スピリッツ荘の怪事件 解決編
嶌津三蔵…………………………代筆屋兼書道家
嶌津椿………………………………三蔵の従妹
野崎建男…………………………風ノ森高校一年生
相沢嶺二…………………………(同上)
美依清………………………………書道家
江伊昌平……………………………(同上)
出井口トキ枝……………………(同上)。〈日高書道連盟〉幹部
飯田智則……………………………酒造メーカー重役
椎名良樹…………………………大学教授
ライ・ペンシルベニア……スピリッツ荘の主人。准将
チェイシル……………………執事
ホーパー…………………………秘書
岸江………………………………メイド
立川………………………………コック
日泥………………………………警部
一 物的証拠?
スピリッツ荘のバルコニーは、床面が明るい木材でできている。細い金属を折り曲げて作られた椅子が四脚、机が二脚置いてあるシンプルな空間で、昨夜初めて来た時から、すっかりお気に入りの場所になっていた。僕の実家には、その経済規模ゆえに殆ど物がないので、このような空間の方が馴染み深く落ち着くのだった。
――あれから僕は、なかなか寝付けずにいた。ベッドの中で手帳に色々なことを書き込んでいるうちに、ようやくうつらうつらとしてきて――目が覚めると十時をとうに過ぎてしまっていた。しまった! と思った。最終日たる今日こそ「物的証拠」を見つけるつもりでいたのだ。
着替えをしていると、相沢と美依さんがなにやら緊迫した様子で僕を呼びに来た。「はい」と返事をして鍵を開け外を覗くと、二人の他に嶌津さんの姿もあった。突然、相沢が怒りを露わにつかみかかってきた。
「ばかのじゃき! お前がなかなか起きてこないから、また死人が出たんじゃないかって心配したんだぞ。」甲高い声が寝起きの脳に刺さって眩暈がした。
「まあまあ、ともあれ無事なようで安心したよ。朝食は取ってあるけど食べるかい?」対照的に、今日の美依さんはとても健やかだった。
相沢に小突かれながら食堂へ入ると、既に他の客人たちはおらず、雑事をこなしているフローレンスさんだけがいた。
別段何かをしているわけではない他の三人の注意は、自然とひとり食事をしている僕に向けられていた。――注目されること、やはりそれが、僕の苦手なことのひとつのようだった。
「お前が朝寝坊なんて珍しいじゃん。昨夜はひとりで何してたわけ?」相沢が薄気味悪い笑みを浮かべて聞いた。
「お前が期待するようなことは何も。今回の一件に関して考え事をしていただけだ。」フォークでトマトを突き刺しながら僕は返した。
「今回の一件? 犯人が分かったとか?」美依さんが聞いた。
「まだ確信するに足るような、云わば物的証拠があるわけでは無いんです。例えば、凶器――」
「紐が死体の横に落ちてたじゃんか。」相沢が大げさな手振りで言った。
「――まさしく、俺はそれについて考えていた。結論は、あまりに突飛な考えだが――凶器は羽織紐のほかにもあった。そうですよね? 嶌津さん。」
全員の注目が僕から嶌津さんに移った。彼が首を縦に振ったので二人はざわついた。
――ふと、人はみんな誰かが十三階段を上るのを心待ちにして生きているのではないか、という不気味な考えが脳内をかすめた。
僕の食事が済むと、美依さんは飯田さんと出かける準備をするからと言って部屋へと戻っていった。嶌津さんもその後を着いて行ったが、美依さんが部屋に入ったのを見届けるとすぐ隣の江伊さんの部屋の前で立ち止まった。彼は、ぐるりと室内を見回すと薪ストーブの前でしゃがみ、床を人差し指でこすると指先に灰がついた。蓋を開け中を覗き込んだ。今は五月なので、当然中は空のはずだが、彼は何かを見つけたようで、ぱっと羽織を半分脱いで内部に腕を入れた。――取り出したのは、いくつかの紙片だった。僕たちも入って行って、手ぬぐいの上に置かれたそれらを観察した。タイプライターの文字、罫線――この量は一枚じゃない。
「手紙ですね。被害者の部屋に、まるで隠すように捨てられていた。きっと事件に関係のあるものでしょうね。」僕は、いささか興奮して言った。
「だけど、こんなにびりびりじゃ読めないよ。パズルみたいにつなぎ合わせていくのは時間がかかり過ぎるし、どうすっかな。」相沢が唸った。
すると、手を洗いに洗面所に入っていた嶌津さんが、きれいになった右手でジェスチャーをした。人差し指を上に弾いて、手首を曲げて人差し指と親指で何かを摘まみ上げて、ぽいと放る……
「封筒! この中に、封筒の切れ端はありませんよ。どの切れ端にも、罫線が入っていますから間違いありません。しかし、なぜでしょう?」
{持ち去ったか、元より便箋のみか。}
「そういえば、手荷物検査は実施していませんでしたね。日泥警部に進言するのは、差し出がましいことでしょうか。」
{良策だが口実が必要だ。}
