第3話 中堅オークショニア
ふたりの表情の変化を注意深く観察しながら、中堅オークショニアは言葉を続ける。
「このガベルとサウンドブロックは、ザルダーズの創業時から使用されているモノだ。初代オーナーが、自ら探して買い求めた品だよ」
「はい。知っています」
そのくだりはベテランオークショニアからも、オーナーからも聞いている。
ザルダーズのスタッフなら全員が知っていることだ。
ドアノッカー、ベル、柱時計、砂時計、演台、シャンデリア、花瓶……創業時から変わらず、大事に、修繕しながら使われているザルダーズの調度品はたくさんある。
オークションハウスも当時のままの外観を保っている。
「ザルダーズはね、それらの調度品とともに今日までやってきたんだよ。やってこれたんだよ。いわば、『彼ら』は同士だ。共にオークションを運営する大切な仲間なんだよ」
「モノが仲間ですか?」
若手オークショニアの目に、嘲るような光が浮かんだ。
その光のゆらぎに気づきながらも、中堅オークショニアは淡々と言葉を続ける。
不快感をすぐに顔にだしていては、駆け引きを演出するオークショニアとしては未熟な部類にはいってしまう。
「そうだよ。このガベルとサウンドブロックは、わたしたちがオークションを滞りなく進めるためには、なくてはならないパートナーだよ」
「どのガベルとサウンドブロックでも同じではないですか? 新しいモノの方がよいと思います」
若手オークショニアのセリフに、サウンドブロックは怒り狂い、ガベルは泣き崩れる。
「そ、そんな。ひどいよ! オレたち、いい音をだそうと、一生懸命、がんばってるのにぃぃぃ!」
「ちくしょ――! コイツ嫌いだ! めちゃくちゃ嫌いだ! ガベルをこんなに泣かすなんて、許せない! 祟ってやる! 呪ってやる! 末代まで、ぜって――忘れないぞ! 絶対に、協力なんかしてやんね――からな! テメーなんか、オークショニアを名乗る資格なんてねぇっ! さっさと辞表をだしやがれ! 職員たちが認めても、俺はぜったいに認めないからなっ!」
若手オークショニアの主張に、中堅オークショニアは小さなため息を吐きだす。
(ああ……こいつもダメか)
ため息は嘆きとなる。
ワカテくんは、事務仕事は得意なようだから、補助スタッフであれば実力を発揮できるだろう。
だが、この若手オークショニアには、ザルダーズのオークショニアに一番必要な『魂』を持ち合わせていない。
モノの真贋を見極める『眼』。
モノの秘めたる声を聞き取る『耳』。
モノの歴史を読みとく『手』。
モノを探して見出す『鼻』。
だが、なによりも大事なものは、
モノの『魂』を知りたいと渇望しつづける『魂』。
だと、中堅オークショニアは、そのことを先代のオーナーより教わった。
残念ながら、いかに記憶力が優れ、美術品、骨董品に関する知識があろうとも、『魂』がなければ、ザルダーズに引き寄せられる品々を正しく評価し、次の所有者に引き渡する架け橋となることはできない。
近いうちに……おそらく、見習いオークショニアが舞台に立てるようになったら、若手オークショニアは補助スタッフに回されるだろう。
その屈辱に若手オークショニアが耐えることができるかが問題だ。
人事について判断するのはオーナーとベテランオークショニアだが……。ふたりであるなら、とうの昔に気づいているだろう。自分でも気づいたことだからだ。
ただ、このまま放置……というわけにもいかない。
普通の石であっても、ザルダーズが拾って磨き上げ、付加価値を与えれば、それは立派な宝玉となる。
それはモノもヒトも同じである。
一縷の望みがある限り、本人がソレを望まない限り、ザルダーズでは捨てるという選択肢はありえない。
己もオークショニアの端くれであるからして、後進の育成にもつとめなければならない。
ベテランオークショニアと呼ばれるには、ただ、オークションの進行が上手いだけではだめなのだ。
中堅オークショニアは、めんどくさいことに巻き込まれたなぁ……と思いつつも、平常心を保つ。
自分がミナライくんやワカテくんを試しているのと同時に、自分もまたベテランさんやオーナーに試されているのだ。
最後の警告をしよう。
これが若手オークショニアの『魂』に響いてくれたらよいのだが……と願いながら、中堅オークショニアは口を開いた。
「そうかい? だったらきみも、このコたちと同じように、『どのオークショニアでも同じだ』……と言われたいのかな? ちょっと、使えないからって、簡単に新しいモノと交換したらいい……って言われたいのかな?」
「…………」
「コトバというものはね、めぐりめぐって、己に還ってくるものだよ。とくに、わたしたちのように、長い時間をかけて慈しまれたモノに、新しい価値を与え、『コトバ』を操り、『魂』に訴えることを生業にしているモノは、『モノのタマシイ』も『コトバのタマシイ』も大事にしないといけないよ?」
「…………」
ワカテからは返事がない。
見習いオークショニアからも返事を聞くことはできなかったが、ミナライが力強く頷いたのは知っている。
「わかった! わかったよ! チュウケン! アンタが言いたいことは、あのアホなワカテに変わって、俺が理解してやった! チュウケンはすごくいいコトを言った! 感動した! モーレツに感動したぞ! 俺がしっかりと聞いてやった! だから、頼む! いい加減、ガベルを振り回すのはやめてくれ! 頼むから! アンタのためにいい音をだしてやるから! 頼む! 頼むからっ!」
ガベルは泣き止んだ。
いや、あまりにも振り回されすぎて気を失ってしまったようだ。
これ以上、振り回され続けたら、本当に頭がとれてしまう!
手持ち無沙汰なのかもしれないが、とりあえず、振り回すのだけはやめてくれ!
「わかりました」
若手オークショニアは机に向き直ると、事務処理を再開する。
「…………」
なにがわかったのかよくわからない返事に、中堅オークショニアは残念そうな表情を浮かべながら、ガベルを収納箱へしまった。
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