第28話 紅き血潮の天輪

 黄金郷、モンテドーロの始まり。

 その言葉を聞いて、ヴィオラは思わず穴の中の血瘤を見た。

 これが?

 この、見るからに悍ましく、鳥肌をそそり立たせるような災厄が?

 冗談も程々にして欲しい。


「好きなだけ見るといい。眼が離せないだろ?それだけの人間を、これは食ってきたからな」

「最早、あなたがここにいる理由は問いませんよ、ペリドットさん。しかしその言葉は聞き捨てなりません。人間を食ったとは、どういう意味ですか?」

「アレキサンドライトともあろうお方が、俺のような木端に解説を求めるのか?ハッ、勘弁してくれよ。どれだけボスの座を汚せば気が済むんだ?」


 ペリドットは、わざとらしく額に手を当てるとニヤリと笑う。

 

「言葉通りの意味だ。“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”は人間を喰らい、その欲を糧にぶくぶくと肥え太るのさ。お前らが血眼になって探していた失踪者とやらは、もうどこにも居ない」

「全員、ですか?」

「そうだ」

「なぜ、あなたはそこまで知っているんですか?私は、モンテドーロの最高会議役員として、あなたが最低限のラインを弁えていると信じてきました。これ以上、私を失望させるようなことを言わないでください」

「ブフッ」


 たまらず、彼は吹き出した。

 そうだ、そうだろう。彼にとって、そのような信頼はこの上ない笑いの種に違いない。


「フ、ハハッ、失礼。あまりにくだらない。最低限のラインだと?笑わせるな、俺にとって重要なのは、外様である俺を笑った全てのクズ共を支配することだ。その為なら俺はなんだってやるし、なんだって犠牲にする。例えそれが、俺の領地の庶民共だったとしても——」


