とりあえずの家

木古おうみ

とりあえずの家

 田舎のショッピングモールとかで店が潰れたとき、とりあえず仮置きでイベントコーナーが設置されることあるじゃないですか。

 キャラクターグッズのポップアップ店とか、銘品とか物産展とか。

 いつまでもテナントが入らないと結局ガチャガチャコーナーになったり。

 そういう家が地元にあったんですよ。



 店じゃなく家です。

 昔は何かしらの小売店だったらしいんですが、ちょうど自分が越して来たのと同時期に潰れたとか。

 田舎なんで普通は新店が建つまで時間がかかるんですが、その土地にはすぐ別の店が立つんです。


 やる気のないラーメン屋とか、早期退職した夫婦が趣味で始めたような雑貨屋とか。大して流行らないのですぐに潰れるんですよ。でも、また一ヶ月もしないうちに新しい店が立つんです。


 ただ、一時期キャバクラみたいなのができたときがあって、要はぼったくりバーなんですが、そこで経営者と揉めた客が撲殺事件を起こしちゃったらしいんですよ。

 田舎にあまりない事件だったので大騒ぎになったし、流石にしばらくはテナントが入りませんでした。

 いつまでもブルーシートのかかった店構えが事件当時のままで生々しかったですね。



 しばらくして、そこがカラスの溜まり場になってるって噂が出ました。

 確かに友人と通りかかったとき、ブルーシートから何羽ものカラスがバサバサ出てきたんです。

「ここ放置しておくとこんなことになっちゃうんだね」「近くに巣でもあるのか」「今までとりあえず何か店が建ってたから気づかなかったね」って話して。

 ひとりは「トリだけにとりあえずね」なんてろくでもないことを言ってました。



 流石にカラスたちが周りの飲み屋のゴミを漁ったりして迷惑なんで、対策を考えなきゃって、夜、町内会のひとが見回りを始めたんです。

 毎晩何人かで持ち回りで巡回してたんですが、その内、何組かのグループが「あそこに変な女のひとが棲みついてる」って言い出したんです。


 ホームレスだか知らないけど、汚れた真っ黒い服着た髪もボサボサの女のひとが出入りしてるって。その女がカラスに餌付けしてるんじゃないかって話になって、本格的に対策を立てようってことになりました。

 ただ気合いを入れて見回りに行くと、女のひとはいないらしいんですよね。ふらっと通りかかったひとが見かけるくらいで。



 そのうち、ネットカフェもカラオケもろくにないし、ゲームセンターも十時に閉まるような田舎なので、不良の学生があそこで肝試ししようって言い出したんです。

 ついでにホームレスの女にもちょっかいかけてやろうって意気込んでたらしいですね。


 ちょうど、うちの弟もそういう子たちとつるんでいて、下っ端なんでここで断ったら舐められるからと、度胸試しに参加したんです。

 自分は再三止めたんですけど聞かなくて。


 諦めて、せめて警察沙汰にならないといいなと思って待っていたら、夜十一時くらいに弟が帰ってきたんです。

 肝試しが始まってから三十分も経ってないんで、何かやらかしたんじゃないかと思って聞いたら、出て行くときとはまるで違う神妙な顔で首を振りました。

「何もやってないんだけど、あそこは行かない方がいいかもしれない」って。


 撲殺された店主の霊でも出たかって、弟が肝試しに行く前に言ってた言葉で揶揄ったら、「違う」って。

「あのブルーシートの中に黒い服の女がいたんだけど、ずっと蹲ってて。病気か何か知らないけど気持ち悪いなと思ってたら、仲間の何人かが女に近づいて。そうしたら、女の腹の下からバサバサってカラスが出てきて……」


 弟は自分で半信半疑って顔で付け足したんです。

「今思うと、卵をあっためてるような体勢だった」って。


 自殺の名所の心霊スポットなんか笑い飛ばして敢えて荒らしに行くような弟が真剣な顔して言うんです。反省したならもうこんなことやめて今日は早く寝なって言ったら、素直に寝室に向かいました。


 その夜、部屋の窓をコツコツ叩くような拳より硬い音が聞こえて目が覚めました。

 部屋は二階だし、風かと思って窓の外を見たら、窓枠のところに小さい卵が置いてあったんです。気色悪いからすぐ捨てましたよ。



 翌日、肝試しに行った不良の子たちの何人かが騒いだらしくて、近所でしばらく噂になっていました。

 それから間もなく、あの土地に家が立ったんです。

 便利でもないし、少し調べれば事件のことはわかるから、誰があんなところに家を建てるんだろうって話題になりました。


 ブルーシートが取り払われて出てきたのは、プレハブ小屋みたいな簡素な家でしたよ。家というより、工事現場の仮置きの事務所のようで、とりあえず建てましたって雰囲気でした。


 いつまでも入居者は来ないし、そもそも誰が建てたんだと思ったら、町内会の何人かがお金を出し合って土地を買ったらしいです。

 今でも誰も住んでいません。ごく稀に集会所や子どもの習い事の教室として使われるくらいで、ほとんど空き家みたいなものですよ。


 ただ、何となく皆わかっているので取り壊そうとは言い出しませんでした。

 誰かの所有地ってことにしておかないと、自分の巣だと思って、あれが住み着いちゃうんでしょうね。

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