セーラー服とチェーンソー

真狩海斗

🪚🦈

 🪚🦈

『最初の日』の前日は、『最後の日』と呼んでもいいかもしれない───。


 そんなことを考えながら、俺は目の前の男を切断する。

 まだイタズラとでも思っているのだろう。ヘラヘラヘラとニヤケ面でiPhoneを向ける若い男の右腕をニュイと引っ掴むと、チェーンソーを振りかぶった。チェーンソーの刃はギャルギャルギャルルンと回転を加速させていく。男はようやく目をパチクリさせるが、もう遅い。

 力を入れずに、そっと優しく撫でる。それだけで男の左肩から血飛沫が舞った。血は勢いよく噴き上がると、満月の光を浴びて、妖しく輝く。男は「あぱぱぱぱ!!」とガクガク叫ぶが、その声は激しく唸りを上げるチェーンソーによって即座に掻き消されていく。俺もつられて真似する。「あぱぱぱぱ!!」。男の右手のiPhoneではなぜかSiriが起動し、「あぱぱぱぱ!!」の検索結果を表示していた。へえ、そういう「あぱぱぱぱ!!」もあるのか。感心する。

 男の白い肌は、みるみる鮮血に染まっていった。つい先ほどまでの200色の白が、今では赤一色に塗り替えられている。千切れた筋肉はせめてもの抵抗として、チェーンソーに絡まろうともがくのだが、高速で回転する刃は、それすらもズタズタズタリと裁断していく。

 骨に達したらしい。いつしか刃先から伝わる音が変わっていた。骨を削る音がゴリッゴリッゴリッと響く。振動に耐えようと、俺は両手に力を込める。男の悲鳴が一段と大きくなる。


 絶命した男の瞳に、俺の姿が映っていた。馬の面を被り、セーラー服を着た筋骨隆々の大男。その手には、血に飢えたチェーンソーが握られている。半世紀に渡り恐れられてきた伝説の怪物"ダンソン"がそこにいた。


 🪚🦈

 今日だけで30人以上は殺しただろうか。とりあえず、湖畔のコテージに遊びにきていた学生グループは全滅させておいた。セーラー服に返り血がベットリ付着している。もし俺がマジの女子高生なら生活指導ものだろう。次までに洗わなければならない。そう考えた直後に、いやいや、と首を振る。

 もうのだ。


 ふと足を止めて辺りを見る。あちらこちらから血の匂いが立ち込め、断末魔の叫びが聞こえてきた。

 ドサリ。女の首が落ちてくる。手、足、胴体が続く。どの部位にも、噛みちぎられた痕があった。上空では規格外の竜巻が猛威を振るい、人々を吸い上げている。だが、本当の脅威は竜巻ではない。

 "魔改造メガシャーク"だ!!

 暴風雨の中で、魔改造メガシャークは自由自在に滑空し、獲物を蹂躙する。その牙にひとたび噛まれたならば、逃れるすべはない。空の食物連鎖の頂点、それが魔改造メガシャークなのだ。魔改造メガシャークは俺に気づくとウインクし、死体を落としてきた。

 死体は、猛スピードで爆走するトロッコに轢かれ、地面に着く前に粉微塵となる。トロッコの乗客はみな首輪をつけ、その顔には悲壮感が漂っていた。

 軽快な音楽が流れ、ルール説明が始まる。

 "デスゲーム男爵"だ!!

 どうやら、乗客の首輪は爆弾であり、これから出されるクイズに正解しなければ爆発する仕組みらしい。

 運命の瞬間。回答者の「ほんまごめん…」の声を最後に、トロッコは盛大に爆発した。

 遠く向こうでは、半魚首領ドン、ゾンビーズ、殺人ピエロが獲物を取り合っていた。


 🪚🦈

 俺は、映画の世界の怪物モンスターだ。

 俺だけではない。魔改造メガシャークも、デスゲーム男爵も、半魚首領ドンも、みな、映画や小説、ゲームなど様々な作品で活躍する"創作フィクション"の怪物モンスターだ。

 竜巻を乗りこなし、タコと合体した魔改造メガシャークや、数々の斬新なゲームを開発してきたデスゲーム男爵は、新作が発表される度に斜め上の進化を遂げてきた。

 もちろん俺だって負けてはいない。他の怪物との死闘や、宇宙での殺戮の経験だってある。


 しかし、もう続編はない。

 現実世界で、"暴力的な作品の禁止"が決まったのだ。犯罪を助長するだとか、教育に良くないだとか、クソ映画だとかが理由らしい。新作に限らず、過去の作品も含めて、徹底的に廃棄されることとなった。

