第12話 杏南 対 反野由江

 後半、杏南あんな反野そりの由江ゆえを徹底的にマークした。

 向こうも杏南をマークするつもりらしい。

 反野由江にボールが渡りそうになると杏南が妨害する。杏南にボールが来ると反野由江が横取りする。反野由江と杏南はコートの上をずっと同じように激しく行ったり来たりしていた。ゲームがよくわからない人からは、二人はずっと寄り添ってプレーしているように見えたかも知れない。

 杏南と反野由江の勝負が互角ならば、杏南のいるサンドパイパーズには不利だ。

 得点力の地力では相手のプラチナレディースのほうが上だから。

 だが、杏南にはだんだんと反野由江の動きの癖がわかってきた。

 ドリブルするときの癖、ドリブルで持って行くかパスを出すか迷って生じるらしいわずかな「」、そして、パスを出すときの体のひねり方。パスに移ろうとする直前の体のこなしで、反野由江がどっちへパスを出そうとしているかが杏南にはわかるようになった。

 弱点もわかってきた。

 「ふわっ」と浮く印象のあるジャンプだが、体重が重いから、だろう、見た印象よりも飛べる高さが高くない。しかし「ふわっ」という印象そのままに動きの速さは落ちる。だから、反野由江のそのスローな動きが始まってから杏南が対応しても間に合う。

 それに対して、杏南が軽く浮き上がり、高い位置からパスを出すのを、反野由江は止めることができない。

 ずっと動き続けても身体の動きのキレが落ちない反野由江のスタミナには感服する。しかし、反野由江に送られたパスを杏南が横取りし、反野由江が奪ったボールを杏南がはたいてコート外にはじき飛ばし、反野由江が杏南のボーを取ろうと突進してきたら、わざと取られそうな隙を見せてからすばやくパスを出し、ということを繰り返しているうちに、反野由江には余裕がなくなってきた。

 余裕がなくなると、反野由江のプレーの精度は確実に下がった。いらいらしているのは明らかだった。そうなるまでは持てる技術を尽くして杏南に対抗していた反野由江が、ただ杏南の後ろをついて走るだけの「杏南の巨大なしっぽ」になってしまった。

 高校三年生対中学三年生。やっぱり年季が違う、と思うと、杏南のほうには気もちにゆとりが生まれた。ゆとりに甘えていては逆転されるからと自分を戒める。でも、自分を戒められるのは、それだけの余裕があるということだ。

 反野由江が調子を崩したことの影響は相手チーム全体に波及した。

 反野由江がいなくても戦えるはずのプラチナレディースチームのリズムが乱れ、その得点力は低下した。試合はサンドパイパーズのペースで進むようになった。

 プラチナレディースのチームは、最初に考えていたよりも反野由江の働きに依存しすぎたのだろう。

 ついに相手は反野由江を交替させた。

 その少しあとに杏南も交替させられた。

 杏南としては、反野由江がいなくなって自由にその能力を発揮できるところなのに、くやしい。

 くやしい、と思わなければいけないのだろう。

 でも、肩にも足にも軽い張りを感じ始めていたところで、ここは下がるところだろう、と自分で思った。

 相手のリードで始まった試合は、杏南が交替したあたりで接戦になり、最後には、アウェーのサンドパイパーズがホームのプラチナレディースに僅差で勝って終わった。

 相手チームのメンバーはくやしいところを顔や態度に表したりはしなかったけど、大部分が相手側のサポーターで占められていた観客席が失望に覆われたのを杏南は感じていた。

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