第2話 これはただの 異常

 ドアノブは思ったより素直に回り、何事も無くドアが開いた。

 既に空は暗く、屋上だからか冷たい風が勢いよく入って来る。


「まったく、夜だってのに冷たい風を吹くとかが……どこにもいないのも不思議といった感じか」


 確かに触手の攻撃方向からして、核となる存在がここにいることは間違いない。

 そのはずなのに、目的の屋上はこのビルがきちんと機能していたころとほぼ変わらない綺麗な状態のままだった。

 建物の中に入っていた瓦礫なんかは1つも無い。久々の『普通』の景色を見たからか、頭がその景色を拒絶している。

 

 試しに中央に立ってみるが、本当に何も無い。

 もしここに来るまでに移動していたら何かしらの跡が残るはず、移動している時の音からしてそれなりの重量があるはずなのにそんな跡すらない。


(まさか、この建物1つと丸ごと混ざったか? いや、そんなデータは聞いたことが無い。前例もいなかったはず……)


 もしそうなった場合、生存方法は早めに逃げるかこの建物をまとめて崩壊させるのみ。

 拳銃をメインで戦うのなら今の環境が便利だが、残念なことに弾丸が残り僅かなためナイフのみの選択しか許されない。

 せめて最後には使えるように拳銃を腰のホルスターにしまい、ナイフを数回転させて右手にで持ち直す。


 次の行動が決まったのなら、後は自分が動くのみ。

 内部に戻ろうと入る時に使ったドアに戻ろうとした時、足元に違和感が走る。

 泥沼を走っているようで、地面に足を付けていたはずの右足が底の無い場所に入ったように少しずつ沈んでいく。


「なるほどっな……けど、もう姿ははバレバレなんだよっ!!」

『キグシュァァァアアアアアア』


  右手に持っているのとは別の、呼びのナイフをジャケットから地面に向けて投げる。

 下半身は使えず上半身のみで投げたからか、膨らんでいる地面に潜んでいるであろう核には当たらなかった。

 しかし近くの地面には刺さったようで怪物の悲鳴が衝撃はのようにピリピリと感じる。

 

 耳を塞いでいると、真正面から銀色の触手が勢いよくやってきた。

 確実に殺しに来ている殺意を肌を通して感じているが、こちらも死ぬことは出来ないのでナイフで中央から真っ二つに切断させる。

 相手が勢いのまま突撃したのでナイフを固定させればいけるが、流石の威力に両手が使ってやっとだった。


「はぁ、はぁ……両手首イカれる寸前だったんだが?!」

『グギュルル……クシャブリャテリュ……』

「八つ当たりしても正当防衛に入りますよね! どりらにせよ怪異と【殺人王】なので殺しますが!!」


 プールの中ともスライムの中とも違う、気持ち悪い感覚の中足先が沈んでいくがつまさきが地面を認識する。

 深さはそこまで深く無いが、太ももの約半分が沈んでいる時点で出来ることは少ない。

 それに地面……というより触手が塊が少しずつ銀色に戻っていき正体を現してきた。


(さて、距離それからこの沼の安全性。それらを踏まえて走れるか否か。それに微妙に重さを感じるのがなーんか嫌だな……)


 そこまで離れていない距離からして、走って勢いを付ければ倒せれる程度と測定した押切。

 しかし微妙に思いこの塊ではそこまで加速出来る自信が無い上、今は足の形に合わせて変形しているがいつ嚙み千切られてもおかしくない。

 

 だったら、と心の中で静かに呟くと開いている左手を静かに腰の方へ移動させていく。

 音立てないように、静かに狙いを定めて……そして一発のみ撃つ。


パリィィィィィィィィィイイイイイイン!!!!!!!


『シャギュルガァァ!』

「やっぱり、そっちに移動するよな?」


 押切はに埋もれる程度の声量で、勝利を確信した表情で呟く。

 鳴った音が大きければ大きいほど生きる確率が増える見込みだったのだが、まさかここまでの音量になるとは思わなかった。


(そっちはダミー。もし建物の構造を理解しているのなら、俺が入り口に戻ったように考えるだろう。だが、その中には誰もいない)


 足元が軽くなったのを確認すると、一気に加速していく。

 銀色の触手は全てドアの方へ走っており、核を守る触手は最低限の本数しか残っていない。

 ならば、上から狙うまで。

 

「これで、終わりだっ!」


 左手を拳の上にのせて、ナイフを膨らんだ地面の中へ入れていく。

 触手を切る時の触感とは違い、やはり生物らしい硬さと柔らかさがあった。

 ただの都市伝説だって言うのに生きている、この街での常識のはずなのになんだか気に食わない話でもあったりする。


「だからこそ、俺には【殺人王】っていう噂が付いてるのかっての。はい抜きますよって、なんだよおいっ?!」


 おまけでトドメを刺すためにナイフを抜くと、血液なのか分からないがピンク色の液体が溢れるように傷口から噴射された。

 有害物質で出来ているとまずいため離れようとしたが、これまでの戦いの疲れなのか反応が遅れて少し顔に着いてしまった。

 温度は冷たいわけでなく……なんだか生ぬるい。


「これから帰るとして、流石に汚れ過ぎたな……うわっ、微妙に粘性があるなこれ」


 顔にかかった液体を拭こうと、まだ汚れていない上着の袖を使っていると人影が目に入る。

 何回かまばたきをすると、その姿が少しづつはっきりと見えていく。

 短い髪は風の上で踊るように舞っていき、黄色のレインコートのようなパーカーの下には一般的に言われているセーラー服とは違う色の服があった。


「あーなるほど、お前が今回の核だってのか。そうじゃないとしても警告しておく、この街で都市伝説を流すとこんなことになる。被害を喰らいたくなかったら、きちんと守ることだな」

「……」

「まぁ信じられないだろうな。だがこの街・・・ってのはこんな風に、都市伝説を流すと具現化する。その目で見たのがそれだ」

「……?」

「……変わってない表情で首を傾げても、残念なことに俺の前ではフクロウにしか見えないぞ」


 これは別に貴方に魅力がないと言っている訳では無い。

 ただ自分にはそういった方法は通用しないと言っているだけであり、その笑ってるとも困ってると捉えられない表情に困っている訳では無い。

 

 そのまま見ているとこんどは傾いている向きを、左右逆にさせた。

 違う、そういうことでは無いんだ。

 街では【殺人王】と言われている男は、色とイメージが全て噛み合わない少女と相性が最悪らしい。

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七不思議と殺人王 遅延式かめたろう @-Suzu-or-Sakusya-

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