第5話 ベテランオークショニア

「どうしましたか?」


 老齢のだが、張りのある男性の声が事務室に響く。

 空気が引き締まり、自然と背筋が伸びる。力のある声に、見習いオークショニアと中堅オークショニアは思わず動きを止めた。


 若手オークショニアも書類から目を上げ、声の主が立つ事務所の入り口へと視線を向ける。


「ベテランさん、あ、それから……オーナー。これはお見苦しいところを」


 中堅オークショニアは慌てて立ち上がると、パンパンとズボンについた埃を払う動作をしてみせる。

 掃除が行き届いた事務室の床上に埃が落ちていることはないのだが……。


「オーナー……。これはどこに置いたらいいんですか?」


 布に包まれた状態の絵画を抱え持つスタッフが、事務室の外からザルダーズのオーナーに声をかける。


「タルナーの風景画は、3番テーブル横でお願いします」


 オーナーに代わり、ベテランオークショニアがスタッフに指示をだす。


「残りの絵はどうしますか?」

「そうですね。とりあえず、5番テーブル横に」

「わかりました」


 数名のスタッフたちが布で梱包された絵を抱えて入室してくる。

 事務室は一気に賑やかになった。


「使用するのは第1会議室と第2会議室……だけでいいかな?」


 オーナーがベテランオークショニアに質問する。


「いえ、オーナーの考えている方法で、この量の絵を再鑑定するというのなら、第3会議室も確保しておいた方がよいでしょうね」

「そうですか。それでは、第1会議室から第3会議室を1室にして、絵画展示用にセッティングしておいてください。それから第4会議室は控えの間として使いましょうか」


 絵を運び終えたスタッフたちにオーナーが次の指示をだす。

 スタッフの動きがにわかに慌ただしくなる。


 今まで静かだった事務室が急に賑やかになった。たくさんの人たちが忙しそうに歩き回っている。


 昨日、賓客ルートを利用してオークションに参加した落札者から『第1待合室に贋作がある』という指摘を受けたことにより、昨夜からザルダーズのオークションハウスは大変な騒ぎになっていた。


 オーナーやベテランオークショニアは、この件について徹夜で対応していたようで、少しだけ……ほんの少しだけ、表情に疲れが見えている。


「大変だ!」


 見習いオークショニアは叫ぶと、備品が収納されている戸棚に向かい、扉を開ける。

 ライト付きルーペが入っている箱を取りだすと、中堅オークショニアのそばに急いで駆け寄る。


 早くサウンドブロックを見つけないと、誰かに踏まれたり、蹴られたりしては、サウンドブロックが可哀想だ。


「このライトで見えるのでしょうか?」

「やってみないことにはわからないからねぇ」


 箱の中から3つほどライト付きルーペを取り出すと、中堅オークショニアはスイッチをいれる。


「なにをしようとしているのですか?」


 忙しく動き回るスタッフたちを目で追いかけながら、ベテランオークショニアがふたりに問いかける。


「いえ、ちょっと……」


 言葉を濁しながら、中堅オークショニアがにへらと笑みを浮かべる。


「ふたりして収納箱をひっくり返してしまったんですよ。その拍子にサウンドブロックがどこかに転がっていったようですね」

「…………」


 若手オークショニアはそれだけを言うと、再び書類へと目を落とす。


「あはははは……」


 中堅オークショニアは頭をガシガシとかきながら、乾いた笑いを浮かべる。


「サウンドブロックなら、入り口のところにいましたよ」


 ベテランオークショニアが差し出した手には、サウンドブロックがあった。


「あ! 拾っていただいたんですね! ありがとうございます」

「よかった! なかなか見つからなくて、すごく心配したんだよ!」


 ベテランオークショニアからサウンドブロックを受け取った見習いオークショニアは優しい手つきで、サウンドブロックについていたホコリを払う仕草をする。


 もちろん、掃除が行き届いているので、サウンドブロックにホコリなどはついていない。


「見つかってよかった。新しい傷もついていないみたいです」

「それはよかった」


 中堅オークショニアと見習いオークショニアは顔を見合わせ、嬉しそうな笑みを浮かべる。


 心の底から喜びあうふたりを、ベテランオークショニアは目を細めて楽しげに眺めていた。

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