「二人とも、ちょっと待って! 俺を置いてどんどん話を進めないでよ。」相沢が割って入ってきた。どこで置いて行かれたのかは分からないが、こいつは人に取り入ることにかけては抜きん出ている。しかし、更生させんと手を施してきたにも関わらず、そのようなことをさせるのは如何なものだろうか。
「手荷物検査を正当な理由で実施できないかと思案しているところだが、お前の意見は――」
「そんなの『僕のあれこれが今朝から無いんだけど、間違って入っちゃったりしてないですか?』って順番に回っていけばいいじゃんか。もしかしたら、部屋に隠してるかもしれないから、一人が室内をうろうろして、偽の持ち主がカバンを覗けば完璧なんじゃない? 大人じゃ怪しまれるから、覗き係は椿ちゃんで、徘徊係は俺かお前が適任かな。」
「お前や椿さんにそんなことをさせるのは正当とは言えない。」
「これが嫌だっていうんなら代替案を出してもらわないとな。それに、椿ちゃんは乗ってくれるはずだぜ。俺は、彼女を意のままに操れる ““魔法の言葉”” を知っているんだからな。」
「魔法の言葉?」
「代替案は?」
「――いいんですか! 嶌津さん。椿さんにそんなことをさせても。」
彼は平然と頷き、僕は天を仰いだ。
二 魔法の言葉
「なあ、野崎。どうして女の子が、恋しい男からの頼み事を断れないか知っているか?」椿さんの部屋に向かう途中、出し抜けに相沢が聞いてきた。
「女の子だって、嫌なことは嫌と言うだろう。だから、その質問はナンセンスだ。」
「分かってねえな、お前。いいか、正解はだな、女の子には潜在的に被所有欲があるからだ。もちろん、誰のものとなるかってのは重要な点だ。椿ちゃんの場合は、十中八九嶌津青年だろうな。」
「椿さんは『三ちゃんは椿のなのに』と嘆いていたぜ。むしろ、所有欲の強い子だと思われるが、どうなんだ?」
すると相沢はさっきよりも大げさに「分かってねえな、お前。」と言った。「つまりは互いに深く知り合っていたいのさ。例えば、何時に歯を磨いたかまでもね。」
僕が呼びかけとともにノックをすると、やはり間延びした返事があり、椿さんが扉を開いた。薄紅色の襟付きのフリルワンピースで、首元に見事なガラス細工のブローチを付けていた。ハーフアップがよく似合っている。
「おっと椿ちゃん、おめかししてどこかにお出かけかい? 白い肌をそんなに見せて、更に可愛い子ちゃんになっちゃってさ。」
よくもまあ、こんな軽薄な台詞を恥ずかしげもなく並べられるものだと感服さえする。
「私、今日は三ちゃんと橘寺にお参りに行く約束をしているのよ。けれど、お部屋に迎えに行くと誰もいなかったの。きっとまた、逃げるつもりなんだわ。」ドアノブを握りしめて不機嫌な様子だった。
相沢はそんな彼女に怯むことなく、むしろ利用さえして約束を取り付けた。「三蔵さんも罪なお人だ。こんな素敵な女の子とのデートより、探し物に夢中になっちゃうんだから!」
「探し物? 三ちゃん、何か失くしたの?」椿さんは一歩前に進み出て続きを促した。
相沢は、まるで講談でもするかのようなわざとらしい抑揚をつけて話した。「ああ、それがね、今朝からどうにもそわそわしている様子でさ。わけを聞いたら、ピンク色のインクが入ったボールペンを失くしたらしいんだよ。それはもう気の毒なほど慌てていてね! あの様子から察するに、よほど大切なものらしいね。」
その語り口が、感情的になっている椿さんには
「それ、私が去年のクリスマスにあげたものだわ! 大阪へ二人だけで買いに行ったのよ。」
「そうかい、そうかい。そりゃあ一生懸命に探し回るわけだ。だけど、こんなに探しても見つからないとなると、もう見つからないのかもしれない――。」僕の位置から、相沢が長い前髪の隙間から狡猾そうに椿さんの表情を伺っているのが見えた。
今の椿さんは、絶望的な怒りを徐々に現わしてきていた。
「だけどね、まだ探していないところがあったんだよ! 三蔵さんは、自分の荷物は探していたけれど、ひとの持ち物は探していなかった。何かの拍子に誰かの荷物に紛れ込んでしまった可能性も大いにあり得る。」甘ったるい上目遣いを用いて「どうだろう、椿ちゃん?」と華麗に着地した。
「見つけてみせるわ。」椿さんは勇ましい足取りで前を歩いて行った。これが相沢の言う “被所有欲” の成せる業なのだというのなら、僕には一生かかっても理解できそうになかった。
僕は相沢の耳元に顔を寄せて言った。「そんなものを嶌津さんが持ってきていたとは知らなかった。」
「持ってきてないよ。」相沢は平然と言った。「この間、嶌津青年の離れで見かけたんだ。未開封だったよ。」
「……しかし、どうして椿さんが贈ったものだと分かったんだ?」
