第4話 見習いオークショニア
「が、ガベル! ガベル! しっかりしろ! 生きてるか!」
「あ、ああ……な、なんとか……」
蚊がなくようなか細い返事に、サウンドブロックは滝のような涙を流す。
「ホント、酷い奴らだ! ガベルをこんなに傷つけて! 許さん!」
「サウンドブロック……オレは大丈夫じゃないけど、大丈夫だから、ちょ、ちょっと、静かに……して……。耳元で叫ばれると……あ、頭が……イタイ」
「が、ガベル!」
再び、意識を失ってしまったガベルに慌ててサウンドブロックが声をかけるが、返事はない。
「ガベルぅぅぅぅぅっ!」
静かになってしまったガベルに、サウンドブロックは驚き慌てる。
いまにも消えてしまいそうな気配に、涙が止まり、代わりに冷や汗がどっと吹き出す。
(まずい! やばい! 誰か! 誰か! このままだと、ガベルがただの木の木槌になってしまう! 嫌だ! そんなの嫌だ! 助けてくれ!)
オークションハンマーでなくなった木槌はどうなってしまうのか?
よい音で鳴ることができなくなる。
考えただけでも恐ろしい。
捨てられるのか?
暖炉の薪になってしまうのか?
ガベルはガタガタと収納箱の中で震え上がる。
****
「……それでは、チュウケンさん、ガベルは修繕にだせばいいんですね」
(なにいっ! ガベルを修繕にだすって? 俺! 俺! 俺はどうなるんだよ! 俺はどうなっちゃうんだよ!)
見習いオークショニアの言葉に、ガベルは驚きひっくり返りそうになる。
「そうだな――」
「サウンドブロックの方はどうされますか?」
(俺も連れていけ! 俺も一緒に連れていけ! ガベルをひとりにしないでくれ! 俺だ! 俺を! 俺もっ!)
ウンウン唸っているガベルにサウンドブロックが体当たりする。
ガベルが「あうぅっ」とかすかなうめき声をあげたが、動揺しているサウンドブロックは気づかない。
サウンドブロックの頭の中は、どうやったら、自分の声が、自分の希望が中堅オークショニアに伝わるのか……でいっぱい、いっぱいだった。
「サウンドブロックなぁ……。そうだなぁ……時間があれば」
(ないないないないないないないない! ないよ! ないよ! 時間なんてないからね! チュウケンは忙しいだろ! これから、贋作指摘のあった絵画の調査でめっちゃ忙しくなるじゃないか! 俺なんかを修繕しているヒマなんて、これっぽっちもないぞ! 自分のびっしりと埋まったスケジュール把握しているか? チュウケンはヒマじゃないんだぞ! 忙しいんだぞ! 働きすぎはよくないんだぞ! 俺も一緒に……ガベルと一緒に、セットで収納箱ごと修繕にだせ! こういうときの外注だ!)
「……贋作鑑定の依頼手配をしなきゃいけないからねぇ。時間がとれないなぁ。修繕は、外部に頼まないといけないか」
(やった!)
「わかりました。前回と同じところでしょうか?」
「そうだな……ガベルはハマーの工房、サウンドブロックはグルーの工房がいいかなぁ。ベテランさんにはわたしの方から伝えておくよ」
「わかりました」
(…………え?)
サウンドブロックの頭の中が真っ白になる。
(え? え? べつべつのところ……?)
「急いだ方がいいから、これから梱包の準備をしておいてくれるかな? ふたりの許可をとったら、すぐに発送できる状態にしておいて」
「はい!」
(はい? どういうこと?)
パタリと収納箱の蓋が閉じられる。
(いや、ちょ、ちょっと? チュウケンさん、いや、チュウケン様! そ、それはないだろ? 嘘だ! い、いやだあああああっっ!)
サウンドブロックはありったけの声で叫ぶ!
暴れる!
箱を揺らす!
「じゃあ、頼むよ。とりあえず、ガベルとサウンドブロック、それから発送用のケースは、2番の作業台に置いて、そこで作業してね」
「わかりました」
(わかりましたじゃね――っ! テメエら俺の声を聞け!)
中堅オークショニアの手から見習いオークショニアの手に収納箱が渡される瞬間、サウンドブロックは渾身の力を……持てるすべての想いをかけて、収納箱に体当たりをする。
「しまった!」
「あっ!」
収納箱が中堅オークショニアの手からすべり落ちる。
見習いオークショニアが反射的に箱をつかもうと手を伸ばすが、それも届かず、ガベルとサウンドブロックを入れている収納箱は派手な音をたてて、床の上に落ちた。
はずみで蓋が開き、ガベルとサウンドブロックが転がり出る。
打撃板はコロコロと床の上を転がっていく。
「ああっ! 箱が!」
「すまん! 手がすべった!」
中堅オークショニアは慌てて席を立ち上がると、収納箱とガベルを拾い上げる。
「大きな音をたてないでください。びっくりしましたよ。魂が宿っているというモノを、そんな風にぞんざいに扱っていいんですか?」
若手オークショニアの嫌味を中堅オークショニアは軽く聞き流し、転がっていったサウンドブロックの行方を追う。
「サウンドブロックはどこにいった?」
「たしか……こちらの方に転がっていったと思うのですが……」
見習いオークショニアと中堅オークショニアは身をかがめると、机や椅子の下を必死になって探す。
「見つかったか?」
「いえ、見当たりません」
「棚の下に転がり込んだのかな? 暗くてよく見えない」
ふたりが床上に這いつくばっていても、若手オークショニアは我関せずを貫き、己の作業を淡々とこなしている。
「方向的にはここらあたりだと思うんだけどなぁ。どこに隠れたんだ?」
「おかしいですね……」
「ミナライくん! ライト付きルーペを持ってきてくれるかな? それで、棚下を照らしてみよう」
「わかりました」
見習いオークショニアが立ち上がる。
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