第2話 サメ


 「なにするのよ!」

 「悪いな。

 資金繰りが上手くいかなくて、このままじゃ会社が倒産しちまうんだよ。

 お前に掛けてる生命保険で、やり直しさせてもらうよ」

 ニヤニヤと笑いながら、ユウジはとんでもないことを言った。

 「全部、食べられるんじゃないぞ。

 死体が必要なんだよ。

 事故でサメに食べられた死体がさ」

 ユウジはバケツを捨てると、長い棒を手に取った。

 先に鋭い鉤がついている。

 釣ったマグロやカジキを船上に引き上げるためのギャフという道具である。

 わたしがサメに襲われた後、ギャフを使って、わたしの死体を引き揚げるつもりらしい。

 

 「ほら、三角のヒレがやってきたぞ」

 ユウジが、ギャフでわたしの背後を示した。

 海面を三角のヒレが近づいてくる。

 ひとつではない。

 見えるだけで、三つのヒレが、こちらに向かってきていた。

 「あれが、このあたりで釣れる大物さ」

 ユウジがそう言った時、わたしは右足にゴツンと衝撃を感じ、海中に引きずり込まれた。


 海中に引き込まれたわたしは、右足に喰いつき、ぐいぐいと頭を振るサメを見た。

 二メートル近いホホジロザメである。

 イタチザメ、メジロザメと共に、凶暴で知られる大型のサメであった。

 ユウジが撒いた魚の臓物で周囲は赤く濁り、その匂いにひかれた他のホホジロザメも接近してくる。


 仕方がない。

 わたしはゴキゴキと肩を鳴らし、閉じていた肩甲骨を開いた。

 右手を伸ばすと、わたしの右足に噛みついているホホジロザメの鼻面をつかんだ。

 左手で、ホホジロサメの下顎をつかむ。

 そして、強引に開いた。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇


 クルーザーに上がって来たわたしを見たユウジは、悲鳴をあげて逃げ出した。

 しかし、逃げ回るほどの広さは無く、船首部分で腰を抜かして座り込む。

 「な、何なんだ……、お前は」

 わたしを見るユウジの目は、恐怖に脅えていた。


 「さっきの話、魚の背が黒くて腹が白い理由は、捕食者に見つからない様にするためじゃないって言っていたでしょ。

 捕食者の頂点であるサメやシャチも、同様の体色をしているからって理由でさ」

 ユウジは震えながら、わたしの話を聞いている。

 「本当にそうなのかな?

 実は、さらに強力な捕食者がいて、サメもシャチも、その捕食者に見つからないように、小魚と同じ体色になったとは考えられない?」

 私の声はかすれていた。

 ひさしぶりに開いたエラから、空気が漏れるのだ。


 「お、お前……、人間じゃないのか」

 「擬態や環境適応って知ってる?」

 わたしは手を軽く上げると、鋭い鉤爪をネコのように出し入れしてみせた。

 そして首の側面にあるエラを閉じ、肺呼吸に切り替える。

 

 「人間に擬態し、陸上で暮らして三年。

 ひさしぶりの新鮮なサメの臓物は、美味しかったわ」

 ユウジに見せつけるように、長い舌で大きく唇を舐めた。


 わたしを見るユウジの顔は、血の気が失せて白くなっていた。

 これから自分の身に起こることが分かっているのであろう、その顔は、海中で引き裂いたホホジロザメの腹より、さらに白くなっていた。


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サメの色 七倉イルカ @nuts05

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