色めくパフェ

芦原瑞祥

パフェ

 夜のパフェ屋さん、オープン!


 宮子はチラシをしげしげと眺めた。

 透明なカップに入ったパフェは、色とりどりのシロップやフルーツが美しく盛り付けられていて、食べものというより小洒落た置物のようだ。


「あ、夜パフェの新店舗じゃん。うちから歩いて五分のとこだ。へー、こんな田舎にねぇ」

 妹の鈴子がチラシを覗き込んでくる。

「有名なお店なんだ」

「女子大生が始めた一号店がヒットして、最近手広く展開してるらしいよ。インスタ映えを狙ったラインナップで、店内に撮影ブースもあるんだって」

 そうなんだ、と宮子はチラシを再度見る。恋人の寛斎と一緒に行きたいなと思ったのだけれど、ストイックな彼はインスタ映えのような浮ついたものは苦手だろう。

「鈴ちゃん、一緒に行こうか」

「寛斎兄ちゃんと行っておいでよ。甘い物大好きだから、パフェとか喜ぶでしょ」

 鈴子は小さい頃から寛斎に懐いており、実の兄のように慕っている。

「彼、確かに甘い物は好きだけど、チャラチャラしたことは嫌いだから、一緒に行くのは無理かな」

「でたよ、修験者と神職の、謎の禁欲主義」

 寛斎は小学生のときに得度した修験者で、宮子は実家の神社で奉職する新米神主だ。どこで氏子さんに会うかもしれないから常日頃より行動は慎め、と管長(一般神社でいうところの宮司)である父から言われているが、宮子自身はそこまでストイックに生活しているつもりはない。

 けれども寛斎は、高名な行者の内弟子だったこともあり、子どもの頃から自分を律した生活が身に染みついている。彼が甘い物好きになったのも、修行中の質素な食生活で糖分が足りなかったからなのだ。

 でもパフェは食べさせてあげたいし、と宮子はチラシを眺める。今度、彼がうちに来るときに、テイクアウトしたのを出してあげよう。


***


 寛斎は悩んでいた。

「うーん、注文するハードルが高い」

 彼女である宮子の家の近くに、夜のパフェ屋さんがオープンするという。

 色鮮やかなかわいいパフェを、宮子に買ってあげたい。ついでに自分もパフェを食べたい。しかし、検索すると流れてくる呪文のようなパフェの名前に、気後れしているのだ。


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 みんな、これをフルネームで注文しているのか? 指を差して「これ」ではだめなのか? コンビニの煙草のように、番号でも振ってくれないだろうか。なんの罰ゲームなんだ、これは。


 パフェ屋のメニューをスクロールしながら、寛斎は呻いた。

 そして、宮子の妹である鈴子にLINEを送る。

『パフェを土産に買っていきたいんだが、注文の仕方がわからない。一緒に行ってくれないか?』

 返事は速攻で返ってきた。

『えー、お姉ちゃんと行きなよ』

 いや、彼女に格好悪いところを見られたくないから頼んでいるんだが。鈴子ちゃん、男心を察してくれよ。あんな呪文のような名前、絶対言い間違えるに決まっている。お経や真言なら間違えない自信があるのにな。

 仕方がない、これも天が与えた試練なのだろう。

 寛斎は、とりあえず「あめんぼあかいなあいうえお」を練習し始めた。


***


 鈴子は呆れていた。

 姉の宮子も、姉の恋人の寛斎も、互いに「パフェを食べさせてあげたいけど」と勝手に悩んで勝手に解決しようとしている。一緒に行けばいいのに。気にかかることがあるなら、自己完結せず相手に聞いて折り合いをつければいいのに。それが恋人ってもんじゃないの?

「まあ、奥手な二人だし、中学生のときから『もう付き合っちゃえよ!』って思い続けてようやくここまできたんだから、仕方がないといえば仕方がないけど」

 寛斎は子どもの頃に母親を殺され、心を閉ざしていた。出家して行者の内弟子になったのも、精神が壊れかけていた彼を救うために周りが計らったのだと聞く。そんな彼が「恋人にパフェを食べさせてあげたい」なんてことで悩むのだから、ずいぶん立ち直ったものだと喜ぶべきかもしれない。

 さっさと結婚しろ、と心の中で毒づきながら、鈴子は未来の義兄に、今度うちに来る日時を確認した。


 寛斎は一本早い電車で来てパフェを買ってくるつもりらしい。そして姉の宮子はパフェを買っておいて茶菓子に出すつもりらしい。

「お姉ちゃん、生クリームは時間が経つと味が落ちるから、寛斎兄ちゃんが来る直前に買う方がいいよ」

 鈴子はうまいこと言って足止めをし、寛斎が店に着く頃合いを見計らって姉を送り出した。

 これで、二人は店の中で鉢合わせするだろう。


 仕上げとばかりに、鈴子は姉にLINEを入れる。

『お姉ちゃんのカバンの中に車のキーを入れといたから、寛斎兄ちゃんとパフェ食べてドライブデートしておいでー』


 まったく世話の焼ける、と鈴子は苦笑して、奢ってもらい損ねたパフェを自分で買うべくチラシを眺めた。

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