ささくれた心
kou
ささくれた心
夫は愛人を作って出て行ってしまった。
愛している存在から裏切られる、という経験は、想像以上に典子を打ちのめした。
自分は、誰にも必要とされていないのだと思った。
だから、子供だけが心の拠り所だった。
子供がいなければ、とっくに心が折れていただろう。
長女の
長男の
そんな子供達の存在が、典子の生きる希望になっていた。
だが、その幸せは小さな亀裂が入る。
典子は台所に置いておいた、自分の財布の位置が変わっていたこと気づいた。来客があっての数分の出来事なので空き巣とは考えられなかった。
(まさか……)
典子は子供達を疑う。
お金が目の前にあるのだ。子供達も欲しい物があって、魔が差すということもあるのかも知れない。母子家庭ではある。高い物を欲しがることに典子は厳しく言ったこともあるが、相談してくれれば買ってあげることもできなくはないのだ。
それからの典子は、財布を家の中でも置きっぱなしにしないようにした。
しかし、そんな思いとは裏腹に、典子から警戒心が薄れた時に置いておいた財布の位置が変わっていた。
典子は子供達に対して疑心暗鬼になった。
(あの人の様に、また私を裏切るつもり)
そう思うと、悲しくて、悔しくて、やりきれない気持ちになる。
そして、とうとう決定的な出来事が起きる。
台所で高校生の早紀が、典子の財布を手に口を閉じている場面を目撃する。
「……早紀。何してるの」
典子の詰問に早紀は視線を逸らせてた。
「財布が床に落ちていたから、拾い上げたの」
と早紀は言い訳をした。
単に拾い上げたのなら財布の口を閉じる必要はない。早紀は、そそくさと立ち去ろうとするが、典子は娘の腕を掴むと彼女の頬を叩いた。
「ウソを言わないの。私の財布から、お金を盗ったんでしょ」
その言葉に、早紀は涙を零す。
すると悠馬と綾乃が割って入ってきた。
二人共泣きながら「違うよ」「違うの」と繰り返し姉である早紀を
「悠馬、綾乃。何を言っているの」
典子は、二人の子供の涙ながらの言葉に困惑する。
「お姉ちゃんは、盗ったんじゃないの」
と綾乃は言う。
「お母さんの財布に、お姉ちゃんは自分がアルバイトしたお金を入れてたんだよ。お母さん仕事を掛け持ちして大変なの知ってるから、使ってもらいたかったんだよ」
悠馬が嗚咽を漏らしながら言う。
その言葉で、最近財布の紙幣や小銭が少し多い気がしたのを思い出す。
財布から町内会費を支払い、残りの金額から食材の買い物をした際、少し金銭に余裕があったのだ。最初の時点での数え間違いだったと気持ちに余裕ができ、すぐに忘れてしまっていたが、それは早紀が入れてくれたものだったのだ。
典子は、それを知って、涙が溢れてくる。
なんて愚かなのだろう。
子供達はいつだって、自分を思ってくれているではないか。
それなのに、自分は勝手に疑って、叩いてしまった。
夫に裏切られ、心がささくれたとは言え、怒りの矛先を子供にぶつけてしまった。
母親として最低だ。
典子は、子供達を抱きしめると、涙を流しながら謝った。
「ごめんなさい。酷いことを言ってしまって、本当にごめんね。もう絶対に疑ったりしないから、あなた達は私の宝物」
典子は心から謝罪した。
「私も悠馬も綾乃も、お母さんのこと大好きだよ」
早紀が言う。
その言葉に、典子は更に涙が零れた。
ささくれた心 kou @ms06fz0080
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