可愛くなりたい

弧野崎きつね

可愛くなりたい

 鏡を見ると、思い出す。

 可愛いっていうのは、強いってことなんだって。


 私は、たぶん可愛くない。

 にきびがあるし、肌は荒れてる。ちんちくりんで、足も短い。

 強くなくちゃ、肌は綺麗に保てないし、きっと体も小さいまんま。


 強いっていうのは、負けないっていうこと。

 顔にニキビなんか、指にささくれなんか、できないっていうこと。

 それは、良く寝て、良く食べて、良く運動して……ちゃんと生きて、ようやく出来上がるもの。

 ひとつひとつは簡単なのに、全部やろうとすると、途端に大変になる。

 これができるから、強いんじゃない。強いから、これができるんだ。

 だから、私にはできなかった。それを、鏡を見ると思い出す。



 猫を見ても、思い出す。

 可愛いっていうのは、強いってことなんだって。


 猫は、可愛い。

 野良だって、体が汚れてたり、目つきが鋭かったりするけど、それでも可愛い。

 弱かったら、生き残れないくらい、厳しい世界で生きているから。

 だから人に可愛がられる。ご飯がもらえる。温かい場所へ連れて行ってもらえる。


 けれど、そうじゃない猫もいる。はげがあったり、痩せ細っていたり、年老いていたり、いろいろあるけど、弱った猫。だから、誰にも構ってもらえない。

 それを、猫を見ると思い出す。



 鏡を見ると、思い出す。

 幼かった頃、自分が何に悩んでいたのかを。


 私は、今、大人になって、社会に独りで立っている。

 ニキビも、ささくれも、たまにできてしまうけれど、肌が荒れたり、顔がむくんだりすることもあるけれど、どうにか渡り合っている。

 きっと望めば、可愛がってもらえるし、ご飯をもらえるし、温かい場所へ連れて行ってもらえるけれど、そんなもの自分で用意できるくらい、私は可愛くなったのだ。


 それでも、心がささくれ立つときがある。例えば今とか。

 今日はクリスマス。赤、白、緑のイタリア・カラーに彩られた、情熱の夜。

 そこかしこで男女が連れ立って、これから始まる素敵な夜に、胸を躍らせている。

 私は、心がささくれ立って、まだまだ続く一人の夜に、可愛さを際立たせている。

 こんな夜は、ささくれた心を毟ってしまわないように、誰かに私を包んで欲しい。

 もちろん、誰でもいいわけじゃないけどさ。私、可愛いから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

可愛くなりたい 弧野崎きつね @fox_konkon_YIFF

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