『たまご』(KAC20246:お題【トリあえず】)

石束

花が瀬村異世界だより2024 その6 (KAC20246)


 オオダチョウ、あるいは「トリ」と、後に花が瀬村で呼び習わすことになる生物がいる。

 現地的には勿論、正しい名前があるのだが、最初の遭遇時点では村人の中にその名を知る者も少なく、数少ないその名を知る者も、現地語の発音でその名を呼ぶことが困難だった。

 なので、自らが知るものに近いところで、とりあえず「トリ」と呼びならわすことになったのである。

 実際これが鳥類か爬虫類かもわからない。彼らの知る「ニワトリ」に似た『何か』であると、今のところ、とりあえず、その様に言うほかない生物である。


◇◆◇


「あれは、一体、何なんだろうな?」

「ニワトリ、かな?」


 彼らが、崖の上から見下ろす窪地に、二本足の鳥類(らしき)ものが数羽(?)のしのしとあるいている。

 素晴らしく発達した脚部に比べて羽が小さく、飛行能力を持たないらしい。そういった意味では、なるほどニワトリのイメージに近い。


「いや、あれはニワトリとかといっしょにしたらいかんだろう」

「大きいのだと、三メートルとかあるもんな。むしろ恐竜だ」

「じゃあ、名前変えるか? イグアノドンとか、ヒプシロフォドンとか、ラドンとかギャオスとか」

「後半いきなり雑になったな。あと、ラドンとギャオスは怪獣だ」

 そしてどちらも空を飛ぶので不適当だ。 

 三人の青年は、どこまでも緊張感なく、物見遊山の感覚で会話する。

 みかん農家の後継ぎ「田端賢介」、村唯一のコンビニ、浜名商店の店員(息子)「浜名祐一」、体育教師(酒屋の次男坊)「坂本正康」。

 彼らの会話に緊張感が一切ないのは、いつものことなので、今更ツッコむ気にもなれない。

 八重樫キサラは「アレとやりあう気?」と、背後を振り返った。

「アレ。異世界の本には本気で『竜種』とか書かれてたやつだけど」

 木刀を肩に担いだ青年団(団員総勢5人)のまとめ役、枡居寛治は、

「何も、シメてトリナベにしようってわけじゃない。卵が一個あればいいんだよ」

「一個、ねえ?」

 窪地の真ん中の砂地に、みっつ、真っ白い殻の『卵』がある。

 一抱え程、……いや、あれ単身用の小型冷蔵庫くらいないか? 


「タンパク質を確保するってのは、村の大方針だろうがよ。あれを一個せしめれば、しばらくは困らんぞ」

「いや、あの卵の味。あれ、ニワトリよりなのかな、それともトカゲよりなのかな」

「キサラ、始める前から挫けるようなことをいうな!」

「そうだそうだ! 食ってみてダメだったところまでがワンセットだ!」

「仕事を選んでいたら、ブレイクなんてできないぞ!」


 バラエティのレギュラー枠を獲りに行く駆け出し芸人か。


「で、異世界の本にはなんて書いてあったんだ」

という寛治の問いに、キサラは(若干嫌そうに)

「茹でても焼いてもおいしい……って」

と答えた。寛治は

「なんだ、イケるんじゃねえか」

と能天気に述べる。キサラは眉を上げて、さらに言った。

「あのさ。ここ異世界だよ? 異世界人の味覚なんてしらないし、大昔の古本の『おいしい』なんて、ホントにアテになると思う?」

「だから、俺たちが食ってみるしかねえんだろ」

「……この前シイタケ(に似た何か)で死にかけたじゃん」

 そんなこともあった。だが、彼らのおかれた状況は立ち止まることをゆるさない。

「それでも、とりあえずはやってみんだよ。こういう時はよ」


 村が何か奇妙な事態に直面すると一番に飛び出す彼らを、村人はまとこめて「四バカ」等と呼んで、その無鉄砲ぶりを叱りもし説教もしているのである。だが、現状、冒険者的な役割を誰かが果たさねばならないと、承知してもいた。

 そして、このある意味、命がけの役割を前に、誰かに押し付けられるでもなく、犠牲的精神でもなく、嬉々として多少の危険も省みず、まっさきに飛び出していくのもまた、通称『四バカ』――正式名称『花が瀬村青年団』だった。


