『テレビオレンジ』(KAC20247:お題【色】)
石束
花が瀬村異世界だより2024 その7 (KAC20247)
※『たまご』(KAC20246:お題【トリあえず】)
https://kakuyomu.jp/works/16818093074080102503/episodes/16818093074081619094
から、続いています。ごめんなさい。m(__)m
◇◆◇
――みかんの花が、咲いている。
◇◆◇
日本のみかんの代名詞・温州みかんの「温州」は「うんしゅう」と読む。だから、段ボールで書いている通りだとおもって、検索で「おんしゅう」と入れてもミカンの品種についての情報は得られない……なんてのは、昔の話だ。今は多少の『ゆらぎ』は、パソコンの方でフォローしてくれる。
名前の由来の「温州」は中国の地名であり、やはり名高いミカンの産地だけど、当の温州ミカンをDNA鑑定すると鹿児島のあたりのミカンが先祖らしい。たぶん江戸時代あたりに「これだけ甘くて旨いのだから、種はあの有名な温州から運ばれてきたのだろう」てな具合に仮託されたのではなかろうか。
あと、浙江省温州だろうが鹿児島だろうが温かい場所で生まれたハズの「みかん」であるが、実は結構寒さに強く、じりじりと生産の北限を更新し続け、今や佐渡島でも作られているあたり、ほんとうにかんばり屋さんである。
種が伝播し様々場所で育てられ、それぞれの場所で交配し土地土地で変化を繰り返して、美味しくもなり甘くもなる。もともと品種改良しやすい果物で、たとえ源流は同じでも育った場所で別物になるという意味で、「江南の橘(たちばな)が、江北で枳(からたち)となる」なんて故事ができるほどだが、環境の違いから自然に発生する変化をより美味なる果実へと導いたのは、先人たちの数限りない積み重ねに他ならない。
そんな日本のみかんの旨さは今やワールドワイドで、オレンジの本場であるアメリカに渡った時は「皮が薄くてテレビを見ながらでも食べられる」ということで、「テレビオレンジ」なんてキャッチフレーズがついた。その話を聞いた時、
「アメリカ人もテレビ見ながら、みかんを食うのか」
と、会ったこともないアメリカ人に、むっちゃ親近感を覚えたものだ。
さて。そんな自分の実家の家業は、代々続くみかん農家だ。畑は花が瀬村の日当たりのよい斜面に、茶畑とならんで作られている。あの異世界転移の日――当初はこれがラノベでありがちな異世界転移だなんて、もちろん想像すらしておらず、ガチの地震だと思い込んでいたので、夜明けを待って大慌てで山に駆けつけた。
幸い、うちのみかんたちは健気に太陽に向かって手を伸ばして立っていた。
実際、みかん畑が無事だったところで、他に大変なことはいっぱいあったのだと後にわかるので、そこで安心してる場合ではなかったのだけど、その時は本当にほっとしたのだ。
「よかった。……本当によかった」
みかん畑のみかんたちは我が子同然。じつは一本一本にこっそり名前を付けていた。バカにされるので誰にも言わないが、それもこれも、生育状況の確認や病害虫に対応するため個体ごとの変化を見落とさないようにと始めたもので、べつに脳内で擬人化して女の子のキャラクターにしていたわけではない。
……ないのだが。
――だいじょうぶだよー。
――わたしたちは、元気だよー。
――なんだか、ここの空気とお日様はきもちいいねー。
――タバケン。いつもありがとねー
「……は?」
うちのみかん畑に、何かが起こっていた。