「嶌津青年の性格を考えれば分かるさ。あんな色の上等なペンを自分に買い与えるとは思えないだろ? 昭久さんが梅泊堂から持ってきたものなら、もっと実用的なものを選ぶはずだし、こんなものを寄こすのは、世間知らずなお金持ちの小さな女の子だろうなって、その時に思ったのさ。だから、椿ちゃんの存在を知って納得したよ。お父様にいただいたお金で誠の愛の贈り物ってか。」言い終えて、その斜陽族は冷笑した。
三 手荷物検査
(一)
最初に訪ねたのは、僕たちのいたところから一番近い部屋――飯田さんの部屋だった。
嶌津さんの部屋の前を通り過ぎるとき、突発的に椿さんがドアノブに手をかけガチャガチャさせたが室内から応答は無かった。彼女は扉を一睨みして「どういうつもり?」と吐きつけると、一転、上品な態度で飯田さんの部屋の扉をノックした。
「もしもし、飯田さん、ご在室でいらっしゃいますか? 嶌津椿です。」
すっと扉が開き、しわひとつないスーツを身に着けた飯田さんが現れた。「おや、野崎君もいましたか。どうされたのですか? お嬢さん。」
「それが、三蔵君がボールペンを失くしてしまったんです。どこを探しても見当たらないものですから、あるいはどなたかのお荷物に誤って入ってしまっているのかもしれないと思いましたの。もしもご迷惑でなければ、お荷物を確認してくださいませんか? 厚かましいお願いだとは承知しておりますが。」
飯田さんは、快く引き受けてくれた。彼は仕事用の黒い鞄を机の上で開いた。不透明のケースにしまわれた紙束は仕事用の重要書類なのだろう。それには手を付けずペンケースを取り出した。中身は以下の通り。鉛筆二本、消しゴム一個、万年筆一本、十五センチメートル物差し一本。それ以外のものは、手帳、文庫本、財布、眼鏡入れ、たばこ入れに印鑑。それで全部だった。
「ここには、無いようですね。」
「あちらは、お召し物をお入れになっている鞄ですの?」椿さんは果敢に食い下がった。
「そうですが――確認いたしましょうか。」
袋に入っていないものは、寝間着一着、カッターシャツ二枚、ズボン二枚、無地のネクタイ一本、タオルケット一枚。ポケットの中まで丁寧に確認してくださったが、当然見つかるはずはないのだ。僕たちの目的はちゃんと他のところにあるとはいえ、心が痛まずにはいられなかった。
僕たちは丁寧に感謝を言って部屋を後にした。
(二)
「美依さん、いらっしゃいますか?」今度の椿さんは、いささか砕けた言い方だった。
「うん? 皆揃ってどうしたんだい。」大きく扉を開いて美依さんは気さくに出迎えた。
僕は、ことの次第をかいつまんで説明した。「実は、嶌津さんがボールペンを紛失してしまったので探しているんです。誰かの荷物に紛れてしまっているのかもしれませんから、皆さんを訪ねて回っているのです。」
「嶌津君のボールペン。」そう呟くと、美依さんは僕たちを部屋に招き入れた。いつか見たスケッチブックがベッドの上に乗っていた。「一昨晩、昨晩と続けて嶌津君が遊びに来ていたんだ。もしかしたら、その時に忘れて行ってしまったのかもしれない。探してみよう。」
「三ちゃん、起きたらいないと思ったら美依さんのところに行っていたのね。」椿さんは、眉をハの字にさせて羨むように美依さんを見つめた。
ベッドの上に数枚の写真が散らばっていた。それらは美依さんと嶌津さんが諸方へ遊びに行った際に撮影されたものだった。――この時、僕は初めて嶌津さんの笑った顔を見た。それは、僕の中に形成されつつあった「超然とした芸術家」というイメージとはまるで違っていて、やんちゃな感じのする、どこにでもいそうな青年の姿だった。
「机周りにはないね。筆箱も見てみよう。」そう言うと美依さんは、椿さんに見えるように荷物を点検していった。
二人の背中を見ていると相沢がぶつかってきた。「見てみろよ。嶌津青年は、美依さんとよろしい関係にあるようだぜ。」
「ああ、嶌津さんの笑顔を見たのは初めてだ。」僕が言うと、相沢は「そこじゃなくてさ。」と言って再びぶつかってきた。
「気付かないのか? だからお前は駄目なんだ。これもあれも、どの写真を見ても、嶌津青年の手が美依青年の身体に触れているだろ。」
指摘されて改めて見てみると、確かにいつでも嶌津さんは美依さんに触れていた。ある写真では腕に。またある写真では脚に。顔や首に指先を当てているものもあった。
「相当仲が良いのだな。こういう人がいるというのは心強いことだ。」僕は率直に思ったことを言った。
「野崎建男に恋をする、は
(三)
出井口さんは在室しており、ノックをするとすぐに返事があった。
「あら、嶌津君の妹さん、何かご用かしら?」
椿さんが説明すると、出井口さんはにこやかに笑って僕たちを室内へ入れてくれた。本人たちを目の前にすると、この人たちの中に犯人がいるのだという疑念は急速に霧散していく。