 もしかしたらその忠告は、額面以上に瀬戸際のものだったのかもしれない。

 悦に浸って眼を瞑るペリドット。

 その隙を突いたアレキサンドライトの踏み込みには、紛うことなき純粋な殺意が込められていた。

 天地を体現する剣が横薙ぎに振るわれる。


「はーい、喧嘩を売るのはそこまで。そこまでっすよ」


 しかし、その刃がペリドットの喉元を切り裂くことはなかった。

 黄金の壁が突如として現れ、辛くも切先が描く孤を乱したのだ。


「……」


 鍔迫り合うように、アレキサンドライトはそのオッドアイを見開いたまま力を籠める。

 実に数センチという間合いの中で、かつては同じ屋根の下暮らしていたはずの二人がぶつかっていた。

 その手に持つ剣と同等か、それ以上に彼女に宿る光は鋭い。

 このように視線を合わせているだけでバラバラに切り裂かれてしまいそうだった。


「ハハッ。今のは、本気で殺す気だったっすね?アレキサンドライトちゃんのそーゆー眼、久しぶりに見たかもしれないっす」

「……どうか、そのまま壁を固めていてください。少しでも力を緩められると対話をする理性すら蒸発してしまいそうです」

「勿論っす。アタシのようなクズも、命は大事っすからね」

「彼は、まともに答えられないでしょう」


 黒縁の眼鏡の少女は、虹彩をキュッと窄めた眼で尻餅をついた男を見た。

 確かに、そうかもしれない。

 オーラムは敢えて否定しなかった。


「だから、私はあなたに聞きます。どうして、このような悪行を?」

「どうしてっすかね。悪人に、悪行の理由を聞く意味があるんすか?」

「いえ。いいえ、あなたは決して悪人などではない。あなたが負った横領の罪だって、本当は——」

「アレキサンドライトちゃん」

「……」


 オーラムは、右手をポッケに入れながら左手で液体の黄金を操り、ボスの剣を受け止める傍ら酷似した刃を作り出した。

 半透明の刀身の中を、金が揺れ動いている。

 それは、紅い光を浴びて禍々しく輝いていた。


「どこまで調べたのか知らないっすけど。ダメっすよ。あなたは、清廉潔白で、この都市の闇を知らない最高の君主でなければいけない」

「……勝手な、ことを……!」


 力任せに振り下ろされた剣は、壁を切り裂きオーラムの服を捉えた。


「いいや。勝手なことじゃないっすよ。ほら、アタシにばかり構ってるから……」

「!?」


 全員が振り返る。

 後ろ?いや、そこには誰もいなかったはず。

 少なくとも、人間の気配など一切感じなかったのに。


「んー!んー!」

「いけません、いけませんよ。あなた方は勘違いしておられる」

「等活……!」


 長身痩躯の大男が、アルフリーダの口を抑えながら羽交締めにしていた。

 後ろに垂れた長髪が光を浴びて揺れる。


「遅いぞ、等活!この場を離れるのはいいが、すぐに帰ってこいと言っただろ!」

「申し訳ありませぬ、我が君主。あなたに託されました親衛隊たちの具合を確認する必要がありましたゆえ。しかし、ご心配には及びませぬ。彼らは、想像以上の働きぶりでございました」

「親衛隊……?」


 マーキュリーは何か疑問に感じたのか、顎に手を当てるとそのまま黙りこくった。


「ほほ。さて、アレキサンドライト様と御一行にお聞きします。あなた方の眼には、この場所がモンテドーロの地下空間、即ちジェムストーンマフィアの管轄地に映っているのですか?仮にそうであれば、それは大きな間違いですぞ」

「何を言ってる?回りくどい言い方はやめろ」

「ふむ?あなたが……ヴィオラ=プロフリゴ殿ですか?」

「あ?」


 等活は舐め上げるように、一通りヴィオラの身体を眺めると、成る程興味深いとばかりに目尻を上げた。

 気味が悪い。

 ので、すぐにでも撃ち抜いてやりたいところだったが、人質を取られている以上無闇には動けなかった。

 その手に落ちているのは、この場の6人の中で最も弱く、事情を理解していないモンテドーロの市民なのだから。


「いやいや、かねがねお話は伺っていたのですよ。つい、想像通りの人物なのかどうかと確かめてしまいましたな。不快な思いをさせていたら誠に申し訳ありません」

「不快だ。不快でしかない。すぐにその女を離せ」

「そうは行きませぬ。この方には、大役を負っていただく必要がありますからな」

「大役?」

「そうだ!さっき言っただろ?お前らをここに招待するのは、“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”が完全な覚醒を遂げてからの予定だったのさ。俺が戴冠する瞬間を、特等席で見せてやる為にな」


 ペリドットは、愚かなモンテドーロの使者たちを嘲笑うように鼻を鳴らす。

 その隣に立つ不吉な雰囲気の大男はどこか満足げな表情で、傲慢かつ不遜な金髪の青年を眺めていた。


「でも、お前らはそれより早く来てしまった。困った、困ったが……何、悪いことばかりじゃあない」


 アルフレーダの髪に触れながら、彼は続ける。


「最後のピースをわざわざ護衛付きで連れてきてくれたわけだからな」

「……!」


 最後のピース。

 その言葉の言わんとしている所を、この場の全ての人間が理解していた。


「んーん!んー!」


 必死にもがくアルフレーダ。

 しかし、外見に違わない膂力を持つ等活から自力で脱出するのは不可能に近い。

 早く、一刻も早く、誰かが彼女を助け出さなければ。

 全員がそれぞれの形で助けに向かおうと動き始め、腕を伸ばし、脚に力を籠め、武器を取り出す。

 しかし、いつまで経っても彼女らの怒りが等活とペリドットに襲いかかることはなかった。

 重い。

 身体が重いのではない。

 