◇◆◇
そんな、みかん農家の後継ぎ『田端賢介』こと、タバケンは、走っていた。
――あの、デコポンみたいな友達は大丈夫だよー
――八朔みたいな友達とレモンみたいな女の子がフォローしているよ。
――あの伊予柑みたいな子、足が速いねー。
謎の声の導くままに――というか、まあ、正体はわかっているのだが。
――あのトリは動く相手を追いかけているから、隠れながら近づくんだよ。
あとは、タバケン自身がそれを認めるかどうか。
――認めるとも。
家族同様に、否、時として家族以上に大切に慈しんできたのだ。
その「彼女たち」の言葉を信じなくて、何を信じるというのか。
すべてのトリの注意が逸す一瞬、タバケンはついに『タマゴ』に到達する。
すべすべした手触りは、サイズをのぞけば、ほぼ鶏卵のそれと同様。
抱き着くように密着し、下部に手を差し込み、小型冷蔵庫ほどもあるそれを、一気に担ぎ上げる。
「うおおおっ。みかん農家なんめんなー」
採取箱に集めたみかんはひと箱15キロに達する。これを日常的に軽トラに三段積みする事すら可能な、みかん農家の肉体は
「……持ち上がらないいい」
――当然。小型冷蔵庫を一人で持ち上げるようにはできていない。
――タバケン、だっさーい。
――タバケン、よわーい。
――タバケン、ぽんこつ―。
ピンチにおいて、家族の助言は、その道の専門家がたまたま家族でもない限り、ほぼ役に立たない。
あと育ての親にむかって「ぽんこつ」とはなんだ。どこでそんな言葉覚えた。
◇◆◇
タバケンは、マサヤス、ユーイチとは逆回りで、コソコソと帰ってきた。
なんだったんだ。あの無駄に、何とかなりそうだった期待感は。
「とりあえず、持って帰るのが無理そうなくらい、重いのはわかった」
そんなもん、見たらわかるわ(二回目)
「状況を整理すると、だな」
岩陰にあつまり、寛治を基点に円陣を組む。
「一つ、あのトリは足が速い。サイズが同じだったら、いい勝負になるのかもしれんが、これだけ一歩の歩幅が違うと、競争して勝つのは無理だ」
ウチで一番足が速いマサヤスがあっけなく追いつかれたのだから、そもそも話にならない。
「二つ、あのトリは動くものを追いかける習性がある。匂いじゃなくて目で見えるもの優先だ」
走るユーイチよりも、風に吹き飛ばされたギリースーツ(笑)を追っかけて行ったのだから、とりあえず、そう考えることにする。
また、攻撃に移行するのは、ナワバリを守るとか、タマゴを守る等という理由ではく、動くもの=餌で捕食するため――と、とりあえず、そう考えることにする。
音への反応は確かめるところまで行ってないが、とりあえず、目ほどには敏感ではないらしい。もちろん希望的観測だ。希望的観測で、相手の不得手を計算入れるのはどう考えても悪手だが、とりあえず、そう考えるしかない。
「三つ、ターゲットのタマゴは持ちにくい形をしている上にべらぼうに重い」
あの、我々が見慣れている卵を巨大化した様な、異世界原産の卵に似た『何か』の中身が、我々が知る鶏卵の生卵と同じであった場合、とりあえず、転がして運ぶのも難しい。
………
少し考えるだけでどのくらいの「とりあえず」が、あったことか。
びっくりするくらいわかっていることが少なくて、わからないことが多くて、検討しなくてはいけないことは、全部棚上げ。
「……てなわけで、とりあえず! さっさとタマゴぶんどって、ずらかるぞ!」
それでも、この男は。花が瀬村きっての『悪童』――枡居寛治は欠片も揺らがなかった。
