騎馬民族の姫君は、精霊王の末裔に戦いを挑む

綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中

ある昼下がりの襲撃

 のどかな昼下がり。街道の向こうから土埃を上げて、何者かが馬を駆って近づいてくる。俺の目の前で制止するや否や、馬上の女は偉そうにのたまった。


「喜びな、ジュキエーレ・アルジェント! あんたはアタシのおにかなったのさ!」


 いや、意味が分からないんだが? 見慣れない民族衣装を着た女は会ったこともない人物だ。


「その服装――」


 頭上から聞こえた声に振り仰ぐと、俺の恋人であるレモネッラ嬢が風魔法で地上へ降り立つところだった。


「北方の騎馬民族よね?」


 俺たちの暮らすレジェンダリア帝国は、「水の大陸」のほぼ全域を統べる。だが、ほとんどであって全てではない。大陸北方には帝国にくみしない騎馬民族が住んでいる。彼らには定住する習慣がなく、国境とか国家とかいう体制にそぐわないのだ。




 俺とレモは今日、昼食後に魔法の訓練をしていた。レモはミスリル製のレイピアを使いこなせていないのを気にしていたのだ。風魔法を使って空を飛びながら、魔力をまとわせたレイピアを振るう稽古をしたいという彼女の希望を受けて、俺は帝都の北のはずれ――城門の外へとやって来たのだ。


 建物が密集している帝都は戦闘練習に向かないが、街をぐるりと囲む城壁の外には田園風景が広がっている。大河に沿って城門まで街道が続き、遠くでは家畜が草をはんでいた。


 二人で空を飛び回りながら剣を交えていたら突然、異民族の女が現れたのだ。


「さあ、正々堂々アタシと勝負しな!」


 言うなり女は手にした長い槍をくるりと一回転させた。穂先が青銀色の光を放っているのに気付いた俺は、レモを抱きかかえて空へと舞い上がる。ただの槍ではなく、魔力が込められているはずだ。


