第13話 試合の後に
試合後のミーティングで
「
とコーチに指摘された。
「いや、相手のことがまだよくわかってなかったんで」
と言う。
コーチは黙っている。その答えではまだ満足ではないらしい。そこで、
「いや、相手に、わたしより背が低くてわたしより飛んだり跳ねたりが得意な選手がいるなんて、思わないじゃないですか」
と言うと、みんな笑った。
コーチも
「いや、そのへんはちゃんと情報共有して」
と言って、笑った。
指摘するところは指摘するけれど、ぴりぴりした雰囲気にはならない。
こういうこのチームの雰囲気が、
そのあと、いろんな指摘があって、解散して、バスに乗るところで再集合という。
「ありがとうございました」
とあいさつして部屋を出ると、そこにあの「球体」が待ち構えていた。
うーん。
コートの外で見ると、いっそう「球体」っぽいな。
凄い勢いで転がるから「球体」なのではなく。
よくいえば「体格がいい」のだろうけど。
体が丸い。
ついでに言うと、顔も丸い。
スタミナがあるのはわかったけど。
もうちょっと、痩せてもいいんじゃないかな?
その「球体」っぽい反野由江が言う。
あこがれの赤羽先輩と対戦できて光栄です、昨日は緊張でなかなか寝られませんでした、赤羽先輩を目標に、いつか赤羽先輩に追いつけるようがんばります、とか、ほんとに「
そこは、「先輩」の貫禄で、
「いやいや。わたしなんか目標にするんじゃなくて、由江らしいプレーを突き詰めれば、もっとすごい選手になれると思う」
と言ってやった。
自分でもよくわかってないことを後輩に説教するやつ、とひそかに自分にツッコミを入れる。
反野由江とはSNSのアドレスを交換して別れたが、今度は由江の後ろから
「杏南!」
と声をかけられた。
そこで、杏南は
「
と話そうと思った。
しかし、杏南が振り向いた瞬間に
「あの」
と、黄色いシャツの子が、日和の後ろから気後れしながら話しかけた。
だれだっけな、と思う間もなく
「あの、杏南って、反野由江が左後ろから来るのわかってたときに、左手でドリブルしてたでしょ? 右手でドリブルするほうが流れ的に自然だったのに。あれって、わざと誘ってたの?」
早口で。
しかも、あの頃のささやき声よりもずっとしっかりした声で、その子はきいた。
最初の「気後れ」した感じは吹っ飛んでしまっている。
「あ、もちろん」
もちろん、そうだった。ドリブルを取りに来る瞬間を見て、パスを出そうとしていた。
けっきょく、前を遮られたので、味方に気づいてもらうためにいちどフェイントをかけてからバックパスを出したのだが。
「杏南って最初は反野由江を意識してなかったよね?」
「うん」
「いつから意識し始めたの?」
「いや、あの存在感なら意識しないわけにいかないでしょ? でも、あいつを抑えるのはわたしの役割だな、って思ったのはもうちょっとあと、本格的にそう自覚したのは後半入ってから」
「それで、後半は動きが違ったんだ。なんだかギアが一段も二段も上にシフトした感じがしたよ」
「うん。わたしもまさにおんなじことを感じてた」
「やっぱり!」
早口で、杏南のプレーを次々に振り返っていく、杏南より日和より体の大きな女。
黄色いシャツの、
いまは顔をピンク色に染めて、すごい勢いで言っている。
あのとき以上。
「あのとき」というのは、スキーの何かの大会で表彰台に立ち、そのあとのインタビューで、どこでミスをした、雪質が予想外だった、などと早口でしゃべっていたときのことだ。
この試合が始まる前、杏南が「薄」と声をかけて、「うん」と、その声を出すのさえ苦しい、という感じで答えたときの薄に面影はどこにもない。
しかも、杏南がバスに乗る時間が迫るまで、薄は話し続けた。
日和がときどき
「そろそろ杏南も行かなきゃ」
と止めてくれたのだけど、そのたびに杏南が
「いやいや。まだいいから」
と遮って、薄に話を続けさせた。
薄のすごさを再認識した。
バスケットボールのルールをよくわかっている、というわけではなかったのに、薄が指摘してくるところは、ぜんぶ、杏南自身も印象に残っているところだった。
スキーの技術だけではなく、アルペンスキーの勝負勘だけではない。
薄がスポーツの競技全体に共通する「勘」を持っているのを杏南は感じた。
薄と話をしていて遅くなったので、集合場所まで走って行って慌ただしくバスに乗る。
バスは、長い一日も終わりに近づいて暗くなってきている街を見下ろしながら坂道を上り、高速道路へと向かって行く。
杏南は、その遠のいていく
名残り惜しい。
またいつか来よう、自分が住んでいたこの街に、と杏南は思った。
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