さすがに寛治を止めようとキサラが口を開きかけたところで、「ごめん。ちょっと、いいか?」と、挙手して発言を求めた者がいた。
「四つ、巣の中にあるタマゴの中に、トリが大事に守っているタマゴと、そうでないタマゴがある」
一番タマゴに肉薄した男、タバケンが、そう言い切った。
◇◆◇
その後、五人は手分けしてあわただしく準備をして、それぞれに持ち場に散った。
「……」
「納得いかねーってツラしてんな」
「だって、納得してない」
正直、まったく、欠片も、この『作戦』にキサラは納得していない。
「ニワトリが卵を温めるのは愛情でもなく保護欲でもない。そもそも、有精卵と無精卵の区別すらしない。親鳥はタマゴの上にお腹を乗せて体温調節しているだけ」
それが「結果」として、卵を温めることに繋がり、卵が孵ってヒナが生まれることになる。
卵が有精卵でありさえすれば、一定期間、温めるだけでヒナは孵る。「孵卵器」という温度調節できる機械に入れておけば、親鳥が居ようが居まいが勝手に孵化すのだ。
親鳥が抱卵する姿が如何にも愛情もって慈しんでいるかのように見えるのも、自分の卵を自分以外の巣に紛れ込ませる「托卵」におぞましさを感じるのも、それを見ている人間が勝手に頭で作り上げた妄想にすぎない。
だから、あのトリに似た『何か』が、特定のタマゴを選んで守っているだなんて、そんなことはありえないのだ。
「お前はホント、時々無駄にドライな考え方をしようとするなぁ」
存外、頑固なところがあるキサラの様子を、見慣れたものだと寛治は笑う。
「……でもよ。『ここは異世界なんだから、自分たちの常識は通用しない』って、口癖みたいにいってたのは、お前だぜ。キサラ」
返事の代わりに、キサラは隣に立つ寛治の横顔を睨んだ。無論、寛治は何の痛痒も覚えていない。それがまた、腹が立った。
「それから、タバケンのやつなんだが」
顎をひと撫でして、寛治は遠くを見る様に目を細めた。
「あの野郎、この世界に来てから妙に冴えてやがる」
――たしかに。
道に迷った時、あるいは方針に迷った時。さっきのタマゴに一番乗りしながら後のことを何も考えていなかった――みたいに「あと一歩足りない」こともよくあるのだが、それでも、最近のタバケンは、行き詰まった時にも何かしらの突破口を見つけてくるのだ。
「ああいう『波に乗ってる』感じのヤツのいうことは、バカにできねえ」
ほんとに? あのお調子者のみかん農家の跡取りが?
「まあ、とりあえず――」
寛治は、からからと気楽に笑った。
「やるだけは、やってみようぜ!」
風上から、風下。再び、追い風に乗る様に、地面色の防水シートに小枝や葉っぱをつけたギリースーツ(二代目)が動き出す。
時々、立ち止まりながら、ある時はふわふわと漂うように、またある時はパタパタとはためくように、「見過ごす」と「気付く」の境目を行ったり来たりしながら、地面を這うように、進んでいく。
その姿に、やがて二羽のトリが興味を惹かれたように、首を傾けたり一歩二歩と踏み出す。
それを見た他の数羽も、気付いて興味を示す。
命がけで経験値を積んだけはあった。最新のコンビネーション・ルアーか、はたまた匠の毛鉤もかくやという、疑似餌(プロフェッショナル)っぷり。
浜名祐一渾身の、不正規誘引行動。そして、ついに――
「つ――」
5羽中、数羽が走り出し、それに合わせて
「釣れたあああ」
ユーイチが加速する! はじかれたように巣にいた残り数羽もそれを追う!
