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 キースとログナと別れたクラインもまた、家族へのプレゼントを買おうと街の中心部を歩いていた。

 いつも三人で立ち寄る露店街とは打って変わって、この辺りは専門店が軒を連ねている。大きな街なだけあって、本当に色んな店がある。冒険者が好みそうな店から、商人や普通の街人が行きそうな店まで、それこそよりどりみどりだ。

 見ているだけでも十分楽しめる辺り、クラインもやはりキースやログナと同じく冒険に心躍らせる輩なのだ。


 店の外にまで商品が並べられている雑貨屋の前で足を留めた。腰の位置程の高さの台に、等間隔で綺麗に並べられた髪留めが目に入ったのだ。

 その中の一つ、青い石が特徴的で上品な作りのそれを思わず手に取っていた。


「ルナに似合いそうだ」


 思わず零れた独り言に自嘲する。どうやらまだ忘れられていないらしい。フッと小さく息を吐き、クラインは自分がこんなに未練がましい男だとは思わなかったと、内心で溜息をついた。


『ルナ』というのは、カタール村に住んでいた頃に幼少期を共に過ごした少女だ。クラインとは家が近く、よくうちへ遊びに来ていた。

 クラインには妹が一人いるが、まるで妹とルナが姉妹なのではないかと思う程仲が良く、特に妹の方が慕っていた。

 元々体が弱かった母親が病で他界してからは、毎日のようにやって来て妹の相手をしたり、祖母を手伝って飯の支度をしてくれたりと、随分と世話を焼いてくれた。それが当たり前になっていたし、ずっと続くものだと勝手に思い込んでいたのだ。




「あ! 見て、この髪飾り! すごく可愛い」

「あぁ、君に良く似合いそうだ」

 いつの間にか隣にやって来た若い男女の声で、クラインはふと物思いに耽っていた顔を上げた。手にしていた髪飾りを元の位置に戻すと、その場から離れる。恋人同士だろうか。肩を寄せ合って商品を眺めているその姿を視界から外したかったのだ。

「(彼女は今、ちゃんと幸せだろうか……)」




『私……結婚する事になった……』

『…………え?』


 彼女からの告白はあまりにも突然で、最初何を言われたのか分からなかった。

 いつものように村から少し離れた山中で薬草やきのみを集めていた時だ。いつものようについてきたルナが、唐突に告げて来たのだ。

 ルナの家は商家で、ルナの父がカタール村やその近辺の村や街を行き来する行商人だ。その父が商売の幅を広げる為にと、同じく商いを営む家の息子との縁談を持って来たと言うのだ。言ってしまえば政略結婚だ。


『……ごめんなさい』


 そう言ってポロポロと涙を流すルナを、唯呆然と見つめることしか出来なかった。


 幼い頃に一度だけ口にした約束。

『私、大きくなったらクラインのお嫁さんになる』『ああ、良いよ』

 あれは単なる口約束で、何なら軽い気持ちで、遊んでいた時の勢いで言ってしまったようなものだった。その後も特に何か文書を交わした訳ではなかったし、きちんと婚約した訳でも無い。

 それでもクラインはそれが叶うだろうと、自然とそうなるのだろうと、漠然とだが思っていたのだ。何の疑いもなしに。

 それがある日突然叶わないと知った。何故だか分からなくて、理解が全然及ばなかったのだけは覚えている。

 その後すぐにルナ達家族はカタール村を出て行った。それっきり会っていない。


 子供だった自分には何の力も無く、怒る事も引き留める事も出来なかった。その時に空いてしまった心の穴は全く埋まる事なく今に至る。

 抜け殻のように何も手につかなくなったクラインに、『冒険者やろう』と声を掛けてくれたのはキースだ。何にもなかったクラインは、現状を変えられるのならと二つ返事で「やる」と言い、二人でログナも巻き込んだ。

 それからは取り憑かれたかのように金を貯め、ようやく今、ここパビリオでスタートを切れたのだ。



 別の雑貨屋で祖母に暖かそうな膝掛けと、花や野菜の種をいくつか購入する。

 自給自足が当たり前だった村では、祖母も家庭菜園をやっていた。祖母の畑はいつも青々と花や野菜が育ち、収穫したそれらはとても美味かった。久しぶりに祖母の料理が食べたいなと思いながら、別の店で妹ようの首飾りを買う。クライン同様、ルナがいなくなって落ち込んでいた妹も、今では当時のルナと同じ歳になった。活発な妹が父や祖母を困らせていないと良いのだが。

 父には狩りにも使えそうなナイフを。持ち手がしっかりしていて、革のベルトも付いている代物だ。捌いたり皮を剥ぐにも丁度良いだろう。

 それらと少しの小遣いも一緒に包み、郵便ギルドへ持ち込んだ。


「あれ? クラインじゃん!」


 受付カウンターでばったり出会したのは、同じく小包を抱えるキースだ。


「キース。もしかして家族に?」

「おお。クラインも?」

「まぁな」

「はは! 考える事は一緒だな!!」

「そうだな」


 宛先が同じ為、二人一緒に手続きを済ませギルドを出た。

 また後でなんて言って別れたものの、結局二人並んで歩き出す。


「腹減ったし、何か食わねぇ?」

「そういえば、昼まだだったな」

「さっきバルトって言う坊主と知り合ってさぁ、その母ちゃんから美味い店聞いたんだよ」

「へぇ。そりゃ楽しみだけど……まさかお前、コブ付きに手ぇ出したりしてないだろうな?」

「…………オレの事一体何だと思ってんの?」

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冒険者ギルドパビリオ支部所属特務遂行係支援補助員の弓術士 九日三誌 @Asahi_m

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