「もー、面白いこと始めるなら言ってよ〜!思わず悪戯しちゃったじゃん♡」

「その声は……」


 ヴィオラが恐怖を感じた経験は、片手の指さえあれば数え切れるだろう。

 だがしかし、この瞬間の彼女は、新鮮でみずみずしい、手に取って握ることができるような固形の恐怖を思い出していた。

 嘔吐感に、嫌悪感がマーブル状に入り混じる。

 足元には、悲鳴をあげる影が雲のように渦巻いていた。


「イブリース!」

「あはっ。覚えててくれたんだ、うれしー!前はありがとうね!あの時の痛みを思い出すだけで、もう何回でもイけちゃうよ!」


 できれば避けたかった再会を前に、ヴィオラは舌打ちをした。

 最悪のタイミングだ。

 確かに、この金鉱を目指すきっかけをくれたのはイブリースだ。

 罠の可能性も考えると、再び相対する可能性は十分にあったし、事実ヴィオラもその覚悟と準備を終えていた。

 ただ、今は人質を取られている上、その他に実力が未知数の敵が2人も居る。

 彼女とサリナだけでは初見の彼女に全く対応できなかったというのに、あまりにも状況が悪いではないか。


「でもぉ、今回はちょっとおいたが過ぎるかもねー?イブだって、真面目な時は真面目なの。だからイブと一緒にみんなは静かにしてようね!」

「ぐっ……」


 何か得体の知れない力が、空間に作用している。

 重力操作?それとも空気の固形化?

 改めて見ても仕組みは全く分からない。ただ少なくとも、自分の意識が朦朧としていること、周囲のサリナやマーキュリー、クリスタル、アレキサンドライトまでも苦しそうに表情を歪めていることははっきりと分かる。

 面の制圧力という意味では、全く歯が立たない。


「ア、ル……フリーダ、さん……!」


 アレキサンドライトが、口端から血を流しながら一歩踏み出す。

 しかし、等活とペリドットまでの数メートルは永遠のように感じられた。

 いつもなら一跳びで届く距離だというのに。


「わー!黒眼鏡ちゃん、ガッツあるね!イブのおともだちを跳ね飛ばすなんて、そんなにあの子が大事なの?」

「おともだち、だぁ?」

「うふっ。ヴィオラお姉ちゃん、顔が怖いよ?力んで床を踏み抜くくらいなら、イブを踏み潰してよ♡」

「チッ。このド変態が……」


 一切、会話が成り立たない。

 体力の無駄だ。


「フハハッ!無様なもんだな!」

「その、人を、離してください……!」

「バカを言うなよ、お前が連れてきたんだろ?等活、行くぞ」

「仰せの通りに」


 いつの間にやら、先程までジタバタしていたアルフレーダはグッタリとして動こうとしなかった。

 ただ促されるままに足を進め、大穴の縁に立たされる。


「近付いて来るなよ?少しでも怪しい動きをすればこの女を突き落とす」

「……」


 アレキサンドライトはただ黙している。

 その瞳には、僅かながら迷いが漂っていた。


「何が目的なんですか」

「あと1人だ。あと1人の魂を吸えば、天輪は臨界点を迎える。そうすれば、俺はこの力を手にしてボスの座に着くんだ。誰も俺のモンテドーロを害すことはできない。ラグナルとのくだらない関係も終わりだ」

「たった、それだけの為に?」

「それだけ?それだけと言ったか?俺がどれだけこの為に力を尽くしてきたか、お前は知らないだろう?等活を誘致したのも、イブリースと手を組んだのも、全ては俺が“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”を戴冠するためだ!」


 ペリドットは銃を取り出し、トリガーに指をかけた。


「だが、そうだな。気が変わった。お前らには選択肢をやろう」

「随分と、傲慢な言い方ですね」

「傲慢?違うな、俺が本来得るべきだった位置を手にしただけさ。この女を殺したくないんだろ?なら、それもいい。1人、代わりの犠牲者を選べ」

「馬鹿なことを……!」

「おっと、アレキサンドライト様。地面に触れるのはおやめくだされ。下名は既に存じ上げておりますぞ。あなた様の能力の発動には、そのように生成の元となる物質を手にする必要があると」


