第14話 放さない、放してくれない
ぎりぎりまでしゃべっていたので、この日、
それで、しばらくしてから、
そうすると、さっそく、薄からメッセージが来た。
いきなり長文のメッセージ、というところが、薄らしい。
ありがとう。
何よりも、ありがとう。ありがとうと
私は、あの失敗以来、人前に出る(トーストがトースターから飛び出すところの絵文字)のが怖くて(幽霊の絵文字)、ずっと家(家の絵文字)に引きこもっていました。(ドアの絵文字)
喜多さん(さっきと同じ絵文字)、ほとんど知らない子だったのに、あれから、ほとんど毎日来てくれて。(日めくりの絵文字)
いろんな話(メガホンの絵文字)をしてくれた。
それで、杏南の手紙も渡してもらえた。(普通はメールに使う封筒の絵文字)
行くかどうか迷った。(よくわからない絵文字。台風?)いや、行かないつもりだった。(さっきと同じドアの絵文字)
だって、こんな姿、杏南には見せられないもの。
日和にだって見せたくないのに、どうして杏南に見せられるって言うの。(はてなの絵文字)
でも、杏南のプレイを見ていて、思い出した。
よみがえってくる、って感じだった。
反野由江が、うちの中学校のすごい生徒だってことは日和が教えて(黒い四角い絵文字。黒板?)くれたけど。
その反野由江とぎりぎりのところでずっと勝負してた杏南を見ているうちに、ほんと、よみがえってきたんだ。
ぎりぎりのところで旗門を攻める感覚。
湿った雪にスキーを取られてぜんぜん進まないもどかしさ。
こぶのところで弾まないようにこらえる足の力の入れ方。
競技場の青い空から、ゴールした瞬間の解放感まで。
取り戻してくれて、ありがとう。
取り戻してくれたのは、杏南だよ。
わたしは、これからトレーニングに戻ります。
部はいま休眠状態だけど(ZZZの絵文字)。夏だから。夏にトレーニングしないスキー部とか、ダメだなぁ。(「×」の絵文字が十個ぐらい)でも、部長にもちゃんと連絡して、ちゃんと謝るよ。
日和はわたしの落ち度じゃない、買い物行ってはしゃいで帰って来るのが遅いのが悪いのだし、部長も顧問の先生もいたのに、どうしてどちらかが残らなかったの、って何度も言ってくれた。(メガホンの絵文字が五つ)
でも、みんなの荷物の番、わたし一人でできる、って思っちゃったところがダメだったんだよね。わたしから、「あと一人だれか残って」って言わないと。
だから、謝ります。
それで、うちの部は夏はトレーニングはしないから(「×」の絵文字が五つ)、また、杏南と会ったときに属してたスキークラブのコーチに連絡した。
1から、どころか、マイナスからのスタートになる、って言われたけど、覚悟のうち(家の絵文字。「うち」が違うんじゃないかと思うけど?)。
がんばります。(力こぶの絵文字。なんとなく薄には似合わないような…)
あの日、あのオリエンテーリングの日のこと、覚えてる?
わたしが「ここが二番めの小川」とか言い張って(女の子の絵文字。意図がよくわからないけど…)、迷って、挽回しようとして杏南が滑って、そのとき、わたしは必死で言った。
「放さないでね」って。
そしたら、杏南はいままでわたしの手を放さないでいてくれた。
わたしがスキーをやめようと思ったのに、放してくれなかった。
いままで、放してくれてなかった。
そのことに、感謝します。
また試合があったら連絡して。
わたしも連絡します。
みっともないところをさらすかも知れないけど、やっぱり、杏南には見てほしいと思うから。(目の絵文字がたくさん。この絵文字、たくさん並ぶと不気味なんだけど!)
読み終わって、最初に思ったのは。
薄の絵文字の使いかた、何かちょっとずれてる感じがするんだけど、ということだった。
それに、杏南は、薄がスキーをやめようと思ったことなんか知らないで手紙を書いたのだ。だから、杏南がずっと手を放さなかった、というのは違うと思うのだが。
いい、と思う。
それに、ほんとうに手を放さなかったのかも知れない。
あの日、杏南が見上げた、薄の「本気」の顔。
その後ろに、影絵になっていた森の木々と、そのまた後ろの青空。
それが一体になって、よみがえってくる。
「また、わたしと薄の日々が始まるんだ」
決意する。
今度こそ、杏南のほうも、薄と手をつなぎ続けていることを忘れないで行こう、と。
(終)
放さない、放してくれない 清瀬 六朗 @r_kiyose
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