「ボールペンでしょう? もしかしたら、底の方に落ち込んでしまっているかもしれないわね。」出井口さんはていねいに鞄の中身をベッドの上に並べていった。財布、手帳、ブリキのケースに鉛筆が数本、文庫本、化粧道具の入った透明なポーチの中に、口紅、花模様の缶入り洗粉、石鹸、ファンデーション、アイシャドウ、ほか僕には用途の分からない細筆と金属の器具数点。それで小さい鞄の方は全部だった。
「私のところには無かったわ。誰かが拾っているかもしれないわね。」
切り上げかけたところを相沢が引き戻した。「あっちも念のため見てくれない? 多分、衣類が入ってんでしょ? 僕と野崎はあっち向いててあげるからさ。」
「まあ、あなた、随分な態度ね。きっと普段から、家や学校で叱られているんでしょう。」出井口さんは、腰に手を当てて教師のように言った。
「僕はね、食べ物以外には冷笑を浴びせて生きているんだ。」
出井口さんは僕の方を見て肩をすくめた。「はいはい、それじゃあ見てあげましょうね。」
何も知らない二人に、ありもしない物品を探させるだけのこの時間が必要だとは思えなかった。僕がこっそりそう言うと、相沢は指を鳴らして言った。
「それが何を意味するのかは俺の専門外だから言及しないけど、ちいっとばかし気になったことがあるんだ。とりあえず、俺は嶌津青年に報告に上がってくるよ。ボールペンの案件は上手いことオチつけといてくれ。」そう言うと、僕の引き留める声にも構わず片手をひらひらさせながら部屋から出て行ってしまった。
四 ライ・ペンシルベニア
はっきり言って、ありもしない失くし物にいつまでも時間を取られるのは御免だった。椿さんを何とか部屋に戻して、内回廊でこれからのことを思案していると、階段下から日泥警部の声がした。降りて行って挨拶をすると、険しい顔で手帳を睨んでいた彼は堅苦しい声のまま挨拶を返した。
「こんにちは。皆さん、今日でお帰りになられるそうですね。無論、いつまでもお引き留めしていては、憲法違反と指摘されかねませんから仕方がありませんが。」
「夕方にはここを出る予定です。日泥警部は、今日もこの家を捜査なされるのですか?」
「いえ、今日はここの主にお話を伺いに参りました。さきほど、執事の方からようやく体調が回復したとの電報が届きましてね。」
ペンシルベニア准将は何を語るのだろう? なぜ、フローレンスさんの敵討ちにここまでの協力を見せたのだろう?
僕はたまらず日泥警部の後ろをこっそり着いて行った。大きな観葉植物の陰に身を潜め、耳を澄ませた。普段、相沢に散々説教をしておきながら、ここ数日ですっかり盗み聞きの心得が板についてきてしまっていた。僕という人間が、どんどん白々しくなっていくような気さえした。
――「ご体調はもうよろしいのですか?」日泥警部の声だ。
「ええ、もうすっかり元気になりました。チェイシルが奈良漬けを買ってきてくれて、それでお米を食べると幸せな気持ち――疲れなんてどこかに行ってしまいました。」頭が変になりそうだった。彼の口調がどこか相沢を彷彿とさせるからだった。
「そうですか。それでは、いくつか質問をさせていただきます。手短に参りましょう。まず、おとといの夕食後、どのようなことをなさったか覚えていらっしゃいますか。」
「夕食会! 楽しかったですよ。立川さんにね、得意のイタリアンをお願いして大正解でした。ドルチェが済んで、皆さんにディジェスティーボのお誘いをしたんです。イタリア語はまったくの付け焼き刃なので間違っているかもしれません。僕はラウンジへ行きました。少し経って、飯田さんと美依さんが来られました。それで、一足先に〈紫水〉をお見せしたんです。飯田さんがお勤めのメーカーの商品で、美依さんがロゴタイプをお書きになったスピリッツなんですよ。それに、江伊さんも応募者として、出井口さんは審査員としてご関係がありますからね。」
亡くなった椎名さんにも、と僕は心の中で呟いた。
「次に江伊さんが来られて、しばらくして出井口さんが来られました。だけど、三蔵君がなかなか来なくて。彼とは、五年前に会ったことがあるんです。もっとも、あの時は――いいえ、今はもうベストフレンドですからね。一時間くらいした時にようやく三蔵君が来ました。あのね、大和絣を着流して、迷わず僕の隣に座って――かすかに石鹸のフレーバーがして、髪がまだ少し濡れていたから、お風呂に入っていたんだね。今日で帰ってしまうなんて! ――ええと、
「伝書鳩君たち?」
「野崎建男君と、相沢嶺二君のことです。知っていましたか? あの子たちは、三蔵君の伝令を携えてあちこち飛んでいくようです。ねえ、可愛いでしょう? 可愛いでしょう!」
僕は叫びたかった。母さんに対しても思うことだが「可愛い」だなんて言われて、まるで馬鹿にしているとしか思えなかった。僕にだって、男としてのプライドがあるのだと叫びたかった。ペンシルベニア准将は良い人ではあるが、無意識のうちに他人を愚弄する悪癖と、余計な情報で本筋を忘れてしまう言い草は早急に改善すべきだ!