再び始まるデットヒート。しかし、今回は第二幕があった。
「ほんとに釣りやがった!」
「ユーイチは、あれでこの世界でも食っていけそうだな」
そういう二人は、マサヤスとタバケン。すでに巣の傍まで近づいている。また、手ぶらだった先ほどまでとは違い、ロープを編んだ「もっこ」と、ここまでの道中で念のために確保してあった、長い木材がある。
足音を忍ばせ、体を沈め、慎重に、かつ大胆に、巣の中央――柔らかそうな場所に置いてある明らかに扱いの違う『タマゴ』に駆け寄り、素早く網をかぶせてひっくり返し、もっこに絡め包んで、駕籠屋さんよろしく担ぎ上げる。
「うわ。重い――つうか、この『タマゴ』でいいのか?」
「これでいいって、言ってる!」
「言ってるって、誰がだよ!」
「いいから! 行くぞ! そろそろユーイチがやばい!」
「ホントだ!まずい! じゃあ、いくぞ」
「よいさ!」
「ほいさ!」
えっほえっほ、よいさほいさ。と、いまいち統一感のない掛け声をかけ、ユーイチが陽動する風下とは真逆の風上に向かって逃走を始める。
ただ、掛け声と気合の割にはかなりもたもたとした足取りであった。
なにしろ、このタマゴ、巣の中に無造作に転がっている他のタマゴに比べて、ワンサイズ大きい。ほとんどM玉の中でこれだけL玉ぐらいのサイズ感。
「なあ、これ、マジで有精卵? ヒナが生まれるヤツ? 罪悪感半端ないんだけど! 教育的にどうなんだこれ?」
「いまさら何言ってんだよ! 体育教師か!」
細かい砂と柔らかい土の粒が混じりあう、平坦なグラウンドのような足元で、走りやすい地面だったが、巣の外へ出た瞬間――
ぎおおおおおおおっ。と、振り絞るような鳴き声がして、疑似餌(ユーイチ)を追いかけていた全部のトリが、こっちの方をみた。
そして、巣の中にあるタマゴのうち、一個がなくなっていることに気づき、次いで二人を発見し、こちらに向かって走り始める。
「うわあああっ まじか!」
「今までと反応が違うーっつ」
先ほどまでの、ある意味牧歌的だった動きとは一線を画する獰猛な動きで、みるみるうちに肉薄する体高三メートル超の巨大鳥類。
マサヤスとタバケンはギヤを上げて必死に走る。走るが、速度は上らない。重すぎる。疲労も募る。当たり前だが、二人はプロの駕籠屋さんではないのだ。
「目標までは、まだか!」
「あと20メートル!」
「くっそったれー!」
息が上がる。鼓動が乱れる! 乳酸が溜まりすぎて、太腿がはちきれそう。
「と、とうちゃくううう」
二人はよたよたと、柔らかい砂地にたどり着くと、タマゴをそっと地面において。
顔を見合わせて、ひとつ頷きあうと、左右に分かれて走り出す。
トリ達は卵の下へ駆けつけ、反射的に二人を追いかけようとして――止まった。
そして、そのうちの一羽が、クチバシを使って卵を巣に向かって転がし始める。
トリ達の案外きっぱりした優先順位のおかげて、マサヤスとタバケンは、無事追跡を振り切った。そして――
――場面は、ここで少し過去へと巻き戻る。
ユーイチの陽動が限界点に到達し、マサヤスとタバケンがタマゴを「もっこ」に積んだ時点――この時を狙いすまして。
「キサラ!」
「『デル・エル・ロワールド』!」
アルミ製リヤカーの取っ手を握り締めて。
「『ブラウ・バス』!」
八重樫キサラは、覚えたばかりの「身体強化魔法」を発動させた。
「突っ走れ!」
先行して走りはじめた寛治とともに、キサラも巣に向かって『加速』する。
取っ手を引っ張るのではない。本来の使い方からすれば逆向きに、大八車か一輪車みたいに押すやり方で、キサラは疾駆した。
砂埃を巻き上げ、タイヤを弾ませ、アルミのリヤカーそのものすらも大きくバウンドさせながら、あっという間に巣の付近までたどり着き、トリがすべてタバケンとマサヤスに気をとられていることを確認の上
「よし!」
と、今度は寛治が強化魔法を発動させて、タマゴを軽々持ち上げてリヤカーに積み込む。リヤカーには畳んだ毛布を敷き詰めてあり、その上にタマゴを乗せ、古い自転車のゴムチューブを再利用したトラックロープで固定する。
