9—2

「時間掛かるなら、その間は自由行動でもしてみる?」

 という事で、午後からは好きに過ごす事になった。パビリオについて初めての単独自由行動だ。

「また夜に宿で」と別れ、三人は各々過ごす為、武器屋の前で解散した。



 キースは早速分配された小遣いに懐をほくほくさせながら、露店が多く立ち並ぶ通りを歩いている。

 パビリオに来て数日だが、村にいた頃よりも随分収入が増えた。パーティとして活動する以上、維持費の分を差し引くのは仕方がないとしても、取り分として渡された額は村にいた頃なら数年掛かって稼ぐ額だ。流石都会は違う。


「(これなら少し送ってやれるな)」


 ニヤニヤが止まらない頬を引き締めるでもなく歩いていると、目の前を少年が走り去って行くのが目に入る。キョロキョロと辺りを見回しながら、何かを探すように通り過ぎて行く。歳頃でいうと、弟と同じくらいだろうか。

 都会ではあんなに小さな子供でもひとりでお使いに行くんだなぁと感心しながら、露店を見ながらフラフラと歩いた。


 装飾品を扱う店を見つけ立ち寄ると、女性物の髪飾りや首飾り、耳飾りなんかが大量に並べられている。「いらっしゃい」と声を掛けてくる親父に愛想よく笑い、キースは商品を眺める。

 いつも家の仕事に追われて化粧っ気の全くなかった母親と、「キースにいに」と後ろをついて歩いていた双子の妹を思い出す。

 母親にあげるなら髪飾りか耳飾りがいいかなと考える。水仕事の際、指輪を外しているのを見かけたから、腕輪やなんかだと煩わしいだろう。髪飾りとどちらにしようか少し悩んで、耳飾りにした。小さな石のついたシンプルなデザインだったが、派手な装飾を好まない母に似合うだろうと思った。

 妹達には色違いでお揃いの髪飾りを選んだ。前髪を挟んで留めるタイプの飾りなら、きっと自分たちでやりたがるだろうし、やれるだろうと思う。

 仲の良い二人の事だから、お互いにつけてあげたりなんかするかもしれない。

 そんな事を想像しながら、キースは三つ分のお代を払い、商品を受け取った。


 兄と弟には何がいいかと考えながら歩いていると、先程目の前を走り去った少年が向こうから歩いてくるのが見えた。お使いが上手くいかなかったのか、瞳を潤ませながらとぼとぼと歩いている。やっぱり一人なのが気になった。

 いつもなら気に留めないだろうが、家族の事を考えていたせいか妙に気に掛かる。普段ならそんな事は絶対にありえないが、軽くぶつかって声を掛けた。


「おっと、わり。大丈夫だった———」


 転びはしなかったもののふらりとよろけた少年は、キースと目が合うなりみるみる表情を歪めていく。そしてついにポロポロと大粒の涙を流し出した。


「え!? ちょっ…、ごめんて!! そんなに強くぶつかった!?」


 歯を食いしばり懸命に声を堪えて涙を流す少年は、小さく首を振りながらも肩を震わせている。道ゆく人々の視線を集め始めた事に焦ったキースは、少年を連れて近くのベンチへ座った。

 こんな時ログナなら、さりげなくハンカチを出して穏やかな声で話し掛けるのだろうが、あいにくそんな物は持ち歩かない。ずるずる鼻を啜りながら自分の服の袖で涙を拭う少年を、隣に座って只々見守る。本当の弟だったなら「また泣いてんのか」と放っておくが、今回はそうはいかないだろう。