「僕はね、朝まで飲み明かすつもりでいたんですけど、三蔵君は今回も僕の腕から逃げちゃったんです。それに続いて、伝書鳩君たちとセニョリータも行ってしまって――寂しくてたくさん飲みました。僕はね、これでも高級将校ですから普段は威厳をもって指揮に当たっているのですけど、一人きりになるとダメになってしまうんです。チェイシルがまた来たことは覚えていますけど、その頃にはぐでんぐでんに酔っぱらっていてよく覚えていません。気付いたら朝でした。執事ってすごいのですね。泥酔した主人をお風呂に入れて、着替えも歯磨きも、みんなしてくれたのですから。給料を見直した方がいいのでしょうか。」
「――分かりました。ペンシルベニアさんとお話ししていると、自分が何を質問していたのかさえ忘れてしまいますね。ところで、招待状を出した相手はどのようにお選びになったのでしょうか? 簡潔にお答えください。実は、数名の方々がとある事件に関わっておられることが判明したのです。」
「ええ、聞き及んでいますよ。赤軍も必死ですね。僕はこう見えても〈
「どうしてでしょうね。もう、結構ですよ。ゆっくりご静養なさって――」紙を机で均す音がした。
「待ってください! 大切なお話があるんです。江伊さんが亡くなったことに関係があるかは分かりませんが、大切なお話なんです。」緊張した声だった。
「――ええ、どうぞ、お話しください。」日泥警部の声にも緊迫の色が混じっていた。
「僕は、職業柄色々な物事を見聞きします。政治や経済に関わることで、民間人に話してはいけないことも多くあります。だけど、ひとつだけ伝えておかなければいけないことがあるんです。野崎建男くんのお兄ちゃんが行方不明なことはご存じですか?」
僕は思わず立ち上がった。兄さん? どうして? 黒雲が胸いっぱいに広がっていく……
「――後ほど、担当の者に確認しましょう。」
「建男君の兄君は、海里君という二十八歳の青年です。先の大戦ではソ連国境付近へ配備されていました。悲しい抑留生活を経た後、引き揚げ船で舞鶴に帰港しました。彼は、生家のある奈良県方向の列車に乗りましたが県境付近で降りました。」
とてもじっとしていられなかった。どうして彼が知っている? どうして兄さんは帰らなかった? どうして、どうして……
――室内にいた二人が揃ってこちらに視線を向けた。日泥警部は僕を見て驚いた様子だったが、ペンシルベニア准将は涼やかな微笑で僕に席を勧めた。聞きたいことはたくさんあったのに、声が出なかった。
「僕の声はきちんと聞こえていたかな? 建男君。」
僕は何度も頷いた。思わず涙が溢れた。「兄さんは……」それだけが、吐いた息と共に流れ出た。
――今、間違いなく、彼の瞳には “猟奇の沼!” それは、次の瞬間には巧みに消え去っていた。
「海里君は、西進したようだ。彼には目的があった――。」
「目的?」
彼は、ぐっと顔を近づけて「君は、お兄ちゃんに会いたいかい?」と聞いた。
僕は、何度も頷いた。
「お兄ちゃんを探しに行くかい?」
「どこへだって!」
「――辛いことだけどね、君のお兄ちゃんは帰らない。社会主義に転向したんだ。今、海里君は “追われる身のテロリスト” なんだ。」
「まさかっ。」
「〈
“はなから帰る気は無かった”
残酷な言葉が、次々とこの米人の口から溢れてくる。けれど、兄さんは虫一匹殺せないような優しいひとだ。それは、ぼくが誰よりも知っていた。よもや国家転覆などとはとても信じられなかった。しかし、消息を絶って五年――生き死にを伝える連絡も無く、僕たち関係者は無事を祈って待ち続けることしかできない、地獄の生活を続けてきたために、どんなに些細な、また残酷な情報でも涙が出るほど有難いのだった。
ペンシルベニア准将は僕の背中に手を当て、ハンカチーフで涙を拭った。その時の彼の声が僕の心の奥深くに刻み付けられて、生涯忘れることができないでいる――。
「ああ、かわいそうな子。つらいことを教えてしまったね。約束しよう。僕が君のお兄ちゃんに会ったら『こわいことはもう止めて、おうちに帰りなさい』と説得してあげよう。君のお兄ちゃんは、何かそうせざるを得ない理由があったに違いないんだからね。」
僕は、何度も頷いた。この人を信じようと思った。いいや、信じるしかないのだ。彼は敵兵であった嶌津さんのことも生かして返したのだ。僕は米軍の組織構造には詳しくないけれど、准将ともなればそれなりに権力があって、上層部にも意見できるのかもしれない。彼の腕の中で「うん。うん。」と繰り返しているうちに、明るい気持ちが戻ってきた。大丈夫なんだ、という気がした。