――そして。
言葉を発する時間も惜しみ。黙ってうなずきあい。二人は静かにその場を去った。
◇◆◇
勿論。現代日本に「身体強化魔法」などというものは存在しない。
魔法は、この『異世界』に存在するものだ。
枡居寛治率いる悪友連と、八重樫キサラは、村の大人たちに先駆けて周囲の探検を試みた。その結果、村境のトンネルの先、本来は隣町へ続く県道があったはずの場所に見知らぬ森が出現していることが判明し、さらにその入り口付近に不思議な建物を発見した。そこで魔法に関する記載のある異世界の書籍を見つけた。
八重樫キサラにはその時点で異世界の言語を解する能力などなかったが、たまたま探索時にみつけた眼鏡型のマジックアイテムを身に着けると、異世界の言語が理解できた。
ただ、これについては向き不向きがあるようで、一番基本らしい身体強化ですら、仲間内で習得できたのは、今のところ、キサラと何をやらせても器用にこなす寛治だけである。
しかも、使用することでどんな副作用があるかも、どのくらい効果があるかも正確には、わかっていない。
そんな不確実な魔法であるから、できる事なら今回だって使いたくなかった。よほどの非常事態にでもならない限り使うつもりもなかった。むしろ危なくて非常事態の時になんか使えない。魔導書を持ってきたのは道中にやることがなかった場合の暇つぶしだった。
大体、自分がこんなことをする「はめ」になるのなら
「スカートなんて、履いてきてないって……」
流石のキサラでも、もう少しそれなりの格好をしてくる。
テント設営とか荷物とかの力仕事も、料理も洗濯も、何にもしなくていいから。――と、寛治がいうから、一泊二日のミニキャンプのノリで着いてきたのだ。村にいても、なんだかんだ力仕事やら、共同作業やらあってめんどいし。この世界の動植物と遺跡の書籍の記録が一致するかも確認したかったし。
それが、よもやこんな「びっくりアドベンチャー」になるなんて、思いもしなかった。
「………」
たまたま「トリ」をみつけて
「ああ! アレ、遺跡の本に載ってたやつ!」
と、興奮のあまり、みんなにペラペラしゃべった一日前の自分を、蹴とばしてやりたい。
まあ、一応日常的にアウトドアの花が瀬村村民心得の一つとして、足元はお古のスニーカーだし、羽織っているのはガチめの山岳用ジャンパーだし、スカートの下はいスパッツとこれも山用の短パンという格好だから、いいっちゃいいのだが――それにしても、限度というものがある。「空き地でサッカーしようぜ!」が成り行きで「ジャングルへ恐竜探しに行こうぜ!」になったのでは、やってられない。
「おおー凄い。採ってこれたのか―」
「アレよりも小さいけど、それでもかなり立派なサイズだぞ。よくこんなのリヤカーに乗せられたなあ」
「便利だな身体強化。くそ。俺も絶対覚えてやる」
「でも、本当にこれでいいのか? ヒヨコはいってたりしねえよな?」
「これは大丈夫な奴だって、言ってる」
「だから、誰がだよ」
と、陽動役の三人が、結構ボロボロになりながらも、無事に帰ってきた。
なんだかんだありながらも、一応、全員無事の上、タマゴを確保した。
まず、満足すべき結果だろう。
「今回はギリギリだったし、まあ、次も絶対安全にとはいかんだろうが、コイツをたんぱく源として定期的に確保できれば、大きいぞ」
寛治がぱんぱんと卵を叩いて述べた。
「なんせ、卵が食えなくなって久しいからなあ」
食料を共有しての避難生活が始まってしばらく。当然ながら生鮮食料品が底をつきかけていた。今は冷凍の肉や魚を最低限まで絞って切り崩している状態だ。農協に卸すような専業農家のいるお陰で、野菜はとりあえず先の見通しはついた。しかし卵はそうはいかなかったのだ。
村の中で養鶏をやっている人は一人だけで、しかもその人は趣味で「烏骨鶏」を飼っている一般人。同様に村には肉を供給できる酪農家もいない。季節になればアユが釣れる川はあるが、村人の釣りは趣味の範囲。このままでは次は冷凍の肉、つづいて冷凍の魚がなくなる。
たんぱく質を摂取できる食材の確保は急務だった。
