感情が色で見える私は、あなたの色に帰りたい。

初美陽一

ただいま

 私、〝見代みしろ 愛彩あや〟は、人の感情がで見える――


 これは〝共感覚きょうかんかく〟と呼ばれるらしく、人によっては文字や数字に色が見えたり、音に色が付いたりするのだとか。


 私も時々、人が書いた文字なんかは、色が見えることもある。けれどそれは、きっと〝しっかりと見える人〟に比べれば、ぼんやりとしたもので。


 本当に、鮮明に見えるのは、やっぱり――その人の〝感情の色〟。


 それはまあ、世の中は複雑で、人の数だけ千差万別、文字通り色とりどりが溢れているものだ。


 人通りの多い街中では、眩暈めまいがしそうなほど、色彩が交錯していて。


 時間に遅れそうなのか、急いで走っている人は、赤とオレンジくらいの珊瑚色コーラル・カラー

 興味深そうに店先を眺めている少女は、眩しいほど鮮やかな薄橙色サン・オレンジ

 何か不安でもあるのだろうか、オドオドとして歩いている彼は深緑色ディープ・グリーン


 随分とイヤなことがあったのか、色を視ずとも怒りが表情に出ている男性は、烈火のような深紅色クリムゾン・レッドで。


 失意のうちにあるのだろうか、俯きがちに憔悴した表情で歩く女性は、深い海の底にいるような、濃紺色ネイビー・ブルーで――……。


 ……私が、〝人の感情がで見える〟のは、ほとんど生まれつきだと思う。


 物心ついた時は、親でさえ冗談だと信じてくれず、ちょっぴり傷ついたけれど。

 少し後になって、その時に見た色が〝不安〟を示すものだと知って、私はこの体質を大っぴらに公言することはなくなった。


 高校までの学生時代は、思春期だったこともあり、大げさに思い悩んだりもして。

 人間不信になって……ほんの短い期間、不登校になったこともあった。


 …………


 そんな私が、大学生活を送る、今現在――なんて、出来てしまっているのは。


 その高校時代、親身に寄り添ってくれた、同い年の彼のおかげ。


 親でさえ不安に思う、相談しても誰も信じてくれない、私の体質を。


 彼だけは、〝恐れディープ・グリーン〟も〝嫌悪ディープ・パープル〟もなく。


 ただ優しく、頷いて、理解して、手を引っ張ってくれた。


 卒業するまでには付き合い始めて、自然と同じ大学を選んでいて、同棲することになって。


〝感情が色で見える〟なんて、そんな私が、家族でもない誰かと、暮らせるのは。


 ……ふと、ある時、彼がこんなことを聞いてきたことがある。


『僕の色って、どんな色?』と。


 私はその時、なんだか気恥ずかしくて、言えなかったけれど。


 何度でも、何時いつまでも、見ていたくなる。


 今日もまた、私は玄関を開き、帰っていく。


 あなたの声に、迎えられながら。


「おかえり、愛彩あや


 微笑むあなたの、陽だまりの中にいるような、暖かな。

 幸福しあわせの色に、照らされて。


 これが、あなたの色。

 私が帰りたい、あなたの色。



「―――ただいまっ」



 今日も私は、あなたの色へ、帰っていく。



 ― end ―




 ―――の色も、の、色なのです―――

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感情が色で見える私は、あなたの色に帰りたい。 初美陽一 @hatsumi_youichi

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