駅に残るモノ

無頼 チャイ

はなさないで

『はなさないで、     、柔らかい手』


 はぁ、何だか分からない。ポスターに書かれた文字の意味。


 子供の飛び出し注意を親にしているのか。それとも、赤ん坊を大事に持てと親にいっているのか。

 なんにしても、このフレーズが親に向けて発信されているのは分かる。柔らかい手など、想像しなくても分かる。

 けれど分からない。なぜこれはここにある。

 A駅は古びた駅舎で、電車など停まらない。膝が笑いながら言うのだ。徒歩一時間も掛けて来る者など、私ぐらいだと。

 私ぐらいだ。そもそもここは山間に無理やりレールを伸ばした場所。かつてあった村の人々が歓喜し祝った駅舎。

 その駅舎に、色褪せないポスターがある。野花に野草とのびのびと遊んでいる群れの中に、それは綺羅びやかにキビキビと仕事をしていて気分が悪くなる。

 もういいんだ。悪くなることはない。

 もう終わったんだ。待つ村はない。


 今見ても過去を思い出す。この駅舎の誕生に。

 今見ても明日はないと知れる。こんな駅舎の現状に。


「誰が……」


 一時間ぶりに喉を通す声は苦い。目に映るポスターの絵の具は酸のよう。

 手に通るポスターの感触は粗い。鼻にかかる香りはケミカル臭のそれ。


「……貼りにきた。でも、誰が」


 柔らかいとは言えない手をポスターから離し、ただ思う。

 限界集落だったここに訪れる者は、物好きを除けば元村民。

 元村民の顔はすぐに浮かぶが、浮かぶ顔を老けさせないと誰かは分からない。


「っ――くだらん」


 今さら、駅舎にポスターが貼られようが、壊されようが、気にする必要はない。

 過去は死ぬ、今を忘れて、現実を暮らす。

 これは墓参り。お別れである。

 文句があろうと、悔やみがあろうと、例え故郷がなくなろうと、ここに残るものはない。

 残るものはない。


「………………?」


 白い煙が上がっている。それも臭い、煙が上がっている。


「…あ、あ、あぁ―ああァァァア」


 分かったどこか分かった。

 ここだここなんだここだったんだ。


「手が、溶ける……」

 

 肉が、固体から流体に変わる。吹き出ものを吐くように。液と赤が甲をはしたなく垂れる。


「ァァァア、あぁ、なぁんで」


 古茶の壁を塗り、草に――を散らし、手先が白くなる。


「なぁぁんでぇぇ」


 ポスターを見た。

 変わったポスターだ。


『はなさないで、ソノタメニ、柔らかい手』


 接続詞が、繋がっていた。

 繋がって、しまっていた。

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