たこやき×会社員
麗
たこ焼き×会社員
「疲れた……」
疲れ果てた会社員らしき男がよろよろと、地下の駅から上がってきた。紺色のスーツはすでにくたくたで、いかにもこき使われています、といった風貌だ。
時刻は午後十一時過ぎ。残業に残業を重ねて、ようやく帰ってきたのだろう。言うまでもなく、空は真っ黒で月すら出ていない。夜特有の妙な静けさが大気を支配し、たまに聞こえる酔っぱらいの足音だけが、この町の人の存在を教えてくれる。
ここ最近は本当に忙しい日々だった。毎日六時に起きて出社、帰りは早くても十時を過ぎ、遅いときは日付をまたいだ。取引先に出向き、会議を重ね、書類を提出。タスクをこなしながら、日々を過ごしていた。
しかし、ようやく仕事がひと段落し、明日は久しぶりの休日だ。
明日はぐっすりと眠れると思うと、忙しい中で気づいていないふりをしていた疲労が、どっと押し寄せてきた。歩くのも精一杯なくらいである。本当はこのまま家に帰りたい気分だったが、お腹が空いた。残業しながら、後輩が買ってきてくれたコンビニのおにぎりを腹に詰め込んだというのに、どうしようもない飢餓感が疲労と結託して暴れている。
せめて、せめてスーパーで何か買おう……。
男はふらふらとした足取りで、近所のスーパーに入って行った。
プラスチックのパックから中の食べ物をお皿に取り出し、電子レンジに突っ込んで軽く温める。それを待つ間に、スーツを脱ぎ捨て楽なスウェットに着替えた。
ソファなんてものは無いので、ダイニングテーブルの椅子に座りこむ。しばらく倒れ込んでいるうちに、電子レンジからいい匂いが漂ってきた。少しだけ気力が戻り、電子レンジの前で温め終わるのを待つ。
ピピピ。
電子レンジの音が鳴る。ふらふらと歩いて扉を開けると、独特の食欲をそそる匂いが飛び出してきた。思わず、息を思いっきり吸った。
やっぱり、たこ焼きは良いな。
少ししぼんだ丸いフォルムに、ネギがぱらぱらとかかり、仕上げにマヨネーズとソースがふんだんに使われている。三十パーセントの値引きシールがついていたが、十二分においしそうである。このスーパーはありがたいことに朝八時から夜の二十五時まで開いており、ここ最近は特にお世話になっていた。彼だけでなく、夜十時以降に入店すると、仕事で疲れ切った顔の大人たちがお総菜コーナーに群がっている。
それも今日で終わりだと思うと嬉しいものである。男は明日が休みであると自分自身に言い訳しながら、冷蔵庫からストックしているビールを取り出した。
熱々のたこ焼きにキンキンのビール。主役は揃った。
男はさっそくたこ焼きを箸でつまみ、口に放り込んだ。時間が経って心持ち張りの無くなったたこ焼きを噛むと、一気に口の中にたこ焼きの味が広がった。蛸の良い弾力が歯に伝わる。味わいながらゆっくりと噛んで飲み込んだ。間髪開けずに、ビールの缶を勢い良く開けて喉に注ぎ込んだ。
身体全体にカーッと水分がいきわたり、思わずうなり声が出る。自分はこれほど乾いていたのかと内心驚きながら、次のたこ焼きを口に入れる。
熱い具が飛び出し、口内を刺激する。必死に空気を入れながら少しずつ噛み、飲み込んで再びビールを飲む。幸せの組み合わせである。
全部で八個あったたこ焼きはいつのまにか残り四個になり、ビールもすっかり空になった。明日の自分が後悔するかもしれないと、心の奥底では思いながら、いそいそともう一本ビールを出した。ついでに、何かの時に買って残っていたスルメイカと柿ピーを持ってくる。
男の幸せな食卓は始まったばかり。
たこやき×会社員 麗 @rei_urara
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