才の屋鳥
空峯千代
あの鳥だけは特別だから
「会社の後輩にペットの文鳥世話してほしいって頼まれたんだけど」
会社の後輩、江ノ島さんが沖縄旅行に行くらしい。
そこで、旅行の間に飼っている文鳥を一日だけ預かってくれないかと頼まれたのだ。
「預かってもいい?」
「…僕はかまわないけど」
すぐに返ってきた承諾。
ただ、微妙に歯切れの悪い返事に思えてならなかった。
「才、本当に言いたいことは隠さないで。頼むから」
才の顔を真正面から見て、目を合わせる。
こういう時に、引け目を感じて遠慮してほしくはない。
「…ごめん。実は苦手なんだ、鳥」
そっか。それじゃあ、断るね。
そう言おうとして、才が言葉を遮る。
「でも大丈夫。克服する」
「ん?」
「慣れればいけると思う」
才は長らくつけることのなかったテレビの電源を入れた。
そして、映画やドラマのサブスクに繋げ、アニマルプラネット系の作品を流し始める。
タイトルは『素晴らしきトリの世界』だった。
「羽の模様とか顔のパーツをよく見なければいけるんだよ、たぶん」
才は、少し唇を尖らせてテレビ画面を見てる。
彼曰く「薄目にして見ればきっと大丈夫」とのことだった。
「ほんとに無理しなくていいんだよ?」
隣の反応を伺ってみるも、効果はなさそうだ。
まだ才はきゅっと目を細めて、苦手な鳥をあまり見えないように見ようと模索している。
「僕のことで、宝に迷惑かけたくないから」
迷惑なんて思ってもないのに。
向こうも「本当にダメならいいので」と言っていたし、断ってもよかった。
けれど、画面に映る極彩色の鳥たちを見る才があまりにも真剣で。
これ以上言い聞かせようとすること自体が野暮だと思った。
才の隣でスマホを取り出して、Googleを開く。
調べてみると、この映像はあと二時間くらいありそうだった。
となると。
夕食の時間が来るから…動画が終わったら買い出し、その後に支度。
冷蔵庫に余ってるにんじんがあるから使いたいな。
シチュー…いや、カレー?
目では世界の景色と鳥、頭では夕食のメニュー。
スケールの違うそれぞれを別々に処理していたら、静かな寝息が聞こえてきた。
隣を見ると、才が気持ちよさそうに寝ている。
「……あ、江ノ島さん? 休日にごめんね。文鳥のことなんだけど」
画面にスタッフロールが流れて、ようやく才を起こす。
「才、動画終わったよ」
「え…?」
まだ寝起きでふわふわしているようだ。
目がうまく開いていない。
「あとね。鳥の件、断ろうとしたら「やっぱり母が預かってくれることになりました」だって」
なるべく無難な言い方になるように伝える。
才はやはり寝起きの状態で「うん、そっか」と答えるだけだった。
「とりあえず、買い物行こうか」
軽く折りたたまれた毛布がソファに置かれる。
才のリアクションは意外とあっさりだ。
玄関を出て、前を歩く才の隣に並ぶ。
「鳥、苦手だけどさ」
「うん」
「この時間に外出ると、屋根にカラスがいるでしょ」
言われて、家の方向に振り返る。
たしかに屋根の上では一羽のカラスがぴょこぴょこ跳ねていた。
「買い物行く前に見えるあのカラスだけは、苦手じゃないよ」
才もあのカラスに視線を注いでいる。
数時間前は薄目で極彩色の鳥を見ていたのに、今はしっかりと見開かれていた。
才の屋鳥 空峯千代 @niconico_chiyo1125
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