「アレの味がトカゲよりかニワトリよりかは、今ここで考えても仕方ねえ」

 愛用の木刀を一振りして、枡居寛治は物事を単純化した。

「でも、気分の問題としてアレはとりあえず『トリ』であると考えることにする!」


 四バカの他の三人は「水炊き」「からあげ」「TKG」と口々に叫ぶ。

 分かり切ったことだけど、この面子でどこかに行くと、大体、成り行き任せになるので、結局、なる様にしかならない。

 とはいえ、何もしないわけにはいかない。悪ガキどもの悪ノリにつきあう義理はない。

 ――あくまで、冷静に冷徹に。

 駆け出す彼らの一歩後ろへ。常に全体を視野の中へ。俯瞰して客観して分析する。そして『たった一つの冴えたやり方』を見つける。これこそが八重樫キサラが「ノリと勢い」しかない『青年団』に同行する意義――な、はず。


 キサラはとりあえず、持参の魔導書を取り出し、該当ページを開いた。

 

 ………

 何の因果か地球でない何処かへ異世界転移してしまった人々がいた。

 特に理由もなく、召喚されたものでもなく、勇者でも魔王でもない。死んでいないので帰りたいのだが、帰還方法のアテもない。彼らは自分たちの生活を成り立たせ、帰還方法を探すためにささやかでゆるやかなコミュニティを作り、助け合って生きることにした。

 そんな営みが、なんとか軌道に乗って安定してきた頃、次に彼らは「故郷の味」を求めた。

 異世界は何もかもが違っていた。必要なものは何一つなかった。

 しかし、彼らはそれでもあきらめなかった。

 酒もみりんも、みそもしょうゆも、米も存在しないこの世界で。

 おむすびを、ちらしずしを、ぶり大根を求める、長い長い旅が、始まった。


 これは、理不尽にも村ごと異世界転移することになった「花が瀬村」の村民たちが、そんな長い道を歩き始めたばかりの頃の、お話。


◇◆◇


「うし。じゃあ行ってみるべえか!」

 ぐいぐいと、右脚を伸ばし、左脚を伸ばしと準備運動に余念がないのは、坂本正康。花が瀬村の酒屋『坂本酒店』の次男坊で、隣町の中学校で体育教師(三年目。四月から初担任)をやっていた。

「ちなみにこの準備運動は一般的には伸脚というが、より正確には『開脚交互屈伸運動』という。知っていても運動の効率は上がらないが、心は少しスッキリする!」

 明るく前向きで仕事熱心だが、授業中、時々使いどころの分からない蘊蓄をひけらかす。

「とりあえず! 死角を選んで突っ込んでみよう!」


 そういったマサヤスは、そろそろと岩陰伝いに移動すると、3羽(?)の「トリ」が何かに気をとられて同じ方向を見た瞬間、岩陰を越えてタマゴに向かって走り出した……けれど、巣の付近まで行ったところでトリが返ってきた。

「なんで、気付かれたーっ」

 巣の端っこにあったタマゴに触れそうなとこまで行けたのだが、Uターンして別の岩陰に向かって走る。トリ(に似た何か)は逃げるマサヤスを追いかけはじめた。

「おおっ 大きな体格のわりに中々に機敏!」

 などといいながら、走るマサヤス。ちなみに体育教師としての指導方針は「褒める」一択とのこと。

 ……余裕あんな、アイツ。

 距離は瞬く間に縮まる。なにしろコンパスが違う。が、マサヤスがバスケットボールのフォワードような動きでフェイントをかけて方向変換したので、彼の近くを通り過ぎた。その隙にマサヤスは岩陰の窪みに飛び込んだ。

