その色は
遠部右喬
第1話
時々、顔に色が付いている人間に出くわす。
会社で。街中で。首から上をペンキをぶちまけたようにのっぺりとした色に染めてる奴は、何処にでも居る。
とは言え、別にそいつ等が物の怪だとかそう言う事ではなく、恐らくはごく普通の人間だ。誰の顔でもそう見える訳じゃないし、今迄普通だった知人の顔が、ある日突然染まって見えることもある。滅多に無いけれど、その逆もあった。
原理は全く不明だが、そいつらが見えるようになったのは、半年前、コンタクトに変えてからだ。それ以来、眼鏡だろうがコンタクトだろうが、それどころか、裸眼でも関係なく見えるようになってしまった。眼科で調べてもらったが異常なし。その上、受付の女の子がシュレックみたいな顔色だったもんだから、行くのをやめた。
見える色は、赤だったり青だったりと色々だ。
仕事で知り合った相手の顔が真っ黒で、素の顔が分からなくて困ったこともあった。その人は、暫くして事件を起こし、大々的に報じられることになった。皮肉なことに、ニュースに出た写真を見て、初めて彼の顔を知ることが出来た。
一昨年入社してきた倉本さんは、結構可愛くて俺のタイプだったけれど、ある日突然、真っ黄色の顔で出社してきた。その頃から課長との不倫の噂が流れ始め、やっぱり暫くして事件を起こした。
流石に、鈍い俺でも何となく分かる。
あれは殺意の色だ。ほんの一押しであっち側に転がってしまう、強い殺意を抱えた人間にだけ表れる警戒色。多分、そこに至るまでに育った感情が、色として表れてるんだろう。
けど、それが分かった所でどうしようもない。せいぜい巻き込まれない様に、そういう奴からは距離を取るのが関の山だ。
彼らをそう頻繁に見掛ける訳じゃないけれど、その数と同じかそれ以上に、殺意を向けられた人間が居ると思うと、いい気はしない。まだランドセルを背負っている子供の顔が真っ青なのを見た時は、心底げんなりした。
毎日のようにどこかしらで見掛ける狂気の色は、ただ恐怖だった。
もし、鏡に映る自分の顔が何色かに染まっていたら、談笑している相手の顔色が突然変わってしまったら、俺はどうしたらいいのだろう。もう、人の顔色を窺って生活するのに疲れてしまった。
最近、今の仕事を辞めようかと真剣に考えている。なるべく人と顔を合わせないで済む、極力外に出る必要のない仕事を探そうと思う。この際多少給料が下がっても文句は言わない。だが今は、取り敢えず会社に向かわなければ。
極力視線を落としたまま駅に向かっていると、突然、前方から悲鳴が上がった。
なんだ? どうしたんだ?
慌てふためいてこちらに走って来る人の群れに戸惑い、周囲を見回す。
ぽかんと立ち止まった俺の腹に突き立てられたのは、でかいサバイバルナイフ。
「通り魔よ!」
「また誰か刺された!」
「逃げるんだ!」
見知らぬ青年が、
(透明な殺意ってあるんだな……)
激しい痛みと寒気の中、俺の意識は黒よりもまだ黒い闇に溶けていった。
その色は 遠部右喬 @SnowChildA
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