五 伝令
僕はトランクに荷物を詰めていた。この居心地の良い建物とも、あと半日でお別れだった。
――結局、事件は解決しないのか。あるいは、それでも良いのかもしれないな、などとぼんやり考えているとノックの音がした。返事を言う前に扉が少しだけ開き、ぴたと止まった。隙間から、相沢が顔の中央部分だけを覗かせていた。
「嶌津青年は部屋に籠りきりだし、椿ちゃんは男どもに放っておかれて怒って裏庭に行ったよ。なんだか、つまらない気持ちだな。」
「俺も、拍子抜けとも取れるような気持ちだ。嶌津さんは真相が分かったのかな。」
「ああ、多分な。俺が報告に上がったら、筆を執って何かをしたため始めたからさ。ありゃ多分 “アレ” だぜ。はぅあ。」相沢はあくびをしながら言った。アレとは、事件の真相の推論が書かれた半切用紙の束のことだ。以前、昭久さんの知り合いが殺害された事件の際にも出現して、それは現在、僕の家に置いてある。整然とした技巧的な文字は、堅く美しく、美術作品として見ることさえ可能だった。
「邪魔するぜ、布団を借りる。」靴を脱いで無遠慮にベッドに飛び込んだ。この三日間で、一体何度ベッドを占領されただろう。自分の部屋のベッドではいけないのだろうか。
「そういうことなら、俺は嶌津さんの推論を待つ。」
「――なあ、お前、誰に泣かされた?」振り向くと、ちょうど相沢の据わった目があった。
思わず僕は顔を背けた。ひとつに、自分の弱いところを友人に見られたくなかった。「何のことか分からんが。」
相沢は、飛び降りた勢いのまま後ろから僕を抱きすくめた。「勘違いするなよ。俺は心配しているんじゃないぜ。お前は泣き顔が一番可愛いんだから……ええ?」低く唸るような声だった。
相沢がどうしてここまでムキになるのか分からなかった。「仮に俺が落涙したとして、それの何が気に入らない? お前が泣かせたと勘違いされるのが嫌なのか?」
「俺が言いたいことは、つまり、その顔を俺以外の人間に見せたのかってことだ!」
「だったらなんだ。お前に関係無い。」
「ばか野崎! だからお前は駄目なんだ。」そう叫んで埋まるように寝入ってしまった。触れると奇声をあげて暴れたので、僕は片付けを再開した。そのうちにするすると寝息が聞こえてきた。
一時間ほどしたとき、再びノックの音がした。今度の客人は嶌津さんだった。――彼は厚みのある茶封筒を小脇に抱えていた。
「言った通り、僕が自首を勧めに行ってきます。」
嶌津さんはしばし僕を見つめていたが、やがてその茶封筒を手渡した。彼を部屋に招き入れ、机を挟んで開封した。――中身は以下の通り。
一、半切用紙数枚。
一、薪ストーブの中から発見した、細々に破られた手紙。袋に入っている。
一、赤黒いものが付着した陶器の破片。封筒に入れてある。
「カップの破片! どこにあったのですか?」そう聞くと、彼は小指と親指だけをぐっと上げ、下がった三本指の先を耳元に当てた。電話のジェスチャーだ。「飯田さんの部屋の前にある電話台の後ろですか?」
彼は頷いた。
それから、時々質問を挟みつつ僕は推論を読み進めていった。
すべてを茶封筒に戻しながら、僕はひとりごちた。「僕は怖いです。まるで、この手でひとを破滅させるような感覚さえあります。嶌津さん、もしも犯人が絞首台に上がることになったとして、その時、僕たちのしたことは正義と呼べるのでしょうか?」
六 夢を追いかけて
〈
「あなたも来たのね。せっかく飛鳥村に来たのに、ろくに観光もしないのは勿体ないものね。」
近くで見ると、出井口さんの顔色が優れないのがよく分かった。そしてそれは、罪の意識だけが原因ではないことを僕は知っていた。
「私が支払ってあげるから、あなたも何かお飲みなさいな。おしゃべりしましょう。」
「いえ、僕は。」と言いかけて、僕は気を変えた。彼女は――寂しいのかもしれない。「そうですね。では、お言葉に甘えて。」
僕たちは、この数日のことについて他愛も無い会話を続けた。いつ、本題に入るべきか――。タイミングを逃し続けて、二杯目のカップが空になったとき、僕は思い切って提案した。「少し歩きませんか。飛鳥川に沿って歩いて、橘寺を通ってスピリッツ荘に戻りましょう。今日は良い天気ですから。」
「いいわね。その顔、何か大事なお話があるのね。楽しみだわ。」
なるべく自然体を装って言ったつもりだったのに、どうしていつも看破されてしまうのだろう。