 女が槍を一閃させると弧を描いた軌道から、思った通り雷が放たれた。


「甘いな」


 空中で雷撃を避けた俺を見上げる女の顔に、喜色が浮かんだ。


「いいねえ! アタシは強くて可愛い子が大好きなんだ!」


 よく分からねえ女の言葉を無視して、俺は離れたところに着地すると、レモをそっと土の上におろした。


「ここで待っていてくれ。あいつをおとなしくさせてくるから」


「ただ待っているなんてできないわ! 私もここから援護する!」


 レモはこういうだ。守られてばかりのお嬢様ではない。


 だが俺がレモに返事をする間もなく、


「行くぜぇっ!」


 掛け声ひとつ、女のまたがった馬は羽も生えていないのに、あろうことか空へと舞い上がった。


「気をつけて!」


 後ろからレモの声が聞こえた。


「彼らが乗りこなす馬は、ただの動物じゃなくて使役魔獣なのよ!」


 それなら俺も空中戦を仕掛けるだけだ。俺は全身に精霊力をみなぎらせ、先祖から受け継いだ白竜の力を解放した。


 背中に真っ白い竜の翼を広げ、敵より高く舞い上がる。


「水よ、集まりて雲となれ!」


 水を統べる精霊王ホワイトドラゴンの力で天候を操る。


「雲なんか集めてどうするつもりだい、お嬢ちゃん?」


 脳筋の女が楽しそうに尋ねる。いかづちを操る敵なんざ水ぶっかけりゃ一発だろ。逃げられねえように広範囲に降らせるんだよ、と思っていたら女が叫んだ。


「我が魔槍よ、火を吹け!」


 あれ。雷だけじゃなくて火も出せるんだ、あの槍。


「凍れる壁よ、我を守りたまえ!」


 目の前に氷壁を出現させると同時に、


烈風斬ウインズブレイド!」


 呪文を唱え終わったらしいレモの風魔法が女を襲った。


「うおっとぉ!」


 女は間一髪で避けるも空中でバランスを崩したところに、俺の呼び寄せた灰色の雲から土砂降りの雨が降り注ぐ。


「な、何をぉっ!」


 女は鍋を逆さまにかぶったような兜で直接雨を受け、手にした丸い盾を馬の頭にかざして使役魔獣を守った。なかなか見どころのある人物のようだ。


 とはいえ残念ながら脳筋なんだよなあ。


「巨大いかづち!」


 今それをやったら――


「あばばばばっ」


 予想通り女は自ら出現させた雷に打たれて地面へと落下していった。


「勝負あり、か」


 俺は地上に降り立ち、空を覆う雨雲を消した。俺の攻撃が元凶とはいえ、ぬかるむ街道に眉をひそめていたら、


纏熱風ヴェントカルド


 レモが温風魔法を使って一気に土を乾かしてくれた。


「なんでいきなり俺に勝負を挑んできたんだよ」


 泥まみれになって伸びている女に尋ねると、


「負けたらアタシの女になってくれるって聞いたんだ!」


 とんでもねえ答えが返ってきた。


「んなわけあるかー!」


 思わず叫んだ俺に向かい、


「隙ありっ! 衣装変換トランスフィグーラ!」


 女が全く聞いたことのない呪文を唱えた途端、俺の白い服が淡い光を放ち始めた。


「なんだこれ!?」


 驚く俺が見下ろす間に、シンプルな白い服が極彩色の民族衣装へと変化してゆく。


 パタパタと走り寄ってきたレモが、


「ジュキは私のものよ!」


 朱色を基調とした鮮やかな服に身を包んだ俺を抱きしめる。


「ジュキはあんたの女になんかならないんだから!」


「俺は男! そもそも男!!」


 間髪入れずに突っ込んだとき、


「姫様! 勝手な行動はお控えください!」


 腹に響く良い声を張り上げて、馬に乗った一団が街道の向こうから走ってきた。


 倒れた女の元に駆け寄ってくると、隊長らしき男が俺の姿を見とめ目を見開いた。


「なっ、帝国のお嬢さんに花嫁衣裳なんか着せて!」


 えぇっ!? これ、結婚式の伝統衣装なのか!?


「まさか帝都のお嬢さんに手を出されたのですか!?」


 非難がましい男に、


「まだだよ」


 女は衣服に着いた泥を払って立ち上がりながら、平然と答える。


「まだって」


 思わず彼女をにらみつけた俺に、


「うちの姫様が申し訳ございません!」


 騎馬隊の隊長らしき男が馬から飛び降りるなり頭を下げた。


「姫様は美少女に目がないんです」


「いやだから俺は男!」


 俺の叫び声は城門の方から走ってきた馬たちの、蹄の音にかき消された。


「やはりウヴス族の皆様!」


 聞き覚えのある声に振り向けば、やってきたのは帝国騎士団。顔見知りの副団長がひらりと馬から飛び降り、


「予定よりお早いお着きで、お出迎えが間に合わず申し訳ありません。宮殿へ案内いたしますから――」


 ふと言葉を切ってこちらを見下ろした。


「あ、ジュキエーレ殿」


 みつかっちゃった!


「また可愛らしくなられて。眼福、眼福」


 にまにまする副団長に俺は悪態をついた。


「くそっ! なんでどいつもこいつも俺の女装にえんだ!!」


「ほんとよね」


 レモがこくこくとうなずき、


「まさか異民族の姫さんまでがジュキを狙っているなんて!」


「一体あの戦闘狂、何者なんだ?」


 帝国騎士団とともに城門へと遠ざかって行く後ろ姿を見送りながら、俺はレモに尋ねた。


「さっき副団長がウヴス族って言ってたから親善大使だと思うわ」


「どこらへんが親善だよ」


 不機嫌になる俺に、レモは言葉を続けた。


「彼らは北方の騎馬民族だけど、レジェンダリア帝国と友好条約を結んでいる一族なの。和平を確かめるために毎年交替で、帝国側とウヴス族が親書を持った高官を派遣しあっているのよ」


「今年はウヴス族側が来る番だったってことか」


「そ。おそらく族長の娘さんが父親のしたためた親書を運んできたんでしょ」


 レモの言葉に納得したとき、城門の方から長身の男が走ってきた。


「災難でしたね、ジュキくん!」


 心配そうな顔をして近づいてきたのは、レモの魔法の師匠だ。


「騎士団から事情を聞きました。毎回、災難に合うジュキくんを救おうと思って今、私は魔道具を開発中なんです」


「へえ、どんな?」


 俺は期待を込めて尋ねた。


「めがねの形をした魔道具で、魔法のレンズ越しにジュキくんを見れば、いつでも誰にでもジュキくんが女の子の姿に見えるんです!」


「やめて?」


 俺は冷静に止めた。男の恰好をしていても周囲の者からは女性の姿に見えるなんて、もっと嫌じゃん!!


「ダメですか」


 師匠は肩を落とした。


「名付けて『男の娘めがね』。実用化できればジュキくんが女装する必要もなくなると思ったのですが」


 レモがくすくすと笑い出し、


「そんな魔道具が実用化されたら師匠は大富豪になっちゃうけど、帝都のめがね率が九割を超えそうね!」


「絶対に実用化しないでくれ!」


 俺の懇願が茜色に染まりかけた空に響いたのだった。




─ * ─




KAC最終回でもやっぱり可愛くされちゃったジュキくんを励ましてあげようという優しい方は、ページ下から★を入れて行ってくださいね!


最強のはずがしょっちゅう男の娘モードになっちゃうジュキくんが主人公の長編ファンタジー『精霊王の末裔』本編もよろしく!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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