 元より細い眼を糸のように窄めながら、等活はアルフレーダの喉元に手を翳す。

 これはお願いなどではない、ただの脅迫だ。

 

「……」


 当たり前だ。首を縦に振れる訳がない。

 そもそも言われた通りに誰かが犠牲になったところで、約束が守られる保証はどこにもないのだから。


「私がなりましょう」


 そう言って進み出たのは、モノクルをかけた老人だった。


「あなた方は皆、お若い。私のような生い先短い役立たずに比べれば、ずっと挽回のしようがある。どうか、この大役私にお任せください」

「クリスタルさん!?駄目、駄目です!」

「ボス、そのように言ってはなりません。都市の長であれば、切り捨てるものと拾い上げるものの区別を明確につけなくては。往々にして称えられるのは二兎を得た英雄ですが、二兎を得るまでにそれ以上の兎を逃していては意味がない。それであれば、一兎を逃してでも、より価値のある兎を確実に得るのです」


 確実。

 その確実さは、どこに依拠した主張なのだろうか。


「少なくとも、私が足を引っ張るよりもずっと、彼女のような若者がついていた方が打開策を講じ易いはずです」

「そんな、そんなことは……」

「決断の時でございます、アレキサンドライト様」


 残酷なものだ。

 拒否してなお、その時は確実に近付いてくるのだから。


「……」


 アレキサンドライトは眼を背けながら歯を食い縛った。

 クリスタルは、アレキサンドライトの後見人だ。

 それに、オーラムの後ろ盾となったこともあるという。

 ここまでモンテドーロに貢献し続けてきた元老の最期が、悪人の求めに応じたことによるものだなんて受け入れられるはずがないだろう。


「——ボス」


 嫌悪感と圧迫感の狭間で苦しむアレキサンドライト。

 その元に、ふと手を差し伸べる声が響いた。

 誰の声か。月牙泉の三人のものではない。

 もしかしたら、それは。


「そう悩まないでください。私は、攫われた友人が取り戻せればそれでよかったんです。でも、もうその人はどこにもいない」

「アルフレーダさん……?」

「そんな私の為に、クリスタルさんを犠牲にする必要なんてありません」

「や、やめ……」


 イブリースの呪縛を跳ね除けて、アレキサンドライトが手を伸ばす。

 数秒前まで従順だったアルフレーダが咄嗟に取った行動を前に、ペリドットは反応できていなかった。

 きっと彼にとって、彼女は他人を弄ぶための道具に過ぎなかったのだろう。

 誰であろうと、道具が急に自我を得たら驚いてしまうはずだ。


「こうすることで、ひとつでも解決することがあるなら」


 等活の腕の中で騒いでいたはずのアルフレーダが突然静かになった理由を、宙に舞う彼女を眼で追いながら、アレキサンドライトはようやく理解した。

 そうか。

 従順さを示し、油断を誘うことで、不意を突いた行動に繋げようと敢えてそのような演技をしていたのだ。


「私はきっと、名前負けしない人間になれますよね……?」


 その結果がこれだ。

 アルフレーダ。偉大なる大英雄の名を冠した一般人。

 一般人を英雄的行為に投じさせること程残酷なことはない。

 何がボスだ。

 何がモンテドーロの長だ。

 部下1人守れないでいて誰が守れるというんだ。


「オラァッ!よそ見してんじゃねぇっ!!!」


 誰もがその光景に気を取られている間、アルフレーダが決死の行動で作ったコンマ数秒の隙を最大限活かす行動をしたのはヴィオラとマーキュリーだった。


「キャッ!」

「がっ!?」


 ヴィオラの不可視の剣がイブリースの身体に、マーキュリーの放った弾丸がペリドットの肩と腕にそれぞれ命中する。

 イブリースの身体が吹き飛ばされたことによって、全員の拘束は解放された。

 反撃、否、挽回の時だ。