「知っている? あの棚田は秋になるとたくさんの彼岸花が咲くのよ。私は、まだ一度も見たことが無いけれど、それは見事なのだそうよ。」
「――出井口さん。」茶封筒の入ったメッセンジャーバッグを強く手で押さえた。「――江伊さんを殺害したのは、あなたですね。」
彼女は、緩やかに足を止めた。何かを考えているようだった。やがて、微笑んで言った。「おかしな子。」
僕は周囲を見回した。僕たちの他には誰もいなかった。水浅葱の水流と、若苗の眺望。それが悲しいほど美しかった。
「今から話すことは、嶌津三蔵さんが導き出した推論です。どうして警察を介さずにあなたに伝えるのかというと、それはひとえにあなたに自首を勧めるためです。早いうちに自首をした方が、捜査の末に捕縛されるよりも罪が軽くなると聞いたことがあります。」
彼女は黙っていた。ぼんやりと、飛鳥の眺望に目をやっていた。
「順番にお話ししましょう。あなたは〈大日本書道展〉の審査員として、今回の授賞式に出席しました。そこに、受賞者として江伊さんの姿もありましたが、江伊さんは、これまで書道家としては鳴かず飛ばず、世間から認知もされていませんでした。そんな彼が、どうして突然優秀賞を獲得することができたのか――江伊さんの所属している〈人民改革党〉と、審査員の多くが所属している〈日高書道連盟〉が贈賄関係にあったからです。――さて、これであなたと江伊さんとは、ある種の共犯関係になったわけですが、それだけでは動機として不十分です。江伊さんの他にも加担者は大勢いますから。つまり、あなたがたは “もっと特別な関係” にあったということです。それを知る鍵は、一年前に起きた、椎名良樹さん殺害事件です。椎名さんは、一昨年度の〈大日本書道展〉で発生した選考の不正について知っていました。そして、椎名さんはこの飛鳥村に呼びよせられ殺害された。犯人は、江伊さんですね? 動機は、不義の間柄にあったあなたに借りを作るため。」
「いけない子。そんなことを言うものじゃありません。」
「――彼はあなたを脅迫し始めた。要求は肥大化していき、しまいには〈大日本書道展〉で最優秀賞を獲らせろと言い出した。しかしそれは、無理難題といって差し支えないことでした。――今回の賞品は、フランス産の高級白ワインでしたね。過去二年続けて、賞品の洋酒に釣られたとある青年が今年も応募してくることは必至でした。江伊さんはこんなふうなことを言ったのでしょう。『要求が通らないのなら、君との仲を公表してやる』。」
「ねえ、座りましょう。立っていると足が痛くって。」
僕たちは、飛鳥川の堤防に並んで腰を下ろし話を続けた。
「江伊さんの死因が窒息死であることは覆りません。しかし、初めから首を絞められたわけではありませんでした。――まず、古墳近くで口論になったとき、あなたは江伊さんから、タイプライターで書かれた脅迫文めいた手紙を受け取っていました。封筒は、あなたの持っていた文庫本にかけられたブックカバーの内側にあるのではありませんか? 背表紙だけ、やけに硬い曲がり方をしていましたから。」実は、封筒の在り処だけは、嶌津さんの推論にも書かれていなかったのだ。これは僕の推理だった。
彼女は、少し目を見開いた。
「あなたがたは、スピリッツ荘へ向かう車で同じになりました。そこであなたは、飯田さんとホーパーさんに気付かれないように、江伊さんにこっそりメモを渡しました。『眠るときに鍵を開けておいて』といった内容の――そして、事件当夜。江伊さんがアルコールに弱く、睡眠時にいびきをかく癖があることを知っていたあなたは、食後酒の一席を利用して江伊さんに多量の酒を飲ませました。もっとも、煽ったのはあなただけではないでしょうけど……そして、計画通り、江伊さんは一番最初に部屋に戻りました。ここであなたも部屋に戻らなかったのは、だれしもに犯行が可能な時間帯、つまり深夜になるまではみんなと行動していたかったからです。」
「嶌津君はとっても想像力豊か。ミステリ作家になっても成功しそう。」彼女はうわごとのように言った。
「――深夜二時、屋敷中の明かりが消えた頃、あなたは凶器を作って廊下に出ました。」
「凶器は、江伊君の羽織紐でしょう?」
「そうともいえます。しかし、あなたは凶器を作って持って行った。――ファンデーションを塗るためのスポンジとあなたの帯締めを。」
「……それで、私の荷物を見たいなんて言い出したの。」
僕は頷いた。自分でも「おや?」と思うほど、厳しい顔つきをしていた。
「けれど、そんなもので人が殺せるのかしら?」