 みんなの憧れの大スター、最強ハゲマッチョとの対決も、実現することはない。


 世界から暴力的な作品が消え去る『最初の日』。

 そのの今日は、俺たちが創作フィクション内を暴れ回れる『最後の日』だった。


 🪚🦈

 俺は、逃げ惑う群衆を切り刻みながら考える。


 なぜ、俺たちは存在するのだろう。

 たしかに、暴力的な作品が教育に良いかと問われたら、返答に困る。

 で人が死ねば悲劇で、それを笑う人間はどうかしている。

 だが、俺たちは生まれた。

 俺たちは人間を惨殺し、屠殺し、鏖殺する。

 怯えるものもいた。

 恐れるものもいた。

 喜ぶものもいた。

 人間は、俺たちを観続けた。

 人間は、俺たちを撮り続けた。

 なぜなのだろう。何か意味があるのだろうか。


 隙をつかれ、群衆に反撃された。頭を殴られ、地面に倒される。銃弾を数発叩き込まれた。両腕を拘束される。


 なぜなのだろう。

 殺すことしか知らない俺には、いくら考えてもわからなかった。

 わからないなら───。


 俺は怪力を発揮して、拘束具を引きちぎる。驚く群衆に向けて、チェーンソーをフルスイングした。ピューピューピューイと血が噴き出る。


 わからないなら───。

 考えるのはやめた。切り裂こう。

 悩みも、恐れも、諦めも、全部まとめてグチャグチャに。

 俺にできることは、それしか無いのだから。


 チェーンソーに俺の姿が反射している。馬の面で覆われ、その表情は確認できなかった。


 🪚🦈

「マジかよ!!」

 興奮した声が聞こえた。魔改造メガシャークが下半身の蛸足を大きくくねらせている。

 ひれの指す方向には、スキンヘッドの男がいた。鋼の如く洗練された筋肉を身に纏い、その精悍な顔つきは、歴戦の風格を漂わせている。

「最強ハゲマッチョだ!!」

 怪物モンスターたちが、狂喜乱舞の雄叫びを上げる。最強ハゲマッチョめがけて、一目散に駆け出した。

 最強ハゲマッチョは豪快に笑うと、機関銃を掃射する。銃弾を浴びて、スマホ拾いサイコパスが倒れていく。狂サイボーグが壊れていく。ゾンビーズが崩れていく。デスゲーム男爵、半魚首領ドン、殺人ピエロを乗せたトロッコが爆散していく。数多の怪物モンスターたちが斃れていく。みな、一様に笑って散っていった。


「乗らないのか」

 振り向くと、魔改造メガシャークがひれ招きしていた。


 明日になれば、俺たちは全員消える。

 だが、誰かの記憶に残れば、その誰かの中では生き続ける。

 いつかの未来で、再び"クソ映画"が求められる『最初の日』がくるかもしれない。

 ならば、俺は切り裂こう。

 残酷に、残虐に、愉快に、お洒落に、ギャグみたいに、ズタズタズタリと。

 俺には、それができるのだから。


 俺は魔改造メガシャークの蛸足を握り返す。「よしきた」。俺が乗り込むと、魔改造メガシャークは飛び跳ねた。勢いそのままに、最強ハゲマッチョへ一直線に突進していく。その全身から喜びが溢れ出ていた。スピードがどんどん上がる。暴風雨もまた勢いを増していく。痛みすら感じるほどに。

 俺はなんとか立ち上がり、チェーンソーを頭上高く掲げる。雨で前が見えない。強風で体がふらついた。セーラー服のスカートが頼りなく揺れる。もう卒業だよ。そう言われた気がした。足に力を入れ、精一杯に、踏ん張る。

 最強ハゲマッチョと、目が合った。

 もしも、最強ハゲマッチョに「あぱぱぱぱ!!」なんて情けない悲鳴をあげさせたら。想像して笑う。最高に気持ち良いだろうなあ。

 ズタズタに切り裂いてやる。

 俺は全体重を乗せ、勢いよく、スターターを引っ張った。終わりの運命を振り切るように、強く、強く。

 チェーンソーは火花を散らし、猛然と回転していく。廻れ。廻れ。雷鳴を掻き消して、チェーンソーの咆哮が、世界を引き裂くように轟いた。この音が誰かに届けばいい。そう思った。

 血飛沫が舞い、骨が砕け、臓腑が弾け、眼球が割れ、脳髄が溢れ落ちる。


 最後の狂宴はまだ終わらない。

 重低音が響き続けていた。

 



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セーラー服とチェーンソー 真狩海斗 @nejimaga

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