 どうしたもんかと思いながら顔を上げ、近くに小さな屋台を見つけると、仕方なしに果実水ジュースを二人分買って一つを手渡した。


「ほら。これ飲んで落ち着け」


 少年の視線は明らかに果実水に注がれている。しかし、一向に受け取ろうとしない。「ほら」とばかりに差し出すも、小さく首を振って拒否されてしまった。


「母ちゃんに知らない人から物貰っちゃダメだって言われてるから」

「へぇ。坊主、ちゃんと言い付け守って偉いじゃん」


 素直に褒めてやると、少年は泣いたせいで赤くなった頬を緩め、はにかんだ笑顔を見せた。小さく「兄ちゃんだから」と呟き、目に溜まった涙を拭く。


「兄弟いるんだ。弟?」

「ううん、妹。今五つ。……母ちゃんと面倒見てやるって約束してたのに……」

「はぐれたのか」


 俯いて小さく頷く少年を見て、成程なと泣き出した理由が分かった。

 今日は母親と妹と三人で、パビリオの街に買い物に来ていたという。何軒か回るからと妹の面倒を頼まれていたのに、人混みに紛れて自分だけはぐれてしまったというのだ。心細い気持ちもあったのだろうが、約束を守れなかった悔しさがきっと大きかったのだろうと思った。自分にも経験のある事だ。


「坊主、名前は?」

「バルト」

「オレはキース。これでも冒険者」

「え!? 兄ちゃん冒険者なの!?」

「駆け出しだけどなー」


 バルトの瞳が嘘のようにキラキラと輝いている。この少年も幼かった頃の自分とまた同じなのだと嬉しく思う。


「バルトはこの辺詳しいか?」

「母ちゃんと何回か来てる」

「じゃぁ、探してる物あるから手伝ってくんない? オレも母ちゃんと妹探すの手伝うわ」

「え……でも……」

「折角大きな街に来たのに、冒険しないの勿体無いだろ?」


 ニヤリと笑みを深めるキースに、「冒険」と聞いた少年の顔に好奇心が芽生えて行くのを見た。そこにはさっきまでの不安は一切ない。

 キースはもう一度果実水の入ったカップを差し出す。まだ躊躇うバルトに畳み掛ける。


「おいおい、オレたちは今日一日パーティ組むんだぜ? 知らない仲じゃねぇだろ? それに冒険者は冒険前にしっかり準備をするもんだ。ちゃんと喉を潤しておかないと、楽しい冒険も楽しめねぇよ?」

「そうなの?」

「そうなの。だからさっさと飲んで、出発しようぜ」

「分かった。ありがと」


 そうして冒険の準備を整えた二人は、目当ての店を目指してベンチを出発したのだった。




 その後、バルトは無事母親と妹と合流を果たした。

 少年が案内してくれたのは、魔物素材を使った装飾品を扱う露店だ。バルトの村でも自分の装備の飾りにしたり、お洒落で身に付ける男子が多いのだという。確かに値段もさほど高くなく、珍しさから土産にも丁度良さそうだと思った。

 狼の魔獣の牙が特徴である揃いの腕輪を選んだところで、バルトを探す母親の声を聞き、無事に再会となったのだった。

「次に会った時は冒険譚を聞かせてやる」と言ったキースと指切りを交わし、バルトはしっかり妹の手を握って帰って行った。

 その姿を見送り、キースは郵便ギルドを目指して歩き出す。


「皆んな元気にしてっかなぁー」


 流石に帰りたいとまではならないが、故郷に残してきた家族に思いを馳せる。

「冒険者になる」と言ったキースに、母は最初酷く反対した。父親の二の舞にさせる訳にはいかないと、泣きながら断固として反対されてしまったのだ。それでも自分の夢を、友と誓い合った約束をどうしても果たしたくて、時間を掛けて説得した。

 そんなキースを後押ししてくれたのは兄弟達だ。兄貴は「家族は任せろ」と言ってくれたし、弟も「にいちゃんの活躍を楽しみにしてる」と言ってくれた。最初は泣いていた妹達も、「カッコイイにいにが好き」と応援してくれるようになり、ついに母も折れたのだ。


 冒険者になって初めて稼いだ金で買ったプレゼント。喜んでくれるだろうかと笑みを零し、キースは鼻歌まじりに通りを歩いた。

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