「ええ、可能です。スポンジを複数個を重ね、帯締めで十字に結び、あたかも寿司折のような形にします。あなたは、そうして作った凶器を手に、足音を消すために靴を脱いで擦り足で江伊さんの枕元に向かいました。ところで、いびきというのは悪化すると呼吸が止まる病気になるそうです。〈睡眠時無呼吸症候群〉というそうですが、これは肥満や飲酒によって悪化するそうです。江伊さんはそのどちらの条件も満たしていた。あなたは江伊さんが呼吸を止めてしまった――その瞬間を見計らって凶器を喉に押し込みました。紐の先端をしっかり握って、飲み込んでしまわないように気を付けながら――そこで、被害者が目を開けた――あなたは一種の恐慌状態に陥り、速やかに息の根を止めなければという思考に囚われた。あなたは江伊さんの羽織紐を取り出すと、力いっぱい絞められるように近くに括り付け、反対側を持って瀕死の被害者の首に巻き付け、ついぞ殺した。あなたの最大の失敗は、殺人であることを自ずから暴露してしまったことだ。上手くやれば、睡眠中の病死に見せかけられたかもしれないのに。」
彼女は、何も言わない。諦めたのだ、と僕は直感した。
「手紙とメモは、その場で破って薪ストーブの中に捨てた。自前の凶器は、回収して洗った。今頃はもう乾いていることでしょう。羽織紐だけはその場に残していった。万が一、手荷物を確認されたときに持っていては、犯人と分かってしまいますからね。――そして、あなたは二つ目の失敗をした。これに覚えがありますよね。」僕は、血のついた陶器の破片を見せた。
「あっ。」と言って、彼女が青ざめたのが分かった。
「一日目の夜、メイドの岸江さんがカップを割ってしまうトラブルがありました。その時に回収しきれなかった破片が廊下に落ちていたのです。洋館では靴を履いて移動します。――しかし、あなたは裸足だった。暗闇の中では足元にある小さな破片に気付くことが出来なかった。つまり、美依さんが聞いた不可解な足音の正体は、血で行き先が判明することを恐れたあなたが四つ這いになった瞬間の音だ。」
長い時間、彼女は沈黙していた。ただ、僕の肩によりかかって高取山の遠望を眺めていた。不意に彼女が口を開いた。――太陽光に溶けていくような、穏やかな、寂しい声だった。
「私、夢を見ていたの。必死にやって、日書連の幹部にまでなった。――どう? おばさん、偉いひとに見えていた? ――けれど、たとえ神様だって、人を殺したら、駄目よね。」そう言って、彼女はすくと立ち上がった。「ありがとう、野崎君。私、自首するわ。」
七 野崎の計画
飛鳥寺前のバス停で、橿原神宮前駅へ向かうバスを待っていた。すぐ近くに行きたい場所があったので、バス停に嶌津さんと相沢を残して僕は飛鳥寺を通り抜けた。歩きながら、スピリッツ荘に戻った後のことを思い出していた。
――屋敷に戻ると、日泥警部他数名の警察官が待機していた。出井口さんは「ご迷惑をおかけしました。」と丁寧にお辞儀をして、警官に付き添われながら自動車に乗せられていった。
その時、美依さんが車内に向かって叫んだ。「出井口さん! あなたは〈紫水〉のあの応募者が、偽名を使った僕だと気付いていて票を投じたのでしょう?」
出井口さんは、ただ寂しそうに微笑み返すばかりであった。――彼女が隠し持っていた封筒は、予想通り、ブックカバーの内側に挟まっていた。そして、その表書き――それだけは、江伊さんの直筆だった――。
僕は、膝丈ほどの石の前で足を止めた。これは、飛鳥時代の大豪族、蘇我入鹿の首塚とされている場所だ。――圧倒的な権力で朝廷をほしいままにし、最期は反対勢力に暗殺された。この胸中には、いまだ誰にも言わぬある “計画“ があった。ここに来たかったのは、その “計画“ を始めるにふさわしい場所だと考えたからだった。
――後ろから、下駄の音がしている。嶌津さんがこちらに歩いてきていた。
「流行り言葉に “斜陽族” というのがありますね。僕には縁のない言葉ですけれど。――救いたい人がいるのですが、彼は退廃に甘んじている節がある。堕落をよしとしていて、人生の一切を投げ出してしまっているようにさえ見える。――それが、この計画の発端です。」
嶌津さんが怪訝そうな眼差しをこちらに向けているのを意識しながら、僕は彼の横を通り抜けた。
スピリッツ荘の怪事件 ‐解決編‐ 完
銘酒探偵シリーズ 万雷 冬夜 @Bannrai
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