 トリはしばらく周囲を見渡していたが、やがてあきらめて「巣」の方へ戻っていった。

 ややあって、マサヤスがコソコソと戻ってきた。

「とりあえず、俺たちよりも足が速いのは、わかった」

 そんなもん、見たらわかるわ。

「あと、索敵の方法は匂いとかじゃないな。すぐそばまで来たけど気づいてなかった」

 マサヤスを追いかけて、その後、周囲を見回していたところから推して、目に頼っているのかもしれない。死角を突いたのに反応したから、耳もいいだろう。


「マサヤスを追いかけた『動機』は、ナワバリに踏み込んだからか、それともタマゴに近づいたからか……いずれにせよ。この俺の『策』の前には無意味!」

と、胸を張るコンビニ店員、浜名祐一。

「そもそも、自らの『存在』を気付かれなければ良いのだ」

などと偉そうにふんぞり返りながら、ばさり。と、地面の色に似た防水シートにそこらへんの木から切り取った枝やら葉っぱをくっつけた即席ギリースーツを広げる。

 身を隠したままで近づき、タマゴを奪取してトンズラする魂胆である。


 ちなみに。彼らはアルミ製のリヤカーに防水シートを含めたキャンプ道具をのせてここまで来たが、このリヤカーの提供者はユーイチであった。

 コンビニ浜名商店は、彼、「ユーイチ」の曽祖父が戦後すぐリヤカーで村の外へ必要物資を買い付けに行って村に供給したのが始まりという由緒正しいお店。その創業当時を忘れないようにと仕入れがワゴン車になった今も、店ではリヤカーを大切に使っている。ただし、今回の卵確保作戦でキャンプ道具を積んできたリヤカーの所有者はユーイチのお母さんなので、壊さずに返却しなくてはいけない。

 浜名商店の「おかあさん」は、怒らせるととても怖い。それはもう怖い。


「細工は流々仕上げを御覧じろ、ってな!」

 ばささーばささーと怪しくシートの裾をはためかせながら、巣に近づくユーイチ。トリは今のところ動かない。あの雑な擬態に効果があるのだろうか? タマゴを確保する上でも、安全に帰るためにも、そりゃあその方がいいのであるが、キサラは今一つ、納得できなかった。


「さっきのマサヤスだけどよ」

 寛治がキサラの隣で言った。

「あのトリ、何かに気をとられていたように見えたじゃねえか」

 そうだった。

「あんな強そうなヤツなんだから、小さい相手にナワバリとか警戒とかしないような気がするんだよ」

 そうかも。人間のサイズは小動物とか虫の認識かもしれない。

「じゃあ、マサヤスはなんで追いかけられたんだろ?」

「それは、ほら。……あれだ。釣りでルアーを動かして、小魚っぽい動きをさせるみたいなもんで」

「元気な、エサだと、思った?」

「じゃ、ねえかなあ、と」

 寛治とキサラは、タマゴ……のある巣に向かって前進を続けるユーイチを見た。

 進むユーイチ。翻るシート。揺れる小枝と葉っぱ。

「……」

「………」

 あっ。

 トリがユーイチに気づいた。ぐりんと首を動かして、ギリースーツ(シート)を見つめる。


 その視線を察したユーイチは動きを止める。するとトリは注意をよそに向けた。

 ユーイチがじりじりと前進する。トリはまたユーイチを(というか彼が被ったギリースーツ)を見つめる。視線を感じてユーイチが止まる。


 タンパク質と命を賭した『だるまさんが転んだ』は、続いた。しかし。


「トリが動いた!」「逃げろ! ユーイチ!」

 ついにトリが動いた。ユーイチ(が、被ったギリースーツ)を追いかけ始める。さすがにユーイチは逃げる。逃げに逃げて、マサヤスが駆け込んだ岩陰を目指すが、そこは体育教師とコンビニ店員、運動能力に明らかな差があった。


「うおおおっ やばい、やばい、やばい!」

 ユーイチは必死に走った。それはもう必死だった。だが、足の回転は上らない。当然だ。彼は個人商店の店員なのだから。

 以前、万歩計で勤務中の歩数を数えて意外に距離を稼いでいるものだと驚いたが、知り合いの体育教師から「有酸素運動じゃないのが惜しいな。でもそれはお前が頑張った証なのは確かだ」と、褒め言葉でディスられた。

 そして、彼の頑張った証が、今、生死の瀬戸際で役に立つのかどうか試されていた。その結果、なんとなく役に立たないとわかりつつあった。

「万歩計のバカヤロー」

 万歩計に罪はない。


 キサラも「さすがにこれはスプラッタか」と思ったその時、急に強まった風がユーイチの手からギリースーツをもぎ取り、そのまま吹き飛ばす。

 そして、トリは――地面すれすれに踊る様に飛ぶ「ギリースーツ」を追っかけて走り去った。


 ユーイチはマサヤスと同じ岩陰に駆け込み、同じ窪みで様子を伺い、同じようにコソコソと帰ってきた。

 帰ってくるなり、偉そうに胸を張った。

「秘技、空蝉の術」

 うそつけ。

 ひとしきり偉そうにした後で、ユーイチが

「ところで、タバケンはどこに行った」

と、きょろきょろとあたりを見回した。


 四バカの最後の一人、田端賢介の姿がなかった。


 ※こっそり追加 次のお題に、つづく。

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