第6話 サウンドブロック

「あ……そうだ。ちょうどよかった! これを見ていただきたいのですが……」


 中堅オークショニアは自分の机の上に置いておいたガベルを手に取り、ベテランオークショニアとオーナーに見せる。


「オーナー、ベテランさん、お忙しいところ申し訳ないのですが……昨日、ちょっと無理をさせたみたいで、ガベルの頭と柄の部分のつなぎが甘くなっているようなんですよ」

「そうなのですか?」

「ええ。サウンドブロックの方も、また傷がついてしまって……。悪化する前に、修繕にだしてよろしいでしょうか?」

「ああ……。昨日も色々とありましたからねえ。みなには無理をさせてしまったのですね」


 ザルダーズオーナーの目が遠くをさまよう。昨日のオークションを思い出しているようだ。

 振り返れば振り返るほど、一番、大変だったのはオーナーである自分だとは思うのだが、それは口にも態度にもださない。


「ベテランくん、ガベルの確認をお願いします」

「……音がおかしかったので、もしや、とは思っていたのですけどね。よく気がついてくれました。忙しくて確認できなかったので、助かります」


 渡されたガベルをベテランオークショニアは優しい手つきで観察する。


「ああ……。これは酷いですね。オーナー、チュウケンくんが言うように、ガベルもサウンドブロックも修繕が必要です」

「わかりました。前回の修繕は時間がかかりすぎましたからね……今ならどこが対応してくれるでしょうか?」

「ガベルはハマーの工房、サウンドブロックはグルーの工房にだそうと思っているのですが」


 会話がどんどん進むなか、疲労困憊状態のサウンドブロックは声も枯れ、叫ぶこともできず、コトの成り行きを見守るしかなかった。


 じっと……ただ、「ガベルとは一瞬でも離れたくない」という想いを込めて、決定権のあるベテランオークショニアとザルダーズオーナーを見つめる。


(俺たちは、原材料も同じ一本の木から産まれたし、同じニスで仕上げられたんだ! 同じ工房の、同じ職人の手で作られたんだ! ふたつでひとつ。一心同体。かけがえのない相棒なんだ! 離れ離れなんかになりたくない! お願いだ! 誰か! 誰か! 俺の声を聞いてくれ!)


 こんなにたくさんのヒトがいるというのに、自分の声は決して届かないというもどかしさに、サウンドブロックはふたたび涙ぐむ。


 オークションでは参加者を黙らせることができる無敵のサウンドブロックも、それ以外のシーンでは、ただの木の塊でしかない。

 なにもできない自分が悔しくて悔しくてたまらない。


 中堅オークショニアの言葉にオーナーが「では、そうしましょうか」と頷いた。


(え、ええええっっ。オーナー! 嘘だ! 嫌だ! ガベルをひとりにしたくない! いや、俺がひとりになりたくない! ガベルと離れたくないんだ!)


 ポロポロと涙がこぼれてくる。


 今までの生きてきた長さを基準にすると、修繕期間など、ほんの一瞬といってもいい。

 ちょっと我慢すれば終わる。

 瞬きするくらいの短い時間だ。


 でも、サウンドブロックはそのちょっとの別れに涙を流す。

 先月も離れ離れになってしまって……ガベルもだが、サウンドブロックも寂しく、虚しい時間を過ごしたのだ。


 ガベルは静かだった。反応がない。

 消耗が激しく、もう意識がほとんど消えかけているのだろう。


(ガベル! ガベル! 消えないでくれ!)


「依頼先の工房ですが、ネイルの工房に任せてはどうでしょうか?」

「え?」

「…………!」


 意外なベテランオークショニアの提案に、一同は互いの顔を見合わせる。


「ネイルの工房ですか?」


 オーナーの返事に迷いの色がにじむ。

 仕上がり評価では、ハマーの工房、グルーの工房に一歩およばずだったはずだ。


「新しいマイスターの腕がいいと聞いています。実際に修復した木彫品を何点か見てみたのですが、どれも素晴らしい仕事でした」

「試してみる……ということですか?」

「ええ。ガベルの修繕、サウンドブロックの傷消し、そして、二体の色のブレがでてきていますので、ニスの色合わせを依頼してみましょう」


 ガベルを見習いオークショニアに渡す。

 見習いオークショニアの手にあるガベルとサウンドブロックをオーナーはじっと見つめる。


「た、たしかに……。色にブレがでてきているような? いないような? 光の加減でしょうかね?」

「オーナー、揃いのものは揃いで扱うからこそ価値がたかまるのです。少しの小さなブレが、不協和音につながります。今のサウンドブロックは少々、機嫌が悪いようです。言葉遣いが汚くなっています」


 なるほど……とオーナーは頷いた。

 自分よりも長くザルダーズに在籍しているベテランオークショニアの言葉には重みがある。


 ときどき、彼は不思議なことを言うが、先代のオーナーより「ベテランオークショニアが不思議なことを言いだしたら、その忠告に従うこと」と何度も言われた。


 今がそのときなのだろう……。


「わかりました。ここ3連続、オークション自体が荒れましたからね。ガベルもサウンドブロックもよく耐えてくれました。よい機会です。ガベルとサウンドブロック、そして、収納箱も一緒にリフレッシュしてもらいましょうか」

「ありがとうございます。オーナー」

「いやいや。明日、わたしがネイルの工房に直接持参しますので、ミナライくんはその準備をお願いしますね」

「わかりました」

「ミナライくんは荷物持ちだから、スケジュール調整もしておいてくださいね」

「はい!」


 見習いオークショニアはぴょこんと頭を下げると、軽やかな足取りで2番の作業台へと向かっていった。

 嬉しそうにスキップしている。


「う……。す、すみません。指導不足です」


 中堅オークショニアが恭しい仕草で腰を折る。

 様々な世界の貴人を相手にするザルダーズのスタッフには、礼儀作法は必須だ。


「う――ん。まだまだ作法がなっていませんねぇ」

「そうですね。もう少し、落ち着きがでてくるまで、ダメでしょうね」


 老齢なオーナーとベテランオークショニアは楽しそうに笑い合うと、部屋の奥にある会議室へと向かっていった。

 

 ****


(やった! やったぞ! ガベル! 俺たち一緒に慰安旅行にいけるぞ! 絶対に、元気になろうな!)


 見習いオークショニアの手の中で、サウンドブロックは嬉しそうにカチャカチャと音を立てる。


 ガベルとサウンドブロック、そして収納箱は、見習いオークショニアの手で丁寧に優しく磨かれ、明日に備えて片付けられる。


 その間、ガベルはずっと無言だった。

 ただ静かに、ひっそりと、痛みに耐えている。


 不吉な予感が一瞬だけサウンドブロックを支配するが、慌ててソレを振り払う。


 負けるな!


 負けてたまるか!


 きっと、きっと、ガベルは元気になる。


 元気になってもらわないと困る。




 収納箱の中に収まると、サウンドブロックはどんどん冷たくなっていくガベルにすり寄る。




 きっと、きっと、ガベルは元気になる。


 そして、また、あの楽しいオークションで一緒に仕事をするんだ!



 次のオークションの日を夢にみつつ、サウンドブロックは眠りについた。

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[KAC20246]ガベルの受難?〜異世界オークションの舞台裏〜 のりのりの @morikurenorikure

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