咲良とトリあえず

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

「あ、見て! トリ、トリ!」

 小さい子、咲良さくらが空を指差す。青空に浮かぶ白いブーメラン。遠くにいても、随分、騒がしい。

「白鳥だね。咲良は、飛来地に行ったことある?」

「ひらい…。何?」

 大げさに、首を傾げる。

「ほら。キャンプ場の近くの…。池? に、白鳥や鴨がたくさんいて。確か柵とかライトとか白鳥の形になってた気がする。で、あったかいこんにゃくに、味噌つけたのが売ってるはず」

「こんにゃく、食べたいなあ」

 咲良が、はふはふする。

「それじゃあ、今度、石矢いしや君に車出してもらおうか」

「うん。……。白鳥見ながら、こんにゃく食べるの?」

 今度は、反対側に首をやる。

「昔はね、白鳥に食パンあげてたんだよ」

「え、テレビでだめだよって言ってたよ」

 その通りなのである。

「そう。今はだめ。鳥インフルエンザにかからないようにね。でも、昔は、食パンの耳を小さく切ったやつを白鳥にあげていたんだよ。大体、鴨に食べられるけど」

 咲良は、複雑な表情をして、下を向いた。覗き込む。

「あのさあ、それって、次の年に来たら急に食パンくれなくなったんでしょ」

「うん、そうだね」

 咲良は、深く息を吐いた。

「白鳥や鴨は、遠くからわざわざ来たんでしょ」

「うん」

 頷く。

「それって、食パンに会えなかった子供が、自分の親を嘘つきだって思わないかなあ」

 頭をなでてやる。

「大丈夫だよ。きっとトリさんたちは、食パン目当てではないよ。あの池には、他にもたくさん美味しいごはんがあると知っているから、来るんだと思うよ」

 それに、食パンはトリのおやつだよと付け加える。

「そっかあ…。ごはんがあれば、おやつはいらないか」

「そうそう」

 咲良は、笑った。


 *


 咲良は、煩悶していた。

「どうしたの、咲良」

「咲良、石矢のお兄ちゃんと紫織しおりお姉ちゃんの赤ちゃんには会いたいの。でも、お姉ちゃんをお兄ちゃんにはとられたくないの。意味わかる?」

 つまり、欲しいのは子種だけだと…。いや、具体的に咲良がそう思っているとかではなくて。

「あのね、咲良。十二単って知ってる? 昔の日本のお姫さまが、何枚もきれいな着物を重ねてるの」

「あ、かぐや姫?」

「そう。あれって、かぐや姫に男の人が自分と結婚して下さいって頼む話でしょ」

 咲良の目が、らんらんと輝いている。

「あの頃と今の結婚は違うものなんだよ。通い婚と言って、結婚しても女の人は今までの家にいる」

「えっ?」

 歓喜の叫び。

「男の人は、たまに女の人の家に遊びに行くだけ」

「それ! それが良いよ!」

 さすがに、咲良と呉紫織くれしおりは取り合えない。






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咲良とトリあえず 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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