第2話 若手オークショニア

「すみません。わたしがガベルを落としたから……」


 若手オークショニアがふたりに謝罪する。書類に数字を書き写しているようだが、作業の手は止まらず、動かしたままでの謝罪だ。

 謝ってはいるが、気持ちがこもっていない。

 たかが木槌と打撃板に、そこまでオロオロするのは滑稽だ、とでも言いたげな態度である。

 見習いオークショニアには、若手オークショニアの謝罪は、表面上の薄っぺらい社交辞令に聞こえた。


 若手オークショニアのとってつけたような……とりあえず謝っておけばいいか、という態度に、見習いオークショニアは怒りを覚えた。

 でも、一番格下である自分には反論は許されず、ただ我慢することしかできない。


 我慢も――感情のコントロールも――オークショニアになるための修行のひとつであるらしい。


 が、サウンドブロックは違った。


「テメー! ワカテ! なに、シレっと開き直ってるんだ! ガベルが怪我したのは、テメーが、オークション中に、ガベルを床の上に落としたからだろうが! 反省しろっ! 反省! 土下座だ! 土下座! そんなんだから、テメーはいつまでたっても、中堅になれないんだよっ! 若手オークショニアのまんまなんだよ!」


 先月のオークションも、みんなから酷い扱い方をされた。

 だが、あれは……まあ、仕方がない部分もある。

 あれだけ会場が荒れてしまえば、オークショニアも大変だっただろう。


 しかし!

 昨日のオークションはなんだったんだ!


 サウンドブロックは若手オークショニアを睨みつける。

 声は聞こえないかもしれないが、怨念は送ることができるかもしれない。

 いや、絶対に送りつけてみせる!

 ガベルのためなら、『なんだってやってやる気満々!』のサウンドブロックである。


 それにだ、泣き止まないガベルをなぐさめてやりたいのに、中堅オークショニアはまだガベルを手に持っていじりたおしている。

 

 早く、早く! 一刻も早く、痛がっているガベルを自分が待つ収納箱に戻して欲しい!


 ガベルの傷ついている心と身体を癒すのは自分しかいないんだ! とサウンドブロックは、届かない声で思いっきり叫んだ。


 ****


「なあ……ミナライくん、それから、ワカテくん」

「はい!」

「なんですか?」


 中堅オークショニアはガベルを自分の手のひらでトントンと軽く打ちつけながら、見習いオークショニアと若手オークショニアの顔を交互に見比べる。


 ガベルの悲鳴は、サウンドブロックにしか聞こえない。

 その悲鳴はあまりにも痛々しく、弱々しくなっていく。


(なんて、俺は無力な打撃板なんだ! 打撃板失格だ!)


 苦しむ相棒のために、なにもできない自分に愕然とする。絶望に打ちひしがれ、ついにはサウンドブロックの目からも、大粒の涙がこぼれ落ちはじめた。


「た、頼む! 頼むから、いい加減、ガベルを開放してやってくれ!」


 サウンドブロックは、収納箱の中から涙ながらに訴える。


「きみたちは、このサウンドブロックとガベルを、ただの備品くらいにしか思っていないだろう?」

「あの……。コレは、ザルダーズの備品ですよ? 備品リストに記載されていますから、ザルダーズ所有の備品で間違いないです」


 若手オークショニアの返事に、中堅オークショニアは目を閉じ、軽く肩をすくめてみせる。


「備品か……。備品なんだから、いい加減、買い替えたらどうか、とか、替えのセットを用意しておかないのか……とかきみたちは思っているんだろうねぇ」

「はい。アクシデントに備えて、予備は必要だと思います。それがプロだと思います」


「えええええっっ。そんなぁっ!」


 ガベルの泣き声がいきなり大きくなる。


「お、俺たちをあっさりと捨てて、新しいセットを購入するだとぉっ! ふざけるな! ケツの青い若造がなにを偉そうにほざいてやがる! 俺たちは、ベテランよりも長い間、ココのオークションを仕切ってきたんだぜ! オーナーよりも長生きしてるんだ! テメーにはない『重厚なレキシ』ってもんが、俺たちにはあるんだぜ! 俺たちが鳴らないとオークションは始まらないし、終了もしないんだぞ! わかってんのか!」


 サウンドブロックが収納箱の中でガタガタと暴れる。


「ワカテくん、オークショニアがそのような考え……心構えではだめだよ」

「どういう意味でしょうか?」


 若手オークショニアが挑むような目で中堅オークショニアへと向き直る。

 見習いオークショニアは無言で、ふたりのやりとりを見守っていた。


「モノには魂が宿っているのだよ」

「タマシイ……ですか?」


 このひとは、こんな真っ昼間からなにをいいだすんだ?――と、若手オークショニアは心の中だけで続きのセリフを吐く。


 そもそも、この中堅オークショニアは、偉そうな態度で自分に接してくるし、服装もだらしなくて、若手オークショニアは内心では苦々しく思っていた。


 高貴な人々を相手にするザルダーズは、色々な面で厳しい決まり事があった。

 担当部門や役職に応じて、服装も細かに決められており、それにのっとった制服が支給されている。


 オークショニアたちも自分の階級にあった制服を毎日きちんと着ている。


 であるのに、中堅オークショニアは、今日のような外向きの営業がない日は、ネクタイを外し、ジャケットは未着用。シャツの第一、第二ボタンは外し、腕まくりをしている。

 風紀の乱れだ。

 なのに、ベテランオークショニアもオーナーも中堅オークショニアの服装について注意しない。


 自分たちには、ネクタイが歪んでいるだの、ジャケットにシワがついているだのと煩いのに、だ!


「チュウケンさんは、モノには意思があるとおっしゃりたいのですか?」

「そうだよ。ワカテくん。わたしたちザルダーズのオークショニアは、『魂』が宿った大切な品を預かり、扱っている。ひとつ、ひとつの品を丁寧に、ひとつ、ひとつの品にある『魂』を見極める目を持たないことには、ザルダーズのオークショニアにはなれないよ」

「はあ?」


 強く頷いている見習いオークショニアと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる若手オークショニア。

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