山里故、罠と猟銃のそれぞれの専門家もいるし、ジビエ料理のノウハウを持つ料理人もいる花が瀬村であるが、だからといってみたこともない獣をいきなり捕まえて捌くところまでは、さすがに割り切れていない。
それに比べればこのタマゴは、インパクトはあってもハードルは低いと思われた。
……のだけど。それは実際に採集に成功した自分たちだからこその、甘い見通しかもしれない。これほどの巨大サイズのタマゴだ。村人たちの常識の外にある異常な存在であることには違いない。
しかし。
「それでいいんだよ。俺たちはそうやって困って、悩んで、相談して、考えて、一個一個、困難を『超えていく』しか、ねえんだからよ」
彼らのリーダーが、キサラの不安を笑い飛ばした。
『花が瀬村開村以来の悪童』枡居寛治。「四バカ」の頭(リーダー)。何をやらせても器用にこなすが、とにかく、大人のいう事を聞かない困った子供だった。
勉強だって、その気になればそこそこやれたかもしれないが、とうとう「その気」にならなかった。
その一方で、教習所に行くのを面倒がり、花が瀬村の空き地や山で練習してバイクの技能試験に一発合格したり、ボクシング部の助っ人で参加した県大会で優勝したり、先輩殴って半年しか板前の修行を出来なかったけれど、いっぱし以上に料理が作れるようになって村に帰ってきたりと、基本スペックが異様に高い「天邪鬼」だったので、逆に始末に負えない。
特に、このリーダーシップ。一つの目標に向かって人を束ね、引っ張るということについて、村の大人の誰もがその行状に眉をひそめながら、それでも最後にはこの男を頼らざるを得ない。
「今のところはよ。『とりあえず、やってみる』でいいんだよ。俺たちには迷っている時間はねえんだ。困ったところで、誰も答えを教えちゃくれないんだからな。だったら、今回みたいに俺たちの方から『異世界』に働きかけて、ひとつひとつ答えを得ていくしかねえ。そんなやり方でしか、俺たちは『現在』(いま)の向こうへは行けねぇんだからよ」
こんな風に現状認識力もあるのだ。破天荒な行動を選ぶように見えて、実はバランス感覚も備えている。
彼女の知る「寛兄ぃ」は、意外ときちんと地に足の着いた判断をする。
……いや。「せっかく見つけたんだから、行きがけの駄賃にタマゴ一個、かっぱらっていくとするか!」とか言い出した時は、魔導書の角(カド)で殴ってやろうかと思ったが。
まあ、でも――と、八重樫キサラはらしくもなく思うのだ。
結局ピンチに遭遇した時、集団を支えるのが何かと言えば、やはり「希望」だと。
悲しく辛い現実に立ち向かう時こそ、底抜けに明るく笑って、前進する力が必要なのだ。
どんなに打ちのめされても、誰もが絶望しようとも――それでもなお、両足をきっちり踏ん張って前を向き、必要なら天に向かって笑って見せる。
こんな時だからこそ、誰かがそれをやらなくてはいけないのだ。
今は、村全体の信頼を勝ち得ているとはいいがたい寛治率いる青年団であるが、いつか、みんなが彼らを頼りにする時がくる。
さらなる困難が花が瀬村に訪れた時に、新たな道を切り開くのはきっと彼らのような人間なのだ。
そんな風に少し――ほんの少しだけ、キサラが彼らを見直していると。
寛治が「よし!」と、拳を左の掌と打ち合わせて笑った。
そしてキサラや皆を振り返って
「じゃあ、次はあの有精卵かっぱらうぞ! 持って帰ってヒナを孵すんだ!」
とか言い出したので。
キサラは(リヤカーの荷台に駆け上って高さを確保した上で)魔導書のカドを寛治の後頭部めがけて(おもいっきり)振り下ろした。
「……いいかげんにしろ、このクソガキ」
キサラは身体強化をしていたので、魔導書の角は音速を超えた。しかし、殴られた寛治も身体強化していたので、人型の穴を作って地面にめり込んだけれど、特にケガをしなかった。
◇◆◇
『テレビオレンジ』(KAC20247:お題【色】) 石束 @ishizuka-yugo
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