解けちゃう暗号

ろくろわ

第一発見者

 岡崎おかざき雅文まさふみが彼女の我札がさつ菜子なこを見つけた時、既に我札の意識は無かった。岡崎がいくら呼び掛けても反応がない。辛うじて呼吸はしているようだが、それも辿々しい。救急車を呼ぼうとした岡崎は部屋の状況を見て手を止めた。

 部屋の床には割れて散らばったLED電球。火がかけられたままのフライパンに出しっぱなしの水道。キッチンの上部に備え付けられてた戸棚の扉は激しく壊れていた。


 それに彼女のこの姿は一体。


 血だらけの足の裏に、赤く腫れた手。ズボンが下がり半分だけあらわになったプリンとしたお尻。頭にすっぽりと嵌まった寸胴鍋。まるで辱しめを受けているような格好だ。そして何よりこの状況をややこしくさせていたのは、左手に握られていたスマホに残された10桁の数字。


【6535114444】


 事件なのか事故なのか。

 不自然な状況に俺は混乱したが、頭に嵌まった寸胴鍋で呼吸が浅くなっている彼女の姿に我を取り戻し、直ぐに救急連絡を行い、それから暫くして到着した救急車によって彼女は搬送された。幸い運ばれる時には呼吸も落ち着いてきており、ひとまず命の心配は無いとのことだった。救急隊からは同乗を求められたが、俺は救急車には乗らず、彼女の身に何が起きたのか考えていた。

 そもそも今日は部屋の電球を変えて欲しいと言う、彼女の菜子の頼みを聞く為、このワンルームの部屋に来た。作りのシンプルなワンルーは玄関から進み、右手にキッチン。そのまま進むとリビングある。

 彼女はそのリビングで横たわっていた。


 俺は床に散らばった電球の破片を踏まないように避けて歩き、部屋を見回した所でおかしな点に気がついた。


 部屋の電気がついてる。


 いや、電気がついている事。それ事態はおかしくない。問題は彼女は電球がきれたから俺を呼んだ筈だと言うこと。なのに電気は全てついている。と言うことは自分で電球を変えようとした?


 俺はリビングのテーブルに登り電球へと手を伸ばした。菜子の身長なら背伸びをすれば何とか届く距離か。

 俺は電球を変える仕草をしてテーブルから降りた。降りた勢いで少しバランスを崩し、そのままキッチンの方まで来てしまった。

 そこでハッとした。菜子も同じようにバランスを崩したのではないのか?背伸びをしていた菜子なら、俺よりも、もっとバランスを崩してそのままキッチンへ。ふらついた身体を支えようと手を伸ばした先には火にかけられたフライパンが。

 もしそうなら、火傷した手を冷やすために隣の水道をを捻ったはず。

 俺は菜子を見つけた時と同様に蛇口を捻ってみた。


「あつっ」


 予想どおり、水道はお湯だった。

 少しずつ、菜子の行動が見えてきた。あり得ないような事だが、菜子ならやりかねない。


 俺は菜子の行動を部屋の状況と合わせてまとめてみた。


 おそらく菜子はご飯を作るため、キッチンの戸棚からフライパンを取り出し、火にかけながら俺に電球を変えて欲しいと連絡した。だけど思い直し自分で電球を変えようとしたのかもしれない。

 しかし電球を変えようとした時、菜子は電気をつけたままにしていた。電球が切れていてため、暗い部屋でも電球が新しくなれば電気がつく。

 つまり、背伸びをして取り替えた電球が菜子の目の前で光ったのだ。いきなりついた電球に目が眩んだ菜子はテーブルの上からバランスを崩し床に降りるが、不運にも取り替えた古い電球を踏んでしまう。

 足の裏には相当な激痛が走った筈だ。足の裏に割れて刺さった電球の痛みから逃れるため、勢いのついた菜子はそのままキッチンへ。そこで何とかバランスをとろうと手をついた先は、火で熱されたフライパンの上。火傷した手を冷やそうと捻った蛇口はお湯が出るようになっており、余計にダメージをおった。慌てて振り向いた先には開きっぱなしだった戸棚の扉が。そこで顔面を打ち、その勢いで戸棚にしまっていた寸胴鍋が彼女の頭に嵌まって抜けない。

 床を這いながらスマホを探す途中でズボンがずれていき、お尻があらわに。寸胴鍋で前が見えない状態で何とか触れたスマホで最後にメッセージを残したのか。


 何だか、もしこれが本当ならピタゴラスイッチ的な事故だ。そしてとてつもなく恥ずかしいな。

 俺は菜子のスマホに残されていた数字を自分のスマホに打ってみた。


 やはり。


 前の見えない状態で指先の感覚だけで、菜子の残したいメッセージを打ち込むと【6535114444】になった。どうやらこの恥ずかしい予想は当たっていそうだった。全てを解いた俺は菜子の運ばれた病院へと向かった。



 病院では菜子がもうお嫁にいけないと泣いていた。そして俺を見つけるなり震える声で訴えてきた。


「雅文くん!この事は誰にも「大丈夫。ちゃんとメッセージみたよ」」


 俺は菜子の訴えを途中で制し、静かに頭を撫でた。

 菜子はよほど恥ずかしかったらしい。俺の手を振りほどくと、ベットの布団に潜り込んでしまった。そんな菜子を見て俺はアホな彼女だけどお嫁に貰おうと静かに心に決めたのであった。



 了




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