本編

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 新入生の親睦を図るという理由で行われた宿泊研修は、学年が上がった次の年にも、親睦を図るという同じ理由で、同じ場所で行われた。一泊二日の研修だった。


 2日目の活動にはハイキングとして、班ごとに山を登り、山頂でお昼を頂くというものがあった。


 ナミエ達が

 その話を聞いたのは、宿泊施設となるログハウスに着いてからのことだ。

 引率の山吹先生が、唐突に「山頂に女の子がいる」という話をしだした。


 見える子には見える女の子。とは、つまり霊感をもった人には視えるという女の子が、山頂にはいる、という話。

 

 ほとんどの生徒には見えない子らしいのだが。毎年ひとり、ふたりくらい視えてしまうというのだ。

 だから気を付けて、とも言えず。

 山吹先生はただ、山頂に女の子がいるとだけ告げた。だから驚かないでいいよ、と事前に知らせておきたかったらしい。


 実は、それがヨウコに向けたメッセージであったことは、下山したヨウコの真っ白な顔を見て察した。

 山吹先生はヨウコが視えるのだというのを知っていたのだろう。いつ、どんな経緯でそれを知ったのかはわからない。ヨウコが自分からそんな話をするとも思えないし。ナミエ達ですら、今回の件でヨウコのそれに気づいたというのに。


 ヨウコは山頂で女の子を見た。けれども、その詳細を誰にも話さなかった。ただ、「見たの?」と聞くクラスメイトの問いかけに、こくりと頷くだけだった。


 唐突に、この話を思い出したのは、ナミエの元に、エリが教会で式を挙げるとの知らせが届いたからだ。懐かしいログハウスのある教会。宿泊研修として泊まったのは、1年生と2年生の2回きりだ。それ以来、訪れたことはなかった。

 この教会の自家製ワインが有名だと知ったのも、学校を卒業してからだった。

 山へと続く道の途中には、探し求めていたぶどう畑があった。


 エリの挙式後、同窓生の誰が言い出したのか、あの山に登ることになった。誘い合って来てみると、


 あれ?


 どうして誰もいないのだろう?


 賑やかな話し声が消えている。

 皆とはぐれてしまったのだろうか。


 きょろきょろと周りを見渡しても、何も見えない。


 どうしよう?


 不安が襲う。


 携帯電話で誰かに連絡をとろうと、鞄の中に手を入れる。

 その時、


『はなさないで、と言ったのに』


 女の子の声がした。


 ぱちっと、何かが弾けた。

 気が付くと、皆、ぶどう畑にいた。


 今のは、何だったのだろう?

 弾けたのは何?

 女の子って?


「エリ、あの時あの子に会ったの」


 ぶどう畑の片隅での、告白。

 エリが出した招待状には、2種類あって。ひとつは、教会で行う結婚式の案内で。これは、多くの人に送られた、当たり障りのないものだ。

 もうひとつは、この案内に加え、挙式後にハイキングへ誘う文言が書き添えてあったという。「山頂で再び会いましょう」と。


「どういうこと?」


「あのコがね、結婚式が見たいと言っていたから」

 エリは、続ける。

「また会おうって、約束していたの、私達」


 あの日、山頂で女の子を見たのはヨウコだけではなかったのだ。エリも女の子に会ったのだと言う。それだけでなく、エリはその女の子とをしてしまった。女の子が見たいと言った結婚式を見せてあげる、と。そして、その時また会おう、と。


 それなのに……


 


 女の子はどこに消えたのだろう?


 エリは、その子の名前を呼ぼうとした。名前なんて知らないのに。互いの名前は告げずに話をしていたというのに。エリには、女の子の名前が口をついて出たという。けれどもそれは、呼んではいけない名前だったらしい。

 らしい、というのも曖昧だが。名前を呼んだはずのエリも、何と呼んだのかは覚えていないし。そばにいたはずの友人達は、誰ひとりその名を呼んだエリの声を聞いてはいないというのだから。ハッキリとはしない。


 ただ……


 エリの結婚式に参列した数年後、ヨウコと話す機会が得られ、ふと、思い出して話してみたところ、ヨウコはあの時のような白い顔をして、黙って頷いた。あの時と同じように、ヨウコは何も言わなかった。


 もしかしたら、

 ヨウコはエリと女の子のやり取りを見聞きしていたのではないか。


 ヨウコの反応からそう結論づけた。


 ヨウコは、その話題には触れたくなさそうだったので。それ以上深入りすることはしなかった。ヨウコは、当時も視えることを隠したがっていたから。そっとしておくのがよいのだ。

 そう。

 話してはいけない約束は、話さない。離さずに持ち続けることもツライのに。手放すことができないのだ。

 が、手放せないでいるのと同じように……


 宿泊研修の初日に捧げた祈り。

 そこに、ふと現れた女の子。

 誰にも話してはいないけど、

 わたしは、あの女の子に会っている。

 話はしていない。

 ただ、だけ。


 その女の子が山頂の女の子であることを知ったのは、翌年の宿泊研修で同じ場所を訪れて、山吹先生が話をしたからだ。

 1年生の宿泊研修では、教会でいただいたロザリオを手に、祈りを捧げることが主だった。

 2年生の宿泊研修で、ハイキングをした。持ち物には当然、ロザリオが含まれていた。


 山吹先生は、あれから女の子の話をしなくなったという。後輩達の中にも、女の子を見てしまう生徒はいたであろうが。誰も話をしないのでわからない。


 女の子は、あの山のいただきでひとり、今も誰かを待っているのだろうか。

 迎えに来てくれるのを、待っているのだろうか。


 エリの挙式後、山吹先生が天国へ旅立った。教え子達がその知らせを受け取るまでに何年もの時間をおかなければならなかったのは、謎でしかない。


 お別れができなかった者達の嘆きは、いつまでも宙に浮遊している。


 思い出をなぞりながら訪れたログハウスに、傾きかけた陽が差し込む。


 あの日の喧騒が風に乗って聞こえたならば、感傷にも浸れるというのに。ここは、静か過ぎるくらいに静かだ。


 ぶどう畑では、エリの伴侶によく似た男性が草取りをしている。


 わたしは、再び教会へと足を運んだ。

 


 十年以上前にもらったロザリオ。

 それはお守りのように静かに鞄の中に収まっている。




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暮れ泥む山の頂で 結音(Yuine) @midsummer-violet

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