのお仏壇のように、黒く、ふしぎなツヤがあって、金の模様にかざられているその品物は。

 望遠鏡と呼ぶのには、なぜかはばられるものでした。




 この品物をくれた人も、そうは呼んでくれるなと、念を押していたのです。



――― ま、キミは知らないだろけどさ。この世界が、サイコウセイされた世界だってコト。


――― サイコウセイされなかったカケラだとか、べつの形のカノウセイとか。

    のぞいてみるのも悪くないよ。


――― あ、でも、コイツ、なんか知らんけど、望遠鏡、って呼んじゃダメらしいんだ。



とおがね」と。

 そう呼ぶように言っていました。






 謎めいたツヤと香りのある、古めかしいこの品物に、その名前は確かにふしぎと合っています。


 ひょっとしたら、この品物は。

 望遠鏡で見られる星や宇宙よりも、ずっと遠くを見せてくれるのかもしれない。


 なぜかしら、そんな思いにつき動かされて。

 まっくらなレンズのなかに目をこらします。




 時に流れる砂の支配者。巨大な砂時計の魔神。

 そんなものを突きとめて、たたき切って、つぶして焼いてとろかして、そうして作ったレンズがはめてあるのだと。

 うそかまことか物売りがそう語ったレンズは一瞬、玉虫色にかがやいて。


 そのかなたには、色々なものが浮かんでは消えてゆきます。


 青い地球。

 荒れくるう砂の怪物。

 時の流れを切りさく刀。

 なにかの童話にでてくるように、白い箱のなかに眠る女の子。




「もう寝なさい。いつまで望遠鏡で遊んでいるの」

「あしたはパンダを見にいくんだぞ。ねぼけた目じゃあ、もったいない」


 そうだった。

 あしたはみんなで動物園へいくんだった。


 お母さんとお父さんに声かけられて、気がつくと。

 たしかに見ていたながめたちは、跡形もなくかき消えています。


 お父さんが、お母さんが、魔神に食べられた怖い夢。

 世界のおわりのはてにある、赤い砂漠しかない世界。




 こわい眺めをおいはらって、たのしい明日あしたを夢見るために、黒と白のぬいぐるみを抱いてベッドへ入ろうとしたら、笑われました。


「それはパンダじゃないわ。パンダは茶色い子よ」

「それはジャイアントパンダだな。パンダよりもずっとおおきな動物だよ」


 そうだっけ。

 どうしても違った気がするんだけど。

 まだ、あの「遠眼鏡」にみえた世界が、頭にのこっているのかな。



 ベッドにはいって、窓から夜をながめます。

 窓からの夜はいつもの通り。なんのふしぎもない夜で。


 まるでさっきのレンズのように、玉虫色に乱れかがやくカイジュが夜を照らして。

 夜空にちらばるからは、動物や鳥がちらほらのぞいて。




 あのどこかには、あの白い箱の女の子もいるのかも知れないな。

 いつか会えたら、それこそふたりで、パンダを見にゆきたいな。


 今度は。




 夜空でもひときわ大きなから、得意気なパンダの瞳がちらついている気がしながら、そっと目を閉じました。

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