百合の花、輝くころの。

西奈 りゆ

はなさないで。

ああ、今日は楽しかった。

相変わらず、きみはおもしろいことばっかり思いつくね。

わたしはそういうのてんで苦手だから、感心しちゃう。


地味で、ぱっとしなくて、学生時代も勉強ばっかりしてて、それでいて成績がいいわけでもなくて、就職だって、聞いたことのないところの、いつでも替えがきくような仕事で。きみとは全然、大違い。


それなのに。結婚して、もう10年。

周りのみんながみんな、夫や子どもの愚痴ばっかりになっていく中、子どもはできなかったけれど、それでもわたしたちは幸せで。

「あなたは」なんて呼び掛けてくれるのは、ゆきの旦那くらいだよなんて、この前も言われたよ。

照れ笑いを押し隠したら、塔子とうこも笑ってたっけ。

後から入ってきたきみは、どこから聞こえていたんだろう。とってもきまり悪そうに入ってきたね。


他の人には不愛想・・・・・・というわけじゃないけど、本来きみは人づきあいが苦手。そうしてないと不安なんだって、そんなことを教えてくれたあの日、わたしは何も考えずに、きみを抱きしめずに、いられなかった。

付き合いはじめの頃は、わたし何か怒らせるようなことしたっけって、ずいぶん考えたこともあったけれど。「なんて言ったらいいかわからなかった」って。まるで思春期の子みたいなことを大真面目に言うもんだから、笑っちゃったよ。ごめんね。

そんなきみも、いつのまにか打ち解けて、お互いたくさん、笑って笑って。

気が付けばずいぶん、幸せになった。


昨日の「百物語」。あれは面白かったな。

怖い話でも何でもない、楽しかったことの「百物語」。

頭のいいきみが思いつくことは、いつだって斜め上で、意外にちょっと天然で、でも人を傷つけることは一度も言わなかったね。わたしの前ではいつも笑顔のきみだけど、昨日はわたし、心の底から楽しかったな。

まあ、30近くも思いついただけ、すごいと思うよ。わたしなんて、きみとの思い出以外なら、数えるくらいしか思いつかないから。眠る時間が近づいちゃったから、っけっきょく続きは明日になっちゃったんだけど。


『Diary』に書きつける手がとまって、忍び笑いがもれてしまう。


「あなたにしか言わないから、黙っててくれ」っていうから、もう書かないけどね。

そんなことしなくても、ずっと覚えてるから。


はじまりは、ほんの些細なことだったのに。

あのとき気づいていれば、何か変わったのかな。

あのとき気づいていれば、何か間に合ったのかな。


忙しいのに、毎日のように来てくれてありがとう。

人づきあいが苦手なきみが、花屋さんにたくさんお願いして、閉店時間ギリギリになっても、仕事が終わっていつも持ってきてくれる百合の花が、わたし大好きだった。

そうそう、初めてくれた花は、ヒヤシンスだったね。

何でもない日に、「なんとなく」買ってきたっていうからなんだろうと思ったら、

わたしたちが出会った日で。わたしが後で怒られちゃった。うん、あれはわたしが悪かったね。きみは憮然ぶぜんとしていたけど、あの日ははじめて一緒に行ったレストランが予約でいっぱいで。けっきょくいつもの晩御飯になっちゃったけど。

きみが「美味い」を言わなかった日なんて、数えてもあんまり見つからないな。


わたしだけに、わたしに見せてくれた思いやり。

どうかそのまま、手放さないで。

たくさんの思いを、わたしが手放さないように。

きみのやさしさが、わたしにたくさん届いたように。


そうすれば、あなたはまた幸せになれるから。

わたしはそれを、悔しいけど、ずっと願うよ。

ごめんね。もう時間が、なかったみたい。

もう書けないし書かないけど、最後に。


わたし、きみをはなしたくなかったな。


でも、きみはもう大丈夫。

いつか、きっと大丈夫になる。

わたしがきみを、まもってみせる。


月に照らされた百合の花。

ああ、今日も、とっても綺麗だ。

本当はきみがいてくれたほうがよかったけど。

神様は、やっぱりわたしは嫌いだな。


ありがとう。それしかもう、わたしには言えない。

だからわたしは、ほんの少しだけ。


先に、いくね――――。


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百合の花、輝くころの。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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