 1人を犠牲にしなければ戦いにすらならなかったこの状況を、振り出しに戻そう。


「ク、クソがあッ!」

「ペリドット!!!」


 アレキサンドライトの拳が、立ち上がろうとするペリドットの鳩尾にめり込んだ。

 白目を剥き、胃液を吐く彼……あれだけ上位に立っていながら呆気ないものである。


「この、この、このォォッ!!!」


 馬乗りになって、彼女はペリドットの顔を執拗に殴り続ける。

 響き渡る金切り声のような怒号には、万感の思いが込められていた。

 少なくとも、その拳でどれ程彼を痛めつけたとしても、怒りが晴れることはないだろう。

 止めたのは、他でもない等活だった。


「いけません、いけませんよ。閣下の美麗なお顔が、そのままですと跡形もなくなってしまうではありませんか」

「お前も……!」

「おっと。無駄に体力を使われるのは、賢明なご判断とは思えませぬな。下名を傷つけることはできませんとも。例え、あなたであろうと」

「そんなことやってみないと——」

「頭を冷やしてください!!!」


 瞬間、アレキサンドライトの身体が引き戻され、マーキュリーの胸の中に着地する。

 第一の弾丸ディアヴァティリオだ。

 彼女のうなじにうっすらと浮かび上がっていた刻印が、溶けるように消えていく。

 

「このまま突っ込んでいては全滅しますよ!彼女の犠牲を無駄にするおつもりですか!」

「あーははははははっ!お姉ちゃん、とっても気持ちよかったよ♡」


 再び、帷が降りようとしている。

 全員が囚われればそれこそ一貫の終わりだ。

 視線を外し、ヴィオラは歪んだ空間の中マーキュリーの背中を突いた。


「どうする?このまま突っ込んでも埒があかねぇ」

「ええ、分かってます。彼女がイブリースですか?あなたの剣を受けて両断されていたはずですが……」

「ああ。言ったろ?真正のマゾヒストだって」

「それだけじゃありません。あれは確実に、オルガンの1人ですよ。あてがわれた能力の名前は分かりませんが……最悪ですね。断言します。このように先制を打たれた時点で、我々が取れる選択肢は大きく狭まっていますよ」


 彼はそう口にしながら、二丁拳銃にそれぞれ弾を籠めた。


「撤退を視野に入れるべきでしょう」

「くっ……」

「お言葉ですが。アレキサンドライトさん、十分に情報は得たはずです。解決を急ぐあまり、真実が埋もれてしまうことなどあってはならない。あなたも仰っていたはずです。持ち帰れなければ意味がない、と」

「……」

「チッ。やられたままは気に食わねぇが……」


 壁に埋め込まれた血管がうねる。

 沈黙する太陽は、穴の底から人類を眺めていた。

 しかし、其は見捨てなかった。

 細やかな海風が、地中に吹く。


「……潮の香り?」


 否、それだけではない。

 甘い香りだ。

 それは、記憶にこびりついて離れない。


「成る程、成る程。これが“四獣の遺物”、これが“紅き血潮の天輪アクワルタ・クワルナフ”。黄昏の代行者が求めるのも分かろうというもの」


 全員の視線が、突如現れたりんご頭の紳士に向けられた。

 手に持つ何かにはゆったりとしたガーゼが掛けられており、滴る液体が正しく強烈な海の匂いを醸し出している。

 その男を、ヴィオラは知っていた。


「マグリット……!」

「お久しぶりです、ヴィオラ様。お元気でしたか?しかし今は、あなただけでなく、この場に在る全ての生きとし生けるものに対して祝福を差し上げましょう」


 生まれ落ちるものには例外なく、言祝いで差し上げなくては。

 懐胎の時間ですよ。

 マグリットの朗々とした声がドーム内に響く。

 蜘蛛の巣のような血管は、まるで筋肉のように蠢き、歓喜の叫びを上げていた。

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