最高の仕立て屋、参ります!

蜜柑桜

あなたのために最高の一着を

 私の親友は、控えめに言ってずば抜けて美人だ。



「この、布かなぁ」

 新しく取り寄せた布地を机の上に並べたのはどれくらい前だったか。もう何度もかわるがわる手に取ってみているのに、どうにも決心がつかない。

 いま取り上げたのは明度の高い無地の白地で、照明に当てると光沢が煌めく艶やかな生地だ。恐らく夜会などの場ではひときわ映えるだろう。

「でもちょっとね、明るすぎる気がするのよね。かといってこっちかしら」

 隣のやや抑えた薄紫の地に指を滑らせ、触感を再確認。こちらは織目が粒のように浮き出て動くと色が変わってみるのが楽しいが、彼女の落ち着いた印象には合わない。

 そうだ。どうも親友が着ると思うとしっくりこないのだ。

 それぞれの生地は決して悪質ではなくむしろ最良の品であるし、着る人が着たらきっと素晴らしい装いになるだろう。最初の白地は清楚で精神の強い女性の内面を打ち出してくれ、後者は大人しく可憐だけれど打ち解けると可愛い女の子が着たら、普段は出にくい明るい面を引き出してくれそうだ。

 どちらも悪くない。

 けれども親友には合わない。いや、似合うは似合うだろう。目を見張るほど綺麗だろう。

「大体セレンは何着たって可愛いし綺麗だし素敵だし人が振り返って釘付けになるに決まってるのよね」

 しかし違う。親友の落ち着いた佇まい、内にある脆さと強さ、そして優しくも凛々しい有り様を最大限に引き出す色ではない。

 その性質は、彼女の珍しい月色の瞳をじっと見れば分かる。その目の覚める白銀の瞳に合う色でなければいけない。

「セレンみたいな逸材こそ仕立て屋には難題だわ」

 素がいいぶん、着飾るモノの方が作り物っぽくなりやすい。ちぐはぐにならないよう、素の美しさに負けないように、彼女が最も輝くような服を作ってあげたい。

 見る者全てが彼女の生まれ持った美に何の文句もつけず、偏見や陰口を引っ込めて息を呑むような服を。

 親友の白銀の瞳はこの大陸に住む人間の中では実に珍しい。少なくとも他に同じ眼の色をした人に会ったことはないし、聞いたこともない。それに漆黒の艶やかな髪と健やかに伸びた四肢、色白な肌に映える桜色の唇が合わさって、あたかも天の遣いと思えるくらいうるわしい姿をしている。

 だがその稀少な眼の色は一部の人々から異質だと言われ、それが他の美しさと相まって遠巻きに見られている。まるで危険物でも見るように。

 馬鹿馬鹿しいったらないわ。そっちの目の方が節穴っていう異質さねって言いたいわよ。

 もう一つの生地は茜から薄い橙までを階調になるよう染め上げたものだが、こちらも黒い髪色にはややそぐわないか。きっと明るめの茶髪なら似合いそうだ。

 人の外見は十人十色だ。一見しただけでは一部の人々の色だけが珍しいように見えるかもしれないが、よくよく見ればどの人の肌の色も瞳の色も、髪の色から眉の色に至るまで微妙に違っている。どの色もそれぞれ個性的で、唯一無二の魅力があるので仕立て屋としてはいくら見ても飽きない。忌み嫌うなんて考えもつかない。

 それなのにどうして一部の人は、自分と著しく違ったり周りにみないという理由で他者の外見を厭うのだろう。そうやって差別をしている自分の方も、他の人にはない色をしているというのに。

 仕立て屋の自分ならば、色が違えば腕が鳴る。その人だけが持っている素晴らしい色を、最も素敵に見せるために最大限の力を使う。それが仕立て屋の仕事だし、矜持なのだから。

「絶対にセレンがものすっごく魅力的に見える一品を作ってみせようじゃないの」

 彼女が他の誰にも後ろ指を刺されず、むしろ白銀の瞳が観者を魅了するような服を。人と違う色が彼女の不利ではなく、力になるような服を。それに——

「あの愚鈍でやること足りない馬鹿秘書官をどうにかしなきゃいけないしね」

 見ているこっちがああんもう、何やってんのよこの愚図と思わずにはいられない人間が一人いるのだ。さっさと茶だか食事に誘うだか、休日を共に過ごすだか、まともな贈り物をするだか——ええい本質はそこではない、言うこと言いなさいよ、と思う人間がそばに一人。距離感が歯痒すぎて、そこ一歩踏み出して口付けの一つや二つや三つでもしたらどうなのとこっちが押し出してやりたい中途半端さである。

「決めた。これにする」

 光沢は皆無ではないが、抑え気味の一枚。見てなさいよ、と鋏を取り上げ腕をまくる。

 その人自身が持っているその人だけの色を魅力的に浮かび上がらせるために、服は単なるきっかけに過ぎないけれど。

——あの馬鹿秘書官に一目で理性失わせて見せようじゃないの。

 きっとそれは、大きなきっかけなのだ。

 その人以外に持ちえない色が蔑視や忌避の対象ではなく、本来の尊い個性として映えるように。

 そしてそれが苦しみではなくとびきりの笑い顔を作るように。

 だから今日も針仕事をするのだ。仕上げた服を纏う姿が、最高に輝くのを思い描きながら。


***完***


『月色の瞳の乙女』仕立て屋娘フィロの一コマです。

じれったい恋愛模様に常々ヤキモキしている模様。

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