【KAC20246】二枚の青い鳥

白原碧人

第1話 二枚の青い鳥


 「なに、黄昏てんのよ」


 人がまばらな教室でぼーっとしていると、挨拶を飛ばして本題をぶつけられる。


「黄昏てねぇよ、外見てるだけ」

「黄昏てる自覚があるから、返答したんじゃない?あんたに話しかけたとは限らなかったわけだし」


 そういわれて嫌味な奴だなと思いながら視線を教室に戻すと一本取ったりといった表情で幼馴染兼クラスメイトの喬林菜々実たかばやしななみがこちらを見ている。別にこんなやり取りは珍しいことじゃないし。いちいち相手にしていると気が持たないので特に何も言わず、視線を外に戻す。


「ねぇ、何見てんの?無視しないでよ、怒った?怒ってるの?」


 菜々実は無視されるのが気に入らないのかしつこく話しかけてくる上に肩を掴み揺さぶってくる。それでも反応してはいけないと頑張って無視を続ける。


「無視するなんてひどい!幼馴染なのに!隼汰しゅんたに!隼汰に嫌われたら私はこれからどうしたらいいのよ!」


 わざとらしくその場にしゃがみ込み、すがるような姿勢で泣く演技をする。菜々実の声の大きさに視線が集まる。一部の人間はまたか、といった様子でクスクス笑っている。


「わかったからやめろって、鳥だよ、鳥。」

「鳥?文化祭で展示する写真部の題材?」

「いや、今日のラッキーアイテムが青い鳥だったから」

「ってことは私もか……」

「まぁ、そうだな」


 菜々実とは誕生月が一緒で、朝のニュースの誕生日占いを欠かさず見ていることを知っているので、占いの結果は同じになる。青い鳥どころか、鳥類が全く見当たらない風景を眺め続ける。


「じゃあさ、探しにいく?」

「は?」

「青い鳥、ついでに文化祭用の写真撮ればいいじゃん」


 まさかの提案。たしかに写真はどこかのタイミングで撮らなければいけないし、写真部の活動なんてあってないようなもの自分のタイミングで探しに行くのはありな気がした。視線を戻し幼馴染に一言。


「行く」

「じゃ、放課後ね」


 さすが幼馴染、あっさりしている。男女で出かけるなんて端から見ればデートなのに全く特別な感じがしない。別にそんなことを望んでいるわけではないのだが、そもそもなぜ菜々実は青い鳥を探しに行こうなんて言い出したのかわからない。とりあえず放課後までに地元で青い鳥を見れる場所を探さないと、と思いながらまた視線を外に戻した。



「おまたせー、待った?」

「いや、そんなに」


 正門の柱によりかかり、カメラのファインダーを越しに見える幼馴染はおどけた様子でしっかりポーズを決める。正直に言えば菜々実の容姿整っているし、学内でも人気がある。写真のモデルとしてはこれ以上ないと言っても差し支えない。とりあえずカメラのシャッターを押す。


「可愛く撮れた?」


 肩越しにのぞき込んでくる菜々実に思うことはこいつは距離感が近すぎる。そのせいで勘違いする男がどれほどいるか。本人にはその自覚がないから厄介である。心底幼馴染でよかったと思う。


「現像したら送るよ」


 一言返答して歩き出す。


「どこいくの?」

「裏山の展望公園のあたりに行こうと思ってる。」

「あ~!懐かしい!子供の頃よくいったよね~。どっちが先に頂上に着くか勝負したの覚えてる?いっつも私の勝ちだったけどね!」

「まぁ、一応覚えてるよ」


 女子に負け続けた苦い思い出、一度も勝てなかった。スポーツも勉強も菜々実に勝てたことはない。


「久々に勝負する?」

「いいよ、勝てないから」

「え~、隼汰、おもしろくな~い」


 展望公園に続く山の入口に到着する。山と言ってもハイキングコースとして整備されているので子供からお年寄りまで利用者は多く、そこまで大変な道のりではない。


「全然変わってない!すごーい!」


 一人で盛り上がる菜々実を置いて登り始める。俺は写真部の活動でたまにだが来ることがあった。ただ、今まで青い鳥を見かけたことはなく、調べた情報が正しいのか疑問におもう。季節によるのだろうか。

 上り始めると隣でスマートフォンのシャッター音がなっている。花がかわいいとか、木漏れ日が綺麗とか、雲が動物の形に見えるとか正直、自分なんかよりもよっぽど写真に向いてるんじゃないかと思って少し悔しくなる。


「なぁ、なんで鳥なんか探しに来たの?」


 唐突に疑問に思っていたことを聞く。


「気晴らしかな~、あと隼汰も暇そうだったし、迷惑だった?」

「いや、全然そんなことないけど」

「ならよかった、あそこでちょっと休憩ね」


 指さす差はハイキングコースの真ん中あたりにある休憩所。ベンチやテーブルが置いてあり、休日は小さな子供連れが弁当をもってピクニックをしているのをよく目にする。


「つかれた~」


 屋根付きのベンチに腰を下ろすと靴を脱いで完全に休憩モードだった。足が疲れたから帰るとか言い出しかねないので、このあたりで青い鳥を探してみる。ただ道中では全くその姿を見つけることはできなかったので希望は薄い。


「写真とってくるから荷物よろしく」

「わかった」


 あたりを少しあるくと、地面を歩くハクセキレイや、シジュウカラ、空を大きく旋回するトビなどを撮影することはできたが、青い鳥は見つけることはできなかった。

 菜々実を待たせているので休憩所の端にある自販機で飲み物をかって戻ることにした。


「ごめん、待たせた」


 そういってテーブルの上に紙パックのイチゴミルクを置く。


「うわー!まだあったんだ!小さいころよく飲んだよね!私がイチゴで翔太は」

「コーヒー牛乳な」


 俺はここぞとばかりに手に持ったコーヒー牛乳を目の前に掲げる。


「そうそう!それ!」


 そこから懐かしの味を堪能しながら昔の話をした。意外と昔のことも覚えているもので予定より話し込んでしまった。まだそこまで日は落ちてないが休憩所から山頂へはもう少し歩かなければならないのでここで引き返すべきか悩む。

 話しているときに菜々実が足を気にしており、靴擦れで赤くなっているのが見えた。


「そろそろ戻るか」


 たまたま見た占いのためにそこまで頑張る必要もないので帰ることを提案した。


「なんで?」

「なんでって、足痛いんだろ?ローファーなんかで来るからだぞ」

「しょうがないじゃん、急に決めたんだから。でも、ここまで来たら上まで行きたいよ」


 きっとここで無理やり帰ろうとすると口論になるのは今までの経験から予測できた。覚悟を決め、ため息をついてから一言。


「じゃあ行くか」


 菜々実は笑顔になり、残ったイチゴミルクを飲みほした。とりあえず出発する前に、鞄に入れていた絆創膏を渡して気休め程度の応急処置をして山頂を目指す。


「ごめんね、鞄もってもらって」

「別にいいよ」


 会話もなく淡々と進んでいたが、疲れなのか、足の痛みなのか、菜々実と距離が開くようになってきた。置いていくわけにはいかないので足を止める。その時が鳥を探し写真をとる時間になっていた。休憩の意味もかねてその場で撮影した写真をみたり、その場で見つけたものについて話したりしてからまた歩き出す。山頂までももう少し。


「翔太ってさ、モテるの?」

「なんだよ急に、モテるわけないだろ?」

「私はモテるよ?」

「知ってるよ。正直うらやましい」

 

 あまり気乗りのしない話題だったが、無言が続くより良かった。それにこの手の話題なら女子も楽しめるだろうし。ただ話したくてもこちらに話を広げるためのネタがほとんどないことが心配だ。


「隼汰、やさしいからモテそうなのにね」

「そこまでいうならだれか紹介してくれよ」

「じゃあ好きな人かタイプは?」

「特にないかな。好きになってくれた人を好きになるよ」

「そっか、そうなんだ」

「また詰まんない奴とか思っただろ」

「違う、そんなんじゃないって、あ、見えたよ頂上!」


 話をごまかされたがやっと頂上についた。話しているとあっという間だった。展望公園の先端、一番眺めの良い拓けた場所から周囲にカメラを向ける。似たような鳥しか見つからず青い鳥が見つかる気配はない。

 隣では、すごい、可愛い、懐かしい、と言いながらシャッターを切り続けている。公園を一周してみたが結局成果は出ず帰りのことを考えて提案する。


「そろそろ帰ろうか」

「もういいの?」

「青い鳥は見つからなかったけど文化祭用の写真は撮れたからね」

「そうなんだ。わたしは青い鳥見つけたけどね」

「は?そういうことは早くいえよ。どこ!?どこにいた!?」


 俺は慌てて菜々実の向いている方向にカメラを向けるが青い鳥は見つからない。


「わかんないの?」


 そういうとななみは俺を引っ張り腕を組んだ。カメラを構えていたところを引っ張られたのでバランスを崩し転びそうになる。


「おい、急にあぶないって」

「ほら、カメラ見て」


 菜々実はもう片方の手を伸ばし携帯のカメラで二人の写真を撮影した。撮影した写真を確認すると満足そうに見せつけてくる。そこには笑みを浮かべる菜々実と驚いたような表情の自分が映っていた。


「ほら」

「ほらってなんだよ」

「青い鳥」

「まじ!?」


 目の前の手から携帯を取って写真の隅々まで確認するが青い鳥はどこにも映っていなかった。

 結局、俺は最後まで青い鳥を見つけることができず諦めて帰ることを決めた。

 菜々実と手を取り合えず、俺だけ青い鳥に会えず残念ではあったが、とりあえず、菜々実は青い鳥を見つけたと言って満足そうなので、その点は良かったと思う。俺も久々に楽しいと思える時間だった。

 久々に幼馴染と二人きりで出かけて、幼少期の頃を思い出した。男も女も関係なく、ただ“楽しい”だけが基準だったあの頃。毎日が幸せだったあの頃。何が変わってしまったのか。目の前を楽しそうに軽やかなリズムで歩く幼馴染を見ていて、自分に欠けていたものに気づいた。

 俺はとっくに青い鳥を見つけていたのかもしれない。ただ、近すぎて、当たり前すぎて見えなくなっていた。

 先を歩いていた小さな後ろ姿が振り返り手を振っている。


「隼汰~、おいてくよー」

 

 俺は目の前で笑う青い鳥に向かってシャッターボタンを押した。

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