9—1
ログナ達三人が『海の家』や『夢遊の塔』で四苦八苦していた頃、アマンダはゴブリンの変異調査でパビリオ近くの村を訪れていた。
ログナ達が初の討伐依頼を受けた際の依頼主であった村だ。この村から上がっていたのはシュヴァ・ルーの被害報告だけだったが、周辺の村を詳しく調査したところ、農機具の紛失や窃盗といった被害があった事が分かった。
「アマンダが邂逅したゴブリンは、この一帯を縄張りにしていたみたいね」
村人からの証言を書き留めながら呟くように零したのは、パビリオの特務遂行係の一人マチルダ。アマンダ同様元冒険者で、今はカウンター業務を担う同僚である。
レオールとも長い付き合いで、彼がギルマスへ就任した頃からの古株だ。アマンダと並ぶと母娘のようにも映るが、レオール同様年齢からの衰えは一切感じさせない体躯と覇気の持ち主だ。
「あの時点でシュヴァ・ルーの討伐が受けられたのは幸運でした。もう少し遅ければ、村に危害が加わっていたかもしれませんから」
「そうね。あの子達に感謝だわ」
表情を変えないアマンダの代わりに、マチルダが口元を緩める。『あの子達』というのは、もちろんアマンダが専属の支援補助員になった例の新人三人組だ。
冒険者登録した初日に新人潰しの疑いがあった冒険者パーティに絡まれ、しかも捕縛に一役買ったというのは、ギルド職員の間で広く知れ渡っている。ついでにレオールのお気に入りだという事までセットになって広まっている。
「引きが良いんだか悪いんだか」
「逆に良いのかもしれません。滅多に出来ない経験ばかり積めているのですから」
呆れるように零れた台詞に、意外にもアマンダの感想は前向きだ。面倒事を引き受けたと後悔しているのではと思っていたマチルダは、意外そうにアマンダを見る。いつも無表情で他人に感情や考えを読ませないアマンダにしては、珍しく口角が上がっている。その事にも驚きを隠せなかった。
「何より彼らはこの仕事を楽しんでいます。誰よりも冒険者らしい冒険者かもしれません」
「(笑ってる……あのアマンダが……)」
「現地の調査班と合流しましょう。何か進展があるといいのですが」
「え? ええ……そうね」
他人には酷く分かりにくい表情の変化は、すぐに元に戻される。もう十年来の付き合いだ。些細な変化に気付けるくらいには一緒に過ごして来た。
マチルダは先に歩き出す同僚の後ろ姿をまじまじと眺めた。
『大物新人が現れた』
その噂は『アマンダもお気に入り』という文言を付け加えて、再びギルド職員の間を駆け巡る事になる。
◇ ◇ ◇
『夢遊の塔』をクリアした翌朝、朝食を摂る三人の姿が宿の食堂にあった。太陽はとっくに顔を出し、冒険者ギルドだったなら忙しい時間が過ぎ去り、職員達が各々の仕事に取り掛かる時間である。
朝にめっぽう強い筈の三人にしては珍しく遅い朝食だった。
「おやおやあんた達! 朝からなんて顔してんだい!?」
食事を運んで来た女将が順番に三人の顔を眺めていく。いつもは朝から元気いっぱいの彼らは、一様に疲れた表情をしていたのだ。
「いやぁ……変な夢見て寝覚め悪りぃのなんのって……」
「オレも……」
「え、二人も? オレもなんだけど……」
三人揃って顔を見合わせる青年達に、女将は豪快に笑いながら朝食のプレートを配っていく。
「三人して可笑しな夢見たって? 羊の呪いじゃないのかい?」
「「「え!?」」」
再び同じ顔をして女将を見た三人を豪快に笑うと、「冗談さね」と厨房へ戻って行った。
そんな女将の背中を三人で見送り、再び顔を見合わせる。三人が三人とも懐疑的な表情を浮かべている。
「本当に呪いだったらどうしよ……」
「まさか……たまたまだろ?」
「取り敢えず、早く食べてドワーフのオヤジさんとこ行こうか」
「そうだな」
ログナが武器屋の親父の話を持ち出した事で、話題はすぐに武器の強化の方へと移っていく。話している内に早く強化してもらいたい気持ちが大きくなった三人は、女将の美味しい朝食を味わいながらも急いで平らげた。
そうして準備を整え宿を出る頃には、三人が全く同じ夢を見ていたという怪奇現象について、すっかり忘れていたのであった。
もう既に見慣れた店の看板を一瞥し、キースが開けた扉を三人で潜る。
相変わらずシンプルな店内の奥にあるこじんまりとしたカウンターで、小柄ながらムキムキの店主が剣を磨いている。小さく「いらっしゃい」と言った親父は、入って来た客がログナ達だと気がつくと僅かに瞠目した。
「おっちゃん! 素材集めて来たぜ!!」
「何ぃ! もうか?」
驚きの声を上げる店主に、得意気な顔のキースが素材の入った袋をカウンターへと置いた。袋に入り切らなかった闇光貝の貝殻だけは、空間魔法から直接取り出してカウンター横へ。ずっしりと重そうな袋と規格外な貝殻に、親父の目がますます開いていく。
素材の話をして僅か数日で全て集めて来た事に、正直言って驚いたのだ。せいぜい一週間は掛かるだろうと見込んでいた。
初級の迷宮とは言え、全くの初心者からしてみれば難易度は高い方だ。親父にしてみれば、嬉しい誤算だ。
「確認をお願いします」
ログナに促され、親父が袋の中身を改める。シュヴァ・ルーの角だけは傷が多くてギリギリのラインだったが、それ以外は何の問題も無い。
むしろ亜魔蛙の粘液が大量すぎてビビったくらいだ。しかもきちんと内臓に入った状態で瓶詰めされている為、品質としては最高級と言える。
「この角だけはアレだが、他は良い素材だ。問題なかろう。粘液は余り分を買い取らせてくれ!」
ログナ達ももし余りが出るなら売りに出そうと考えていた為、親父の申し出は有り難い限りだ。「是非お願いします」と口を開き掛けたログナを、キースが待てと言わんばかりに押しのける。その瞳がギラついているのを、ログナもクラインも見逃さなかった。
「おっさん!! それ取るのにオレらがどんだけ苦労したか分かる?」
「む?」
「女将さんに借りたタオルダメにしちゃって、無茶苦茶怒られたんだから!!」
「むむ」
「巨大貝に喰われるトコだったし、羊のせいで悪夢みて寝不足なんだから!!」
「むぅー」
「ちゃんと危険手当分上乗せしてくれんだろーな」
「……分かった。武器の強化代は要らん!! それでどうじゃ!!」
「乗ったぁ!!」
「キース、生き生きしてんな」
「そうだね。今度から交渉は全部キースに任せようか」
こうして(主にキースが)苦労した分は取り戻したのだった。
「これはまた随分派手にやったな」
武器を預ける為、カウンターに置いた時だ。クラインの槍を見た親父が補強され痛々しい姿になった先端を見ながら唸る。
巨大貝との戦闘で既に潰れヒビが入ってしまった本体は、もう補修が効かないと判断されてしまった。
「丁度良い素材が入ったところだから、それ使ってやる。もちろんその分も込みで良い」
強化には五日程掛かると言われ、了承して店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます