[KAC20246]ガベルの受難?〜異世界オークションの舞台裏〜

のりのりの

第1話 ガベル

「ううう……。痛い! 痛い! 痛いよお――っ」

「ガベル! 大丈夫かっ!」

「い、痛い! 痛い! 痛い! やめて! 助けて、サウンドブロックう――っ!」

「おいっ! ゴラッ! チュウケン! もっと優しく扱えってんだ! 俺のガベルがめちゃくちゃ痛がっているじゃねえかっ!」


 サウンドブロックが中堅オークショニアに向かって吠えまくるが、当然ながら種族が違うので、どんなに頑張ってもサウンドブロックの声は、中堅オークショニアには届かない。

 仮に声が聞こえたとしても、サウンドブロックのコトバは、異国の言葉を聞き取るよりも難しいだろう。


 もちろん、ガベルが昨晩からずっと泣きじゃくっているのも、この鈍感な中堅オークショニアは気づいていない……。


 ****


 ここはザルダーズのオークションハウスの一室。

 オークショニアたちが事務作業や出品物の確認を行うための部屋だ。


 整理整頓された中堅オークショニアの事務机の上には、サウンドブロックが入った収納箱がぽつんと置かれていた。


 ガベルは……中堅オークショニアが握っている。

 握っているというか、ぶるんぶるん振り回している。


 中堅オークショニアの隣の席では、若いオークショニアが、しかめっ面で昨日のオークション結果の事務整理をしていた。


 ザルダーズのオークションは月に一度しか開催されない。

 では、オークションがない日は、オークショニアたちはぶらぶらとしているのかというと、そうではなかった。

 出品物の様々なチェックをしたり、目録を整理したり、出品できるものはないか探し回ったりと、とても忙しい毎日を送っている。


 オークションが終わったからといって、のんびりとはしていられない。次回以降のオークションに向けての準備を行わなければならないのだ。常に忙しい身分だ。


 オークショニアたちの事務室は様々な道具や資料で溢れかえっていたが、出品物のチェックも行うので、作業用スペースは広くとられている。おまけに、すっきりと片付けられている。

 たくさんのモノがあるというのに、がらんとした印象さえある部屋だ。


 昨日のオークションは……とても大変だった。


 最初の出品物に対して、開始早々いきなり億の声がかかったのである。


 前代未聞のトンデモ展開に会場は騒然となるし、貴賓席にいた入札者の姿を見た御婦人が次々と気絶するわ……で、オークションは大混乱となった。


 その騒ぎをなんとか鎮めようと若手オークショニアはガベルを振り上げたのだが、トンデモ金額に度肝を抜かれていた、若手オークショニアは手を滑らせ、ガベルを取り落とすという大失態を犯してしまったのである。


 ガベルは勢いがついた状態で床の上に落ち、何度も跳ね返りながらオークション参加者の足元に転がっていった。


 補助についているスタッフが慌てて拾いに走り、オークションはとりあえず継続されたが、ガベルは無理がたたったようで、柄と頭の繋ぎ部分にガタがきたようだ。


 ガベルはオークション終了時からずっと「痛い、痛い」と言い続け、真夜中あたりからシクシクと泣きはじめたのである。


 ガベルとサウンドブロックのメンテナンスを任されている見習いオークショニアがガベルの異変に気づき、オークション終了の翌日――つまり今日――、ガベルの状態を中堅オークショニアに報告した……という流れだ。


 ****


「チュウケンさん、どうでしょうか? ガベルは治せそうですか?」


 見習いオークショニアが、身を乗り出して質問する。


「う――ん。サウンドブロックの傷の方は、私でも修復できそうだけど、ガベルは無理だねぇ。ベテランさんも忙しいし。これは……修復師に依頼した方がいいねぇ」

 

 ザルダーズの中堅オークショニアはそう答えながら、ガベル――オークションで使われる木槌――のゆるみかけた持ち手を動かす。


「いいいい、痛いっ! いやだ――! やめてぇぇぇぇっ! 裂ける! 抜ける! 抜けちゃうからあっっっ! ソレ以上は、お願いだからやめてぇぇぇっ!」

「が、ガベルぅ!」


 ガベルがぽろぽろと大粒の涙をこぼす。

 さらに、ぶんぶんと手首のスナップをきかせて激しく振り回されて、ガベルは目を回しながらも泣きまくる。


 中堅オークショニアは「ほら、振り上げると、頭の部分がこうして、ガタガタ揺れるだろ? 頭が外れるのも時間の問題だ」とかいったことを、実際に見せながら見習いオークショニアに説明している。


 ガベルの悲鳴が事務室内に響き渡るが、それに反応するのはサウンドブロックのみ。


「また……修理ですか?」


 見習いオークショニアの声が沈む。

 ザルダーズが懇意にしている修復師たちは、腕はよいのだが、色々と気難しいところがあって、やりとりに気苦労が絶えない。

 ヘソを曲げられると、それこそ納期に間に合わなくなってしまうので、ご機嫌取りが大変なのだ。


 これで仕事のデキが悪ければ、別の修復師に頼めるのだが、仕上がりは完璧、ときには完璧以上のモノが戻ってくるので、オーナーも付き合いをやめようとはしない。


 まあ、そのあたりの部分もコミコミでスケジュールを組み立てて、修復師と交渉していかないといけないのだが、見習いオークショニアには難易度の高い仕事だった。


 マイスターはもちろんだが、徒弟までもが、見習いオークショニアを小馬鹿にして、いろいろと嫌がらせのような意地悪をしたり、嫌味を言ってくるのだ。

 

 先月、サウンドブロック――打撃板――を修理に出したときも、ギリギリまで時間がかかった。納品を催促すると怒られるし、放置していたらベテランオークショニアから注意されるし……とてもヤキモキしたものである。


 それがまた、今月も繰り返されるのだ、と思うと、見習いオークショニアの心